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冷たい男 第8話 冷たい少年(7)

 チーズ先輩は、ピンクの水玉のシャツにショートパンツという思春期の少年にはあまりにも刺激の強い格好をし、ぬいぐるみのように枕を抱えたままじっと2人を睨みつけた。
 怒りと・・若干の殺意のこもった目で。
 冷たい少年は、腹の底が冷えると言う感覚を人生で初めて味わい、副会長は眼鏡越しに恐怖に目が震えていた。
 冷たい少年と副会長は、チーズ先輩の実家兼お店である香り屋の前で合流すると裏口に回ってインターフォンを押した。家に来る前にチーズ先輩のスマホに何度も連絡し、SNSにも送ったが何の返答も返ってこず、時間もなかったので失礼と思いながらも直接、訪れたのだ。
 応対してくれたのはチーズ先輩のお母さんであり、香り屋の店主であった。
 男子2人が来訪したことに店主は青い目を大きく開いて驚くも、ついに娘にもこんな時期が来たか、と感慨深く頷いていた。
 冷たい少年が「違います!」とすぱっと否定する。
「依頼で来ました!」
 冷たい少年が言うと店主は目を細めて真剣な顔つきになり、「いらっしゃい」といって家の中に上げて、和室へと通す。そしてチーズ先輩を呼びに行き、現在に至る。
「ごめんなさいね。この娘、昔から寝起きが悪くて」
 店主は、嘆息し、謝ると2人の前に白い陶器のカップに淹れた濃いピンク色のローズヒップティーを置く。
 花と清涼感のある香りが2人の鼻腔を擽る。
「一度、寝たら朝が来ても起きないのよ」
 つまりそれは寝坊が日常茶飯事と言う言うことか。
「ほらちゃんと起きなさい。格好悪いわよ」
 そう言って娘の前に2人に置いた物とは違う、猫の絵柄のマグカップ淹れた緑色の飲み物を置く。格好悪いと思うのなら飲み物を出す前にどこに視線を定めたら良いか分からない霰もない格好をどうにかして欲しいと思ったが、それはあまり気にしていないようだった。
「ゔー」
「唸ってないで目を覚ましなさい。依頼よ」
 店主は、半ば無理やり緑の飲み物が入ったマグカップを彼女の形の良い口元に付ける。
 チーズ先輩の白い喉が鳴る。緑色の液が口元から少し溢れる。
 その姿が何とも言えずに官能的で2人は思わず目を反らす。
 しかし、次の瞬間、チーズ先輩の口から悲鳴が上がる。
 白い頬を真っ赤に染めて思い切り咽こむ。
「どう?緑茶の原液。刺激的で目が覚めるでしょ?」
 娘が悶える姿を見て楽しそうに店主は言う。
 2人は、思わず引いてしまう。
「副会長・・?後輩・・・?」
 赤くなった切長の目を2人に向けてテーズ先輩は呟く。
 ようやく目が覚めて2人を認識したらしい。
「何でここに・・・あれ私は・・?」
 まるで記憶喪失から抜け出したように冷たい少年を見て、副会長を見て、周りを見て、母を見て、そして自分の格好を見る。
 理由こそ分からないが情報の点が線となって繋がっていく。
「ぎやああああああ!」
 チーズ先輩は、悲鳴を上げてリビングから飛び出した。
 遠くから階段を駆け上っていく音がする。
「すぐ戻ってくるからお茶飲んで待ってて」
 そう言って2人にお茶を勧め、店主も自分用に淹れたお茶を飲んだ。

