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半竜の心臓 第5話 アクアマリンの勇者(2)

 ヘーゼルは、畳に擦り付けんばかりに深く頭を下げる。
 アメノは、何も言わずに焙じ茶を啜る。
 ロシェは、驚きに目を大きく開ける。
「他の一行パーティに協力するなんて出来るのですか?」
「ギルドによその一行パーティへの協力申請を出せば問題ないっすよ」
 リンツは、答え、ちらりとアメノを見る。
「呼びかけた相手が要請に応じればっすけど」
 アメノは、湯呑みから口を離す。
「依頼内容は・・」
「失踪事件です」
 アメノの猛禽類のような目がきつく細まる。
「どこで?」
「王都から少し離れたところにある森に囲まれた村です」
「原因は?」
「不明ですがゴブリンの可能性が大きいか,と」
 ゴブリン。
 その名前はロシェでも知っていた。
 人間の子供くらいの大きさで背が曲がっており、肌は薄汚れた緑に濁った黄色い目、戦闘力はとても低く、性格は臆病なくせに残虐で自分よりも弱い生き物を容赦なく捕まえて殺すか犯して子孫の繁殖させる。
 ロシェの住んでいた雪山にも出没し、何度か襲われたことがあるがロシェでも十分に撃退できるくらい弱く、父たる白竜の王が威嚇するだけで半年は巣穴から出てこなかった。
「可能性ということはゴブリンかどうかも分からないと言うことですか?」
 アメノの質問にヘーゼルは頷く。
「はいっ前々からゴブリンの巣穴が森の中にあることは知っていたらしいんですが村の自警団だけで十分に対処出来ていたらしいんです。奴らは頭を使うのが苦手だから常に集団で襲ってきます」
 確かにそうだ。
 雪山で自分を襲ってきた時も集団で、知性のかけらもない行動だった。
「それなのに自警団にも村の人たちにも気づかれずに老若男女関わらずに村人を攫っていく」
「確かにゴブリンのやり方ではないですね」
 アメノは、焙じ茶を啜る。
「物陰に潜んで獲物を狙うならともかく侵入なんて頭を使ったリスク負うことは決してしない」
 アメノは、猛禽類のような目をヘーゼルに向ける。
「それでギルドに依頼が来て貴方が引き受けた・・と言うことですね?」
 アメノの問いにヘーゼルは頷く。
「はいっ。村の人達が困ってきたので。これは勇者の仕事と思い・・」
 ヘーゼルは、熱を帯びて答える。
 しかし、その目が一瞬泳いだことにロシェは気づき、首を傾げる。
 アメノは、リンツを見る。
「お前がいるのに俺の助けがいるのか?」
「本当にゴブリンだけなら余裕っすけど、正体もしれないような奴を相手するなら前衛がいないと厳しいっすね。詠唱中にブスっなんて嫌すっから」
 リンツは、自分のお腹にナイフが刺さる真似をして冗談めかしに笑う。
 リンツの言葉にロシェは疑問を覚えた。
 リンツが魔法使いなのは知ってるから言ってることは分かる。でも・・・。
 ロシェは、アクアマリンの勇者ヘーゼルを見る。
 彼は・・前衛は出来ないと言うことなのか?
 勇者なのに?
「いかがでしょうか?お引き受け頂けませんか?」
 ヘーゼルは、不安そうにアメノを見る。
「・・・他は誰も引き受けなかったのですか?」
 アメノの質問にヘーゼルの顔が固まる。
 リンツが困った顔をして綺麗な頬を掻く。
「いじわるな質問すね」
 リンツは、乾いた笑いを浮かべる。
混じり者ブレンドがいるような一行パーティに協力する物好きがいると思うっすか?」
 あっ・・・。
 そこまで聞いてロシェはようやく2人がアメノに依頼に来た理由が分かった。
 混じり者ブレンド
 人間種と人ならざる者の間に生まれながらどちらからも疎まれ、嫌われる、決して祝福されない存在。
 アメノやヤタ、そしてポコが普通に接してくれるので忘れていたが自分も混じり者ブレンド。城門の検閲所での兵士の蔑み、レストランの店員の対応を思い出し、今更ながらに恐怖と不快を思い出す。
 アメノとヤタという大きな存在がいてもそんな扱いなのだ。アクアマリンの勇者がいるとは言えリンツはどれだけひどい思いを・・。
 そこでロシェの中で疑問が湧く。
 リンツは・・。
「そういうことか」
 アメノは、焙じ茶を飲み干す。
 ポコが襖の奥から現れて新しい焙じ茶を注ぎ足す。
 アメノは、猛禽類のような目を細めてロシェを見る。
 ロシェは、急に見られて心臓がどきっと高鳴る。
「ロシェ」
「はいっ」
 ロシェが返事するとリンツは驚いて目を丸くする。
「名前もらったんすか?」
「はいっ。昨日、連れて行ってもらったレストランのチョコレートの名前です」
 自分で口にして変だよなと思わず恥ずかしくなる。
 しかし、リンツは目を輝かせてロシェを見る。
「そうなんすか!実はわた・・」
「話しは後にしろ」
 アメノは、リンツの言葉を遮る。
 リンツは、ぷっと頬を膨らませる。
「ロシェ、お前、五感は冴えてるっていったな?」
「はいっ。それだけは父から受け継いだので」
「鼻は効くか?」
「鼻ですか?」
 ロシェは、自分の鼻に触れる。
「効くかどうかは分かりませんが遠くで兎がウンチする匂いなら分かりました」
 ロシェは、普通に答えたつもりだったがその場にいる4人が一様に顔を曇らせた。
 ロシェは、意味が分からず首を傾げる。
「とりあえず動物並みに鼻は効く訳か」
 アメノは、何故か微妙な表情で言うとヘーゼルに向き直る。
「ヘーゼルさん」
「ヘーゼルで結構です」
「分かりました。ヘーゼル、今回の依頼お引き受けします」
 その言葉にヘーゼルとリンツは顔を輝かせてお互いの顔を見る。
「その代わりにロシェを連れていきます」
 その言葉に2人は驚く。
 それ以上にロシェが驚いた。
 てっきり旅館で留守番だとばかり思っていたから。
「今回は痕跡のない失踪事件ですからね。斥候スカウトの能力を持つ者がいた方がいい」
 斥候スカウトの意味が分からずロシェは首を傾げるとポコに「忍者のようなものです」と説明され、尚更分からなくなる。
 アメノの言葉にリンツが「確かに」と納得する。
「私も探知の魔法は使えるけど得意じゃないっすからね」
「でも・・・」
 ヘーゼルがちらりとロシェを見る。
「よろしいのですか?」
 それがアメノにではなく、ロシェに聞いてるのだと分かった。
 ロシェは、アメノを見る。
 アメノは何も言わない。
 自分で答えろと言うことだ。
 ロシェは、逡巡する。
 正直、自分は大して強くない。
 火を吹けるようにはなったがそれだけだ。
 でも・・もしそんな自分でも役に立つなら・・・。
「私でお役に立てるならご協力します」
 ロシェの言葉にヘーゼルの目が輝く。
「よろしく頼むっす!ロシェ」
「はいっ」
 ロシェは、嬉しそうに力強く頷いた。

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