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Cheeeeees!〜栗狩と柿泥棒〜(6)

 銀河柿がお盆に灯すぼんぼりのように淡い青色の光を放ち、その表面に浮かぶ無数の金色の星模様が眩く煌めく。

 それはまさに銀河のようだ。

 今、まさに銀河柿は、食べ頃を迎えようとしていた。

 時刻は夜明けまで30分を迎えようとしていた。
 彼女と子狸は、夕食に捕まえた栗を茹でて数種類の溶かしたチーズをディップしたもの(子狸は茹で栗だけを)食べると森の寒さをお互いの体温で補おうと身を寄せ合って仮眠した。

 2人を起こしたのは地面から伝わる不愉快な振動と軋むようなら歯軋りとともに漏れる呻きだった。
 子狸は、丸い目を開けると彼女の太腿を叩く。
「先生、来たみたいだよ」
「後、5時間したら起きます・・」
 彼女は、そのまま地面の上で丸まって二度寝しようとする。
「こんな時まで寝汚くしないで!」
 子狸は、苛立ちながら彼女の耳元で叫ぶ。

 それは固い剛毛に覆われたどんぐりのような体型をしていた。しかし、その大きさは2人よりも遥大きく、人間の成人男性くらいはある。剛毛の隙間から見える歪に曲がった2本の黒い爪、赤黒く光る目、三日月のように割れる口、彼女の腰くらいありそうな腕に足、その手にはこの森の中にある石や木で作られた棍棒や石斧が握られていた。

 小鬼トロル

 その数は裕に30を超えていた。

「小鬼っていうくらいだから小さいんじゃないの?」
 子狸は、震えながら言う。
「あくまで名称ですからね」
 彼女は、両手を合わせて小さく詠唱する。
 小鬼トロル達は、こちらを警戒しつつも太い足で地面をにじりながら2人に、銀河柿に近づいてくる。
 合わせた手がが薄く光る。
 彼女は、手を離すと地面に描いた毛糸の魔法陣の上に手を置く。
土の精霊ノームよ。我にその大いなる力を貸し与えよ」
 血を吐くように声を絞りながら彼女は詠唱する。
 赤い魔法陣が血流のように鈍く光る。
 毛糸の魔法陣の紋様の隙間の地面が盛り上がり、無数の土塊が舞う。土塊はアメーバのように粘り付き、その身を伸ばし、他の土塊と結合していく。
 それは細胞同士が重なり合い、1つの生命を生み出すかのようだ。いや、実際に土塊たちは形成しているのだ。

 1つの身体、を。

 大地を踏み締める太く力強い四つの足。
 長く伸びた顔に生えた肉を千切る為に発達した牙。
 全てを畏怖させる鋭い眼光。
 そして全身に生えた剣のような長く、太く、鋭い無数の針。

 それは裕に3メートルはありそうな巨大な山嵐だった。
「これが土の精霊ノーム?」
 子狸は、身体と声を震わせる。
「精霊に決まった姿はありません。私が型取った依代に土の精霊ノームが宿ったのです」
 彼女は、地面に手を置いたまま息も絶え絶えに話す。
「先生、大丈夫?」
 子狸が心配そうに見る。
「大丈夫ですよ」
 彼女は、微笑を浮かべていう。
 しかし。その顔には冷や汗が絶え間なく流れる。

 想像以上に痛い。

 魔力を送る両腕が機械で雑巾のように絞られる激痛が走る。
 毛糸と柿の木の力を借りて増幅してるとはいえ。ただでさえ少ない魔力を振り絞った上、土の精霊ノームの身体も形成するコントロールをしないといけない。
 痛みと脳の情報過多で気絶しそうだ。

 小鬼トロル達、突然に現れた土の獣を警戒している。
 土の精霊ノームが鋭い眼光で威嚇する。

 このまま土の精霊ノームの迫力に押されて退散してくれ、と彼女は願う。
 弱くて賢い生物ならこの威嚇だけで敵わないと知り逃げ出すはず・・・。

 しかし、彼らは弱くも賢くもなかった。

 小鬼トロル達は、各々の持つ惰弱な武器を持ち上げ、咆哮を上げてこちらに向かって走りくる。赤い毛糸の魔法陣を踏み汚し、土の精霊ノームに向かって襲い掛かる。
(土の精霊ノーム)
 彼女の心の声に土の精霊ノームは、反応する。
 全身の剣のような針を逆立てる。
 そして襲い掛かる小鬼トロル達に向かって飛び放たれる。
 針が小鬼トロルの頭を、ハラを突き破る。
「くぎゃぁ」
 小鬼トロルは、醜い悲鳴を上げると全身に乾いたヒビが走り、そのまま塵となって霧散する。
 その姿に子狸は、驚く。
「彼らの正体は、この辺りを彷徨う悪霊が無機物に宿ったものです。銀河柿を奪おうとするのも食事が目的ではなく、その強い気を吸収して力を付けようとているだけです。依代が破壊されればそのまま霧散します」
 彼女は、苦しみに表情を歪ませながらも子狸に解説する。
 さすが教諭の卵。
「でも、先生凄い、この調子なら・・・」
 しかし、子狸は出かけた言葉を飲み込んだ。

