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浅草『一文』インプットされたねぎま鍋とエストニアの美女

『ねぎま』とは、どんな食べ物ですか?と聞かれれば現代の人の92%は焼き鳥を思い浮かべるはずだ。しかし私を含め残り8%の人は迷わず鍋と答える。いや、もし江戸時代に同じ質問をしたら92%の人が鍋と答えるのではないだろうか。

数年前の私だったら間違いなく鍋とは思い付かなかっただろうが『浅草 一文 本店』へ訪問してから『ねぎま』は鍋である。いや鍋でしかない。焼き鳥であるわけがない。というデータが頭の中へ完全にインプットされてしまった。

『一文』へ訪れるきっかけはアメリカの女友達から届いたLINEメッセージだった。

《 はろ~久しぶり。元気してる?突然で申し訳ないんだけどさ、私の友達がいま東京に行ってて、泊まるところがないみたいで、泊めてあげてくれない?彼女のID送るから連絡してあげて~ちなみにエストニア人だから英語でよろしく~。かわいいからね~手出しちゃダメだよ~ 》

久しぶりの連絡が無茶ぶりかよ…。そう思ったけど、ニューヨークに住んでいる彼女の部屋へ突然泊まりに行ったこともあるので断りづらかった。しかしエストニアってどこだ?イメージがまったく湧かなかったが、すぐに英文でメッセージを送った。

しばらく経ってから、LINEのビデオ通話が鳴った。メッセージじゃなくていきなりビデオ通話!? 少し驚いたけど、スマホを顔に向けて出てみると、ブロンドヘアーで顔立ちの整った女性が画面に映っていた。お互い紹介し合い、ひとまず最寄り駅までの移動方法を伝え1時間後に会うことになった。

小雨が降るお昼過ぎ、駅へ迎えに行くと改札前で一際目立った女性が立っている。絶対にあの娘だと思い、声を掛けると、