vol5_宇都直輝

『ダブドリ Vol.5』 インタビュー01 宇都直輝(富山グラウジーズ)

バスケットボール界の様々な方に超ロングインタビューで本音に迫る、『ダブドリ』の第5弾を2019年1月30日にダブドリ(旧・旺史社)より刊行いたしました。こちらでは初の試みとして巻頭の宇都直輝選手のインタビューの冒頭部分を無料公開いたします。

日本代表でオールスター常連の宇都直輝選手。インタビュアーに宇都選手のチームメイトで初代ユーモア賞受賞の比留木謙司選手を迎え、代表や富山グラウジーズ、Bリーグについてなど、宇都選手の様々な思いを引き出してもらいました。


高校の時は自信あって、上に行けると思ってた。でもインターハイもウインターカップも相性の悪い延岡に当たって負けた。

比留木 まず、ダブドリ自体に載るのが初めてなんで、今までの経歴をざっくり説明してもらえればなと思います。
宇都 バスケットを始めたきっかけは、小学生の時に親が勝手に部活の入部届にバスケって書いたこと。ミニバスの友達に今でも仲いい幼なじみとかがいて、そいつらに出会って、バスケにハマってったって感じですね。
比留木 その頃から身長は大きかった?
宇都 いや。そん時は、ちびだったっす。中2、中3になるにつれて身長が伸びて、色んなポジションを経験しながら、まあオールラウンダーって感じでやってた。
比留木 この時の成績っていうのは?
宇都 中学校は確か、全中予選敗退かな。優勝候補が二つぐらい同じブロックに入って。
比留木 おお、全中出てるんだ。で、高校は中部第一(中部大学第一高校)。その時の成績は?
宇都 一番いい成績でベスト16かな。個人的には、得点王だったり、アシスト王とかは取ってたけど、チームとしてはインターハイとウインターカップ両方とも延岡(延岡学園高校)に負け。俺らは、結構自信あって。まじで上行けると思ってたんだけど、唯一自分たちでも延岡にだけは相性悪いって思ってたら、両方とも延岡に当たるっていう。
比留木 フフフ。そういう巡り合わせだったわけね。で、大学は専修大学に進学することになるんですけど、専修大学を選んだポイントは?
宇都 そん時は、1人暮らしよりかは寮に入りたかったから、寮があるとこから、まず候補を選んだ。迷ったけど、専修の練習を見に行った時に、面白かった。能力ある人多かったし、雰囲気も、いい意味で選手みたいな感じ。
比留木 クールでスワッグがある感じでね。
宇都 そうそうそう。俺は高校の時、結構、厳しいとこにいたから、そういう環境にあこがれてたので。それで行ったっていう感じです。
比留木 大学時代の成績は?
宇都 大学3年生の時にリーグで3位になった以外は、基本、あんまいい成績ない。
比留木 個人的なところでいくと、例えば年代別の代表に入ったりとか。
宇都 いや。ないんじゃないかな。
比留木 李相佰は入ってたよね。
宇都 李相佰は、最後4年の時は入ってたけど、それまでは俺らもやさぐれてたというか。
比留木 フフフ。チームとして、あまりいい状態ではなかった?
宇都 チームはいい状態だった。けど、みんな、バスケに本気っちゃ本気だけど……みたいな。
比留木 温度差がある人間がいたりとか?
宇都 そういう感じだったから。俺自身も、別に上を目指すって感じではなかったかな。得点取ることは、めちゃ考えてたし、試合すれば勝ちたいけど、みたいな。
比留木 インカレを勝とうとか、そういうことではなかった?
宇都 ではなかった。その試合で勝ちたい。一試合、一試合の勝ち負けみたいな。


バスケ始めてからずっとオールラウンダーだったけど、トヨタに入ってポイントガードとしてのゲームメイクを覚えた。

比留木 直輝の特徴の一つとして、すごく色んなプレーができる。ゲームを作るのは得意だけれども他のことはできないポイントガードだったり、シュートは得意だけれどもそれ以外はこなせないシューターがすごく日本には多いと思う。そんな中で、直輝がすごくできることが多い選手になったのは、その大学時代が大きいと思う?
宇都 中学校の時から、ポイントガードやったり、インサイド入ってローポストでプレーしたりしてたから。
比留木 得点取りに行ったり。
宇都 そう。パスも好きだったし。高校の時も、結局オールラウンダーみたいな。ポイントガードいたけど、危ない時は俺が運んだり。ビッグマン2人いたけど、関係なしでポストアップもしてたし。バスケット始めてずっとオールラウンダーみたいな感じだから、逆にポジションやっと決まったなっていうのが、プロに入った時。トヨタ入って、ポイントガードとして出て、ゲームコントロールを少し覚えて。
比留木 その時しんどかったこと、もしくは糧になったなって思うことはある?
宇都 うーん。やっぱり、ディフェンスとリバウンドの意識は、すごい付いたかな。俺、リバウンドは、そんな得意ってわけでもなかったし、意識するっていうほどでもなかったけど、すごい言われてやるようになって。そこは良くなった。ディフェンスも、まあぶっちゃけサボる時もあるけど、他の選手よりは全然一対一とか守れるし、気遣いもできるようになった。
比留木 一緒にプレーしてて思うのは、ディフェンスの細かい気遣いが、すごくできる選手。例えば、今4番のやつがやられてんなっていう時に、ちょっと顔を出してあげるとか、ちょっと余計に体を当ててあげるとか、ちょっとヘルプに一歩深く入ってあげるっていうのが、すごく上手な選手。それは、トヨタで培われたの?
宇都 誰かを助けるっていうのは、どっちかっていうと、大学の時かな。自分のマークマンを、あえて一番下手というか、一番なんもしないキャラにして、その分他の4人を助けるっていう感じでディフェンスしてたから。
比留木 じゃあ、それがもともと軸としてあって、プロに入って、それが整理された。
宇都 そう。整理されて、あと自分自身のディフェンススキルも上がって。
比留木 こういう時は、顔出していいとか。
宇都 そうそうそう。
比留木 田中大貴、張本天傑(現・名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)って、今代表で一緒にやってるメンバーと同期でトヨタに入ったわけだけども、プロに入ってみてどう思った?。
宇都 すごい楽しみだった。大学界でいったらビッグスリーみたいな感じで入って、本当は、俺ポイントガード、大貴2番、天傑3番ぐらいの感じで将来的にはやっていきたいっていうのはあった。けど、やっぱ自分の実力が足りないのもあったし、監督と正ポイントガードとの信頼関係もすごかったし。
比留木 チームのシステムも。
宇都 そうそう。システムもあるし。2年目なんかは特に試合出てたし、1年目も半分ぐらい出てたけど。けど、なんか……うん。
比留木 もっとやりたいような。
宇都 そう。もっとやりたいなっていう。その時やってたのは、前からがんがん当たって、ポイントガード潰すみたいな役割で。あとはリバウンド行って、速いテンポで持ってって、中行って、スリーシューターにさばくとか、ビッグマンに入れるとか、そういう役割だったから。それは今でも、良い糧になってるけど、でもやっぱ、正直、もっとできる部分はあった。

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今回はここまでとなります。本書ではこのあとも富山グラウジーズ移籍後のお話や日本代表への思いなど、盛りだくさんなインタビューになっています。気になった方はぜひチェックしてみてください!

次回はアルバルク東京のザック・バランスキー選手のインタビューの一部を公開予定です。

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