 土の精霊ノームの身体が崩れ欠けている。

  鋭い眼光を放つ顔の半分が無くなり、剣のような針の半分以上が枯れたように細く、とろくヒビ割れている。そして巨大な身体を支えていた四肢は震え、体制を保つことが出来ず、その場に膝を着く。

「かはっ」
 彼女の口から大量の胃液が溢れる。
 身体が小刻みに痙攣する。
「先生!」
 子狸は、慌てて駆け寄る。
「大丈夫⁉︎」
 大丈夫じゃない!と分かっていても思わず声をかけてしまう。
「情けないですね」
 彼女は、自嘲する。
「少し土の精霊ノームを動かしただけなのにもう限界です」
 異変に気づいた小鬼トロル達が下卑た笑みを浮かべ、毛糸の魔法陣に踏み入り、今にも崩れそうな土の精霊ノームに躙り寄る。
 そしてその手に持った惰弱な武器で土の精霊ノームを打ちのめす。
 その光景に子狸は、身を震わせた。
「・・・逃げなさい」
 彼女は、小さな声で子狸に言う。
「今なら奴らに気づかれることはありません。逃げなさい」
「先生は・・・」
「あいにくもう力が入りません」
 土の精霊ノーム召喚だけでもう身体中が悲鳴を上げていた。さらに攻撃を放ったことで少ない魔力も枯渇し、動けなくなる。
「すいません。生徒である貴方を守ることが出来ず」
「先生、嫌だよ。そんなこと言わないで」
 子狸は、泣き叫ぶ。
 彼女は、小さく微笑んで子狸の頭を撫でる。
「私も貴方のように才能と魔力があれば。柿の木の魔力も存分にコントロール出来たでしょうに。力なくてすいません」
 彼女は、子狸の涙を拭う。
 子狸の目が大きく開く。
「私の魔力・・コントロール?」
 土の精霊ノームを完全に破壊した小鬼トロル達が彼女と子狸に視線を向ける。
 弱者の存在を確認した小鬼トロル達は、嘲笑しながらにじり寄ってくる。
「さあ、逃げなさい」
 子狸を庇うように両腕を広げる。
 しかし、子狸は逃げなかった。
 むしろ強い決意を持った目で彼女を見る。
「どうしたのです。はやく・・・」
「先生!」
 子狸は、強い口調で言う。
「先生は、魔力があったら魔法が使えるんだよね?」
「ええっまあ一通り母に習ったので」
 しかし、どれも魔力不足で使えない。道具や薬品を使ってやっとだ。
「魔力って先生の魔力じゃなくてもいいんだよね?」
「ええっ柿の木のように何かの媒体を使っても・・」
 子狸が大きな笑みを浮かべる。
 次の瞬間、大きな破裂音と煙が舞い上がる。
 彼女は、思わず目を閉じる。
 頭に妙な違和感がある。
 目を開けると目の前を小さな帳が降りている。

 帽子だ。

 焦茶色の、少しモフっとした感触の大きなとんがり帽子が彼女の小さな頭の上に乗っている。
「先生!」
 帽子から明るくて高い声が聞こえる。
 子狸の声だ。
 子狸がとんがり帽子に変身したのだ。
「貴方・・・なんで?」
「私の魔力を使って!」
「えっ?」
「私たち化け狸って変身の銃を使うから普通の生き物よりも魔力があるってお母さんが言ってた。先生なら私の魔力使えるでしょう?」
 確かにとんがり帽子に変身した彼女を通して膨大な魔力が流れ込んでくる。それも優しくて温かな魔力が。
 魔力が身体中に充満し、痛みが消えていく。
 彼女は、ゆっくりと立ち上がる。
 異変に気づいた小鬼トロル達は、歩みを止める。それどころかじわりと後退しだす。
 彼女は、目を細めてそれを確認すると銀河柿に近づき、その幹に手を触れる。
木の精霊ドリアード
  水に沈むようにの幹の中に彼女の細い手が入っていく。
「我に力を」
 ゆっくりと抜かれたその手に太く、大きな物が握られている。
 ゆっくりとゆっくりと柿の木の幹から抜き出されたのは先端が蕾のように渦を巻いた大振りの杖であった。
 彼女は、杖の先端を小鬼トロルに向ける。
 小鬼トロル達の身体が震える。
 渦を巻いた先端が花弁のように咲き開いていく。
 咲いたのは銀河の輝く青黒い大きな花。
「散れ」
 花冠から星が舞う。
 放たれた星は、上空に舞い上がると流星群と化して小鬼トロルに降り注ぐ。
 無数の星の雨を浴びた小鬼トロルの身体に幾重もの穴が穿かれ崩れ去っていく。
 そして夜が明ける少し前、彼女と子狸の前から小鬼トロルは、全て消え去った。
 銀河色の花冠が閉じる、
「任務完了」
 彼女は、小さく呟いた。

#短編小説

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