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「疾れイグニース!」第36話

「文化祭?」

「毎年この時期に近隣の専門学校で行われるものなんだけどね。色々趣向を凝らした出し物があってなかなか面白いんだ」

「これが何か?」

 チラシを手にした海が仏坂に尋ねる。

「気晴らしも兼ねて、皆で行ってくると良いんじゃないかな?」

「皆……Cクラス全員で、ですか?」

「そう」

「……確かに今週の休日と重なりますが、全員は無理です。厩舎の掃除やドラゴンの世話もありますから」

「その日一日くらいは僕と厩務員さんで大丈夫だよ」

 仏坂の言葉に海は目を丸くする。

「何故にいきなりそのような好待遇を……」

「この間の模擬レースさ」

「模擬レース……」

「Cクラスの学生が出るのだけでも珍しいのに、ド派手な1・2・3フィニッシュ! ……あまり大きな声では言えないけど、Cクラスの評価は着実に高まりつつある」

「……つまり、そのご褒美代わりだと」

「そういうこと」

「お断りします」

 海はチラシを仏坂に突き返す。

「ええっ⁉」

「『勝って兜の緒を締めよ』とも言うでしょう。今は浮かれずに更なる努力を積み重ねる時期だと考えます」

「真面目だな~そんな堅苦しく考えなくても……」

「大体、レースに出たのは三人です」

「あの三人が良い結果を出せたのは君たちと切磋琢磨したからだと思うけど」

「そういう考え方もあるかもしれませんが……」

「まあ、ここでシャットアウトせず、皆にも知らせてみてよ。行きたくない人がいれば、それはそれで良いからさ」

「はあ……」

 海はチラシを持って、部屋に戻る。青空が声をかける。

「おおっ、仏坂さん、なんだって?」

「……真帆さんがいませんね」

「少し体重が気になるということで臨時のトレーニングを。今はシャワーですわ」

 海の問いに飛鳥が本を読みながら答える。

「なるほど。では戻ってからの方が……あっ!」

 青空が海の手からチラシを取る。

「何々……へ~文化祭か、楽しそうじゃん」

「どういうことですか?」

 青空の言葉に飛鳥が反応する。海は仕方なく説明を始める。

「……こういうわけです」

「っていうことは、ペアを決めなきゃな!」

「はい?」

 青空の言葉に海は首を傾げる。

「こういうのは八人全員で回るにはちょっと多すぎる。どこの出店に行くとかで絶対揉めるしな。二人くらいで回った方がちょうど良い」

「なるほど、そういうものなのですね……」

 青空のもっともらしい説明に飛鳥が頷く。

「……というわけで、誰と回りたい? アタシは炎仁だな!」

「マイダーリンはわたくしと回ります!」

「いきなり被ったな……クラス長は?」

「別にまだ行くと決めたわけでは……」

「何だよ、ノリ悪いなあ」

「……例えば、紺碧さんとか……」

「こういうのは男と回るって相場が決まってんだよ、誰が良い?」

「だ、男子とですか? そうですね、強いて言うなら……」

「ほう、そう来たかい」

 海の答えに青空が面白そうに頷く。飛鳥が尋ねる。

「どうしますの?」

「まあ、それは待て、考えがある……このチラシは男子どもには見せたか?」

「いいえ、もう一枚あるのでこれから持って行こうかと思いました」

「アタシが持っていってやるよ、副クラス長だからな」

「男子寮には入れませんよ」

「分かっているよ、入口で渡す。男子の副クラス長殿に連絡してっと……あれ、おかしいな? 炎仁の奴、出ねえぞ」

「マイダーリンなら先ほどグラウンドをランニングしていたのを見かけましたわ」

「ってことは今頃シャワーでも浴びてんのか。なら、金糸雀に渡してくるか」

 青空は部屋を出ていく。そしてその文化祭当日……。

「こ、これはどういうことですか⁉」

「いや、希望を募ったところ、紺碧ちゃんと回りたいって三人の意見が重なってね」

「それぞれ時間を区切って、二人で一か所ずつ回ろうってことになったんだ~」

「い、いや、意味が分かりません!」

 上品なワンピース姿で真帆は立ち尽くす。レオンは落ち着いた色のジャケットを羽織っている。翔は上下ともだぼっとした服を着ている。

「時間ごとに一旦ここに戻ってきて、別の相手と出かけるってことだ。行きたい場所はアンタが自由に決めていい」

 ヒップホップなファッションで決めた嵐一が真帆に告げる。真帆は頭を抱える。

「い、いつの間にこんなことに……ん? あれは……草薙さん!」

「お、おう……」

「行きますよ!」

 真帆が嵐一の腕を引っ張っていく。嵐一が戸惑いながら尋ねる。

「ど、どこに行くんだ?」

「あの方たちと同じ所へ!」

 真帆が前方を指し示す。そこにはカジュアルな服に身を包んだ炎仁と楽し気に腕を組む青空の姿がある。青空はボーイッシュなファッションスタイルである。

「あ、あいつらか……」

「東京レース場での自由時間と言い……青空ちゃん、油断も隙もないんだから!」

「どこに行くんだ、あいつら? どこかに入っていったぞ?」

「私たちも行きますよ!」

「あ、ああ……って、『お化け屋敷』⁉」

「突入!」

「ちょ、ちょっと待て、紺碧!」

 しばらく間を置いて、二人の男女がお化け屋敷から出てくる。炎仁と青空である。

「大丈夫か、青空?」

「……我ながらベタベタだが、『キャア~怖い♡』とか言って、イチャイチャを狙ったんだが……予想外に本格的だったぜ……腰が抜けちまった」

「? 何をブツブツ言っているのか分からんが、そんなに怖かったか?」

「ギャアアー‼」

 お化け屋敷の中から男性の野太い叫び声が聞こえてくる。青空が呟く。

「ほ、ほら見ろ、大の男でもあんなにビビるんだ。お前が鈍いだけだよ」

「そうかなあ……まあ、感性は人それぞれだからな。それより立てるか?」

「い、いや、もう少しかかりそうだな。腰抜けたことねえから分からねえけど」

「仕方ないな……よっと」

「⁉ お、おい⁉」

 青空が驚く。炎仁が青空をおぶったからである。

「時間も無いし、このままさっきの場所へ戻るぞ。恥ずかしいのは我慢してくれ」

(は、恥ずい! ……けど、これも悪くねえな、結果オーライか)

