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冷たい男 第6話 プレゼント(1)

少女の通う大学は、街の中心地から少し離れた場所にある。彼女の住む町からだとバスに20分程揺られながら最寄りの駅に行き、さらに電車に30分程乗ってようやく大学のある駅に到着する。
 チーズ先輩のようにバイクの免許を取って通った方が楽なのではと思うこともあるが、バスに乗るのも電車に乗るのも苦ではないし、いざとなれば父親が送ってくれる。それに駅の中には町にはないようなお店もたくさん入ってるので正直楽しんでいるというのが本音だ。
 そして今も駅の中にある本屋でお目当ての本を探し、店の中を彷徨っていた。

 本の匂いは好きだ。

 紙とインクの中に紡がれた物語や言葉のエッセンスが混じり合い、鼻腔と心を刺激し、昂りと高鳴り、そして安らぎを与える。
 本の樹海とはよく言ったものだ。
 言の葉から溢れる作者の思いが手に取る前から心を突いてくるようだ。
 ビニール包装された大手の本屋ですらこうなのだから図書館に行ったらむせ返ってしまうのではないか、そんなことを想像しながら少女はお目当ての本を見つけ、手に取る。
 それは少女が子どもの頃からある有名なファッション雑誌だった。馴染みのあるロゴのタイトルに最近、良くテレビに出ている男性アイドルがポージングして写っている。そして付録に女性物のトートバッグが付いているのでかなり分厚い。
 正直、表紙のアイドルも付録にも興味はない。
 あるのはこの本に載っている情報だ。
 しかし、雑誌は表紙を傷つけないよう貼られたテーブで固く封印され、中身を見ることは出来ない。
 何とか見えないかとあらゆる角度に角度に向け、少しめくってみるが当然見えない。
 少女は、小さくため息を着いて諦め、レジに持って行って購入する。
 バイト代が残っていて良かったと胸を撫で下ろす。
 その途端にあれだけ頑丈だったビニールテープの封が水にふやけたように柔らかく剥がれる。
 少女は、本屋に併設したカフェに入り、ショートのカフェラテとチョコクロワッサンを購入して席に着く。
 駅の中にある本屋のカフェだから学友たちがたくさん利用しているのではないか、と思われがちだが近すぎるが故に実は利用する友人達は少ない。それに地元の親子連れや高齢者も多くいてまさに"木を隠すなら森の中"と言った状態で隠れて、特に見られたくないものをする時には丁度良い場所なのだと少女は把握していた。
 少女は、カフェラテを一口飲んでから早速買ったばかりのファッション雑誌を捲る。アイドルにも付録にも目をくれず、流行りのファッションや占いも飛ばし、ようやく目当てのページへと辿り着く。
 そのページを食い入るように凝視し、目が写真と文字の海を泳いでいく。
 そして一つの小さな項目で目の動きが止まる。
 少女は、歓喜に目を輝かせて思わず「これだー」と口にしそうになった時である。

「「奥様ー!」」

 心が溶けそうな甘く可愛らしい声に思わず少女は思わず顔を真っ赤にしてを歪ませ、両手でページの蓋をする。
 恐る恐る顔を上げると紺色の可愛らしい作りのこの辺りでも有名な私立女子高校の制服を着た2人の女子学生が大きな目を輝かせ、頬を赤らめてこちらを見ていた。
 ショートとロングと髪型こそ違えど同じ顔。
 しかも洋画のエルフがそのまま抜け出てきたような絶世の双子の美少女。
 そんな2人が憧れの人にであったような恍惚とした表情で浮かれ上がるように少女を見ている。
「奥様あぁ」
 ショートの子が口元に可愛らしく手を当てて上目遣いに少女を見る。
「こんなところで何をされてるんですかあ?」
「ひょっとして大学の帰りですかあ?お会いできるなんて思ってなかったので嬉しいです」
 ロングの子は、今にも昇天しそうに目をクラクラと揺らして小さな両手を頬に当てて喜びに身震いさせる。
 そんな絶世の美少女2人のあまりに異様な反応は当然、他のお客さん達の目を引き、少女はあまりの圧迫に身を縮こませ、胃が痛くなるのを感じた。
 それに気づいて双子が表情を青ざめ、少女を挟むように寄り添う。
「奥様?どうされたんですか?」
「ご気分が悪いんですか?お水を飲まれますか?」
「それとも人を呼びましょうか?医師を?医師を?」
「ちょっと待って。ひょっとしたら・・・ご懐妊の・・」
「ストーップ!」
 堪えきれず少女は、思わず声を荒げる。
 相手の動きと心を止めるには十分すぎるほどの声量と圧に双子だけでなく他のお客さん達も動きを止める。
 少女は、きっと双子を睨む。
「あ・・」
「えう・・・」
 双子は、思わずたじろぐ。
 少女は、店の中を見まわし、そしてにっこりと微笑む。
 冷たい男に触られたかのような冷気が双子の首筋を刺す。
「・・・お店に迷惑だから座りましょうか?」
 口調は、穏やか。
 しかし、どこまでも冷ややかな怒りが込められていた。
「「はい」」
 2人は、近くから椅子を借りてストンっと座る。
 そして思った。

 やはりこの人は“おにい様”の伴侶だ、と。

                 つづく
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