「つまり姪っ子さんを探して欲しいと言うことですね」
 白いTシャツとデニム、そして乱れた髪を整えてリビングに戻ってきたチーズ先輩は、冷たい少年と副会長が良く知る切長の目の容姿端麗、文武両道な才女の雰囲気を纏っていた。
 しかし、最初のあの姿を見てしまったからかどうしても多少の違和感を感じてしまう。
 チーズ先輩もそれに気づいているのか、少し頬が赤い。
 副会長が冷たい少年を見る。
「おいっ依頼って何だ?」
 副会長の言葉に冷たい少年が驚く。
「あれっ?話してなかったっけ?」
「聞いてない。ここに来たらあの娘のことが分かるかもしれないと言うから来たんだ!」
 それだけの理解でここまで来てしまうのだから相当切羽詰まっていると言うことなのだろう。
 冷たい少年は、自分の説明不足を詫び、再度ここに来た理由を伝える。
「チーズ先輩とお母さんって魔女なんだよ。だから2人にお願いすれば女の子も見つかると思ってさ」
 あまりにもざっくりし過ぎた説明に副会長は呆然とする。そして次の瞬間、頬を赤らめて激昂する。
「お前、ふざけ・・・」
「本当です」
 チーズ先輩の声が副会長の怒りの声を遮る。
「我が家は代々魔女の家系ですよ。まあ、私は魔女を継ぐ予定はないですが」
 チーズ先輩の言葉に副会長は、目を瞠る。
 チーズ先輩とは生徒会で2年間一緒に動いてきた。くだらない冗談を言う人間でないことはよく知っていた。
「今は、魔女だけじゃ食べていけないからね」
 店主も気にした様子もなくお茶を啜る。
「店も私の代で終了かしらね。まあ、この娘が結婚でもして孫が継いでくれれば儲け物かな」
「お母さん・・」
 チーズ先輩は、再び頬を赤らめる。
「さあ、そう言うことだから早速始めましょうか」
 店主は、そう言うとどこからか赤い毛糸の玉を取り出してチーズ先輩に渡す。
 チーズ先輩は、目を大きく開ける。
「私がやるんですか?お母さんじゃなく?」
「私がやったら報酬が高過ぎてこの子達2人でも払えないわ。貴方がやれば1人分で済む」
「でも私は・・・」
「大丈夫よ。貴方でも出来るようにしっかりと毛糸に魔力を込めてあるから」
 チーズ先輩は、少し迷った表情を浮かべながらも頷いた。
 店主が2人の方を向く。
 雰囲気が変わる。
 母親としての穏やかな印象が消え、空気が重湯のように重くなり、胸が締め付けられるような蠱惑的な印象へと変わる。
 魔女・・・。
 副会長の脳裏にこの言葉が浮かぶ。
 半信半疑が確信に変わる。
 店主の目が副会長を見る。
「報酬はあなたから貰うわ」
「ほう・・・しゅう?」
 副会長は、唾を飲み込む。
「それはお幾らですか?」
 店主は、首を横に振る。
「お金じゃないわ。その変わりに依頼を受けて欲しいの」
「依頼?」
 副会長の問いに店主は、妖しく微笑む。
「そう。魔女の依頼。だからこの娘の方がいいのよ。私への報酬になってしまうとそれこそ命を伴うものになってしまうから」
 店主の言葉に副会長は、隣の少年に背中を撫でられたかのように冷たくなるなのを感じた。
「それはどういった・・・」
「それは追い追いね。それでどうする?報酬を払う?それとも払わない?」
「・・・払います」
「契約成立ね」
 店主は、にっこりと微笑むと、チーズ先輩の方を見る。
「始めなさい」
 店主の声にチーズ先輩は頷く。
 毛糸の玉を水晶で占うように優しく両手で包む。
 赤い毛糸の表面がぼんやりと青白く光る。
「感覚を全て糸に託しなさい。糸の中からさらに糸が出て世界に広まっていくイメージを持つの。そして彼に似た魂の匂いを探しなさい。もっとも濃いものが探し物よ」
 チーズ先輩の形の良い眉間に皺が寄る。ビー玉のような脂汗が幾つも浮かび、頬が熱く上気し、長い髪が逆立つばかりに浮かび上がる。
「・・・見つけた」
 チーズ先輩が呻くように呟く。
「なら、追いかけなさい」
 店主の言葉にチーズ先輩は頷く。
 赤い毛糸玉がさらに強い光を発し、それに比例するようにチーズ先輩の額に浮かぶ脂汗も増えていき、頬が赤くなる。
 赤い毛糸玉の先端が海底の砂浜にいるチンアナゴのようにその身を真っ直ぐに伸ばす。
 そして次の瞬間、目にも止まらぬ速さで宙を這い、冷たい少年と副会長の間を抜け、扉を抜けて直角に曲がる。毛糸玉が回転しながらその身を伸ばし続ける。
「その糸の先に姪っ子ちゃんがいるわ」
 店主の言葉に副会長は、目を瞠る。
「急いで追いかけなさい。この娘を通して良くないものを感じるわ」
 店主の言葉に副会長は唇を小さく震わせる。そして深く頭を下げると立ち上がって糸を追いかけ、走り出す。
 冷たい少年も急いで追いかけようとすると店主に声を掛けられる。
「あの男の子との縁を大切にしなさい」
 店主の言葉の意味が分からず冷たい少年は首を傾げる。
「この先、貴方は彼と様々な場面で関わっていく。うちの娘とも、それこそ彼女さんともね。その縁はきっと貴方の人生の大きな助けとなる。だから大切になさい」
「・・・それは占いですか?」
「・・・みたいなものね。雑談と変わらないから報酬はいらないわ」
 店主は、にっこり微笑む。
 冷たい少年は、困ったように顎の先を掻く。
「そんな縁なんてなくても大切にしますよ。あいつは俺の友達だから」
 冷たい少年の言葉に店主が青い目を大きく開く。
 冷たい少年は、頭を下げると副会長を追いかけ、走っていく。
 店主は、2人のいなくなった空間をじっと見る。
「本当にいい子ね。しっかりと守ってあげないと・・」

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