 青空は顔を赤らめながらも、炎仁の背中で満足気に頷く。

「はあ……はあ……お、重い……」

「こ、紺碧ちゃん⁉ どうしたの⁉ 嵐一君を引き摺って!」

「彼の名誉の為に詳細は言えません……全ては私の不徳の致す所です」

「名誉? 不徳? 文化祭であまり聞かないワード!」

「うう……」

 嵐一が目を覚ます。真帆が胸を撫で下ろす。

「良かった、気が付きましたね。ん? あれは! 天ノ川君、行きますよ!」

「う、うん!」

 唖然とするレオンと嵐一を置いて、真帆は翔の腕を引っ張っていく。

「ふむ……食事時ですからね」

「真帆ちゃん、どこに行くの?」

「あの方たちと同じ出店に!」

 真帆が指差した先には炎仁とお嬢様コーデに身を包んだ飛鳥が腕を組んで歩く姿があった。二人は出店の席につく。やや距離を取って、真帆たちも席につく。

「どうせなら隣のテーブルに座れば良いのに……」

「しっ! 黙っていて下さい!」

 真帆は炎仁たちの会話に聞き耳を立てる。

「お昼、本当にたこ焼きで良いの?」

「わたくし、こういう庶民的なファストフードに憧れておりましたの!」

 炎仁の問いに、飛鳥は目を輝かせて答える。炎仁は苦笑する。

「変な憧れだな……まあ、おいしいけどさ」

「……いただきます。 ! 熱々でとても美味しいですわ!」

「お気に召したようで何より……あっ」

「⁉」

 飛鳥は驚く。炎仁が自分の口元を指でさすり、それをペロッと舐めたからである。

「あっ……青ノリが付いていたからつい……はしたなかったな、ごめん」

「い、いえ……」

 二人はその後も和やかなムードのまま食事を終え、席を立つ。真帆が慌てる。

「あ、後を追わなきゃ! って、えええ⁉」

 真帆が驚く。自分の目の前に山盛りの焼きそばがそびえ立っていたからである。

「通算200組目のお客さんへの特別サービスだってさ……とても食べられないから、残して帰ろうか?」

「い、いいえ! 出されたものは食べるのが礼儀です! いただきます!」

「真面目だね~でも、小食の僕にはちょっと……」

「きゃっ!」

 真帆たちが山盛り焼きそばと格闘しているころ、飛鳥が躓く。

「ど、どうしたの?」

「い、いえ、ヒールが折れてしまって……」

「ああ、本当だ」

「困りましたわ……」

「ちょっと失礼して……よっと!」

「ええっ⁉」

 飛鳥は再度驚く。炎仁が自分を抱きかかえる、所謂『お姫さまだっこ』をしてきたからである。炎仁が申し訳なさそうに言う。

「ちょっと恥ずかしいかもしれないけど我慢して」

「い、いえ、大丈夫です……」

 飛鳥は顔を真っ赤にしながら頷く。二人は集合場所に戻る。青空が驚く。

「おいおい! どういう状況だよ!」

「飛鳥さんのヒールが折れちゃってさ……」

「……最寄り駅に修理してくれるお店があります。そこに向かいましょう」

 派手過ぎず地味すぎない落ち着いた服装の海が端末を見て、冷静に告げる。

「いいや、それには及ばねえ……」

「え?」

「これくらいならアタシでも直せる。あくまで応急処置だけどな。だからクラス長、お嬢のことは気にせず行ってこい」

 青空が海に告げる。海は頷く。

「では、お言葉に甘えて……参りましょうか、紅蓮君」

「ああ、はい……」

 炎仁と海がゆっくりと歩き出す。一方その頃……。

「はあ……はあ……重い! さっきよりは軽いけれど!」

「こ、紺碧ちゃん⁉ どうしたの⁉ 天ノ川君をお姫さま抱っこして!」

「お腹いっぱいで動けなくて、後なんだか眠くなってきて……」

「この状況で寝る⁉」

 レオンが驚く。翔をベンチに横たえ、真帆は肩で息をする。

「はあ、はあ……」

「お、お疲れさま……」

「……あれは⁉ 金糸雀君、行きますよ!」

「うおっ⁉」

 真帆が今度はレオンの腕を強く引っ張っていく。

「一体どこに行こうと……」

「紺碧ちゃん、どこに行くの?」

「あの二人と同じ場所へ!」

 真帆が指差した先には連れだって歩く炎仁と海の姿があった。

「意外な組み合わせだな……あっ、部屋に入っていった」

「行きますよ!」

 真帆たちも後に続く。

「……すみません、このような場所に付き合って頂いて……」

「いや、別に良いですよ。来たかったんでしょ?」

「目玉企画の一つだというので、興味を持ちました……あ、あの、如何でしょうか?」

 そこには綺麗にメイクされ、華麗にドレスアップされた海の姿があった。

「……とても綺麗ですよ」

「お、お世辞は良いですよ……」

「本当にそう思いますよ。いつもの眼鏡も似合っているけど、無くても良いですね」

「そ、そうですか? コンタクトも検討してみましょうかね……」

 記念写真を撮り終え、着替えた海は部屋を出て、炎仁と並んで歩く。

「しかし、今日はなんでまた俺と回ろうだなんて思ったんですか?」

「……この文化祭は先の模擬レースのご褒美だそうです」

「ああ、それはレオンから聞きました」

「模擬レースの殊勲者と回りたいと思ったのですが、それは建前です」

「建前?」

「本音を言えば、私は貴方に強い興味を抱いています」

「ええっ⁉ な、なんで?」

「私の実家も牧場です。ですが、正直言って経営状態は良好とは言えません……だからジョッキーになって、牧場の名を挙げようと思い、このコースを受講しました。そんな中、牧場を守る為に奮闘する貴方にシンパシーを感じました。シンパシーは気付けば憧れに変わっていました。そして先の模擬レースでの見事な勝利には心を大きく動かされました。貴方の存在に心惹かれつつあります」

「三日月さん……」

「海で良いですよ、後、敬語なんか使わないで下さい。ちょっと寂しいから」

「分かりまし……分かったよ、海さん」

「ふふっ、そろそろ戻りましょうか、炎仁君」

 海と炎仁は青空たちの元に戻る。一方その頃……。

「はっ! し、しまった! 金糸雀君のメイクアップにすっかり夢中になって、炎ちゃんたちを見失ってしまったわ!」

「な、なんだか、新たな世界が開けたような気分……」

 鏡で自分の顔を眺めてうっとりするレオンの横で真帆は頭を抱えた。

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