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正しいことは、正解なのか?【我々、今日もひょうきん族。Vol.2】

初めて聞いたときから、どうしても忘れられない言葉がある。

互いに非難することがあっても 非難できる資格が
自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい

祝婚歌(吉野弘)より一部抜粋


正しいことが、必ずしも「正解」であるとは限らない。

仕事をしているときも、ムスメと接しているときも、パートナーと話しているときも。

人によって、場面によって、「正しいこと」は移り変わるのかもしれない。

正しさだけを刀のように振りかざしていると、いずれ大事な人は離れていってしまうのかもしれない。

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「やだぁ〜〜〜。よっちゃんこっちがいいのお〜。」

朝起きて、保育園へ登園するまでの時間はデスマッチである。

まもなく2歳半になるムスメの保育園の支度は、まだまだ親である私のお手伝いが必要。
こちらで決めたお洋服は着てくれないので、
ズボンを3本ほど並べて、「よっちゃんめろめろぱんちの時間です〜」と声を張る。

すると、よっちゃんは
「めろめろお〜〜ぱぁ〜〜〜〜んち!」と言って、
ズボンを1本パンチして選んでくれるのだ。

そうです、めろんぱんなちゃんになってもらう作戦です。

そして、お次。
トップスも3着ほど並べて、お決まりのめろめろぱんちですわな。

ズボンとトップスが柄on柄になっても構いません。
ピンクonピンクでも構わんのです。
本人が気に入っているのであれば、それ以上は物申しません。

ただ、そんな母でも気になることが1つ。
ズボンを前後ろに履くこと。
よっちゃんのその日の気分によっては、お手伝いすることを許してくれず自分で履くのを主張する日がある。

そういう日は、黙って見守るのだけれど。
どうしたものか。
必ずポケットが前に来る。

まあ、前に来たポケットに手をつっこんでいる姿もそれはそれで愛らしいけれど。

でもなんか、シルエット的に違うよね。

「よっちゃん、それポケット後ろに来るんだよ〜昨日も言ったじゃん〜」

「いやぁ!これでいいの〜!」

よっちゃんは自己主張強め女子なので、
なかなか簡単には自分の主張は曲げてくれない。


……


と、ここで。

「正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい」

冒頭のこの言葉が、私の胸の中で台風の目のように猛威を振るってくるを感じるのだ。
台風が来る前の、あのモヤッとした風を胸に感じる。
この言葉を胸にとどめてしまった以上、そう簡単には無視できないのである。

自分の中で、3人ほどの母親が言い争いを繰り広げている。そんな気分である。

「ちゃんと正解を教えてあげないと」
「自分の好きにさせたらいいじゃない」
「無理やり着替えさせるのよ」

もう。私の中で言い争いを繰り広げるのはやめてくれよう。

なんともまあ、厄介な言葉に出会ってしまったこと。


これまでの私なら、きっと、
「よっちゃん。それ、お友達から反対だよ〜って笑われちゃうよ?」
とか適当なことを言って、着替えさせていたろうなあ。

確かに、大人の世界では
「スボンのポケットは後ろ」
が正解である。

だけど、おそらくよっちゃんの世界では、
「スボンのポケットは前」
が正解なのだ。
少なくとも、今日のよっちゃんの世界では。

こんなことを、無理やり押し付ける必要ないか。

「ポケットは後ろに来るように履くとかっこいいんだって〜」
と小声で囁くくらいでいいのかしら。

それくらいで、3歳になった頃のよっちゃんはズボンのポケットを後ろにして履いてくれているのだろうか?

でも別に、たぶん、そんなに気にしなくても思春期にさしかかった10歳頃のよっちゃんなら、目を瞑ってでもズボンのポケットを後ろにして履いているだろうね。きっと。

今日は、ズボンのポケットは前にしたまま保育園行こうか。ね。

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別の日、同じような経験をした。
ある友人夫婦の会話の中でのこと。

「金利あがるらしいよ」

友人の旦那さんの一言から、住宅ローンの金利の話題になった。
もうすぐ家を買う友人夫婦には、避けては通れない重要な話題である。

「え、変動も固定も?」
と、奥さんが尋ねる。

「たしか、そう」
ふんわりとした答えが旦那さんから返ってくる。

「え。ほんとに?!」
と、奥さんの鋭い視線が旦那さんに向けられる。
隣にいた私にまで突き刺さってくるほどに鋭かった。うぅ、鋭すぎる…痛いぃ…

そこで、もやっとした奥さんがなにやらスマホで調べ出す。


……


「ねえ違うじゃんー!まずは固定金利から引き上げるのが先だってよ?もう。ちゃんと調べてから本当のことを教えてよね!」
(※当時の情報では固定金利が先に引き上げられるように報道されていた)

旦那さんは「えぇ?」とだけ言って、視線を落とした。
なんだか「またこれかよ」と言わんばかりの顔である。

ただ、奥さんにとっては、変動金利で住宅ローンを借りようと検討しているからこそ、その情報が正しいかどうかは重要だったのだ。

「まーまーいいじゃない。変動なら少しは安心ってことねえ?」
と慌てて私がフォローする。いや、もはやフォローになっているかは定かではない。

たしかに、奥さん側の情報が「正しい情報」ではあるのだけれど。

とはいえ、この場で必要だったのは、おそらく「正しい情報」ではなかったような気がする。

間違った主張をする相手を、居合切りのごとく心まで砕いてしまう、そんな完全な論破でもない。

旦那さんはみんなの前でけちょんけちょんに言い負かされ、
その場を離れ、自分の部屋に戻りたくなっていただろうねえ。

では、どうするのがあの場で最適だったのかしら、と考えてみる。

「え、じゃあちょっと気になるし、いまスマホで調べてみてよう」
と旦那さんにお願いしてみる?

それとも、
「え〜そうなんだ」とその場では相槌を打って、後日2人で調べてみる?

そんな感じ?

もちろん、命に関わることや一刻を争う場合にはこんなに手段を考えている暇はないけれど。

普段から近くにいる人であればあるほど、
ちょっとした言葉の表現の違いが刀のように形を変え、大切に育まれた相手の想いを簡単に傷つけられるということを知っておいたほうがいいのかもしれない。

植物であれば、またすぐに新芽が出てくるのかもしれないけれど、果たして人の心はまた同じように再生してくれるのかしら。

どうか自分が、刀や盾をこさえて、相手の陣地に乗り込むようなことがありませんように。
大事に育てられている想いを踏みにじって、刀を振り回すようなことがありませんように。

そして、よっちゃんも、どうか自分の陣地に入り込まれて、刀を振り回されることがありませんように。

よっちゃん、刀は振り回すものじゃなくて、振り回してくる人から身を守るためにあるのだよ。
今のうちから、武器は、自分の身を守るためだけに授けていきたいと思う母なのです。


ズボンのポケットを前にして履いている子を見かけても
「ポケットを前にして履きたかったんだね〜」
とたまには寄り添ってみてね。よっちゃん。


いつか、ちゃんと気づくからね。


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