『モノクロ』(短編)
「銀というより、モノクロじゃん」
真顔を装う彼女の目に宿る寂しさを、僕は見逃さなかった。いや、本当は見逃したかったのだけど。
僕は、そのまま口をつぐみ前を向くことしかできなかった。
*
初めて会った日の彼女も、同じような横顔をしていた。
冬山の渓流のように澄んだ瞳。キュッと結んだ控えめな唇。これを一目惚れと呼ぶんだ。バカ正直な直感が、僕に言った。
あれから、三度の冬を共にした。
永久凍土とも思えた彼女の心が雪解けしたのは、二度目の冬だ。そこからの日々は春そのものだった。彼女の笑顔に出会えたのだから。
春は花の芽吹きを祝い、夏は川沿いで何時間も語り合った。秋はベタに高野山に登り、頂上で僕が淹れたとっておきのブルーマウンテンを愉しんだ。冬は、多くを語らず身を寄せあたためあった。
僕たちは、幸せだった。
***
彼女の心の表層に訪れた四年ぶりの冬に、僕は戸惑うことはなかった。
「真夏に雪が降れば、それは奇跡だよ」
“雪”の名付けに不満を漏らした夏生まれの雪は、彼のこの一言で救われたそうだ。
太陽のような人。
彼女はまっすぐに、最愛の人をそう表現した。
太陽が還らぬ人となった日、彼女の世界はモノクロに変わった。
今日は雪の隣にいよう。
白黒の世界にどこまでも潜り込んでやろう。
次の春には戻れるように、彼女の手を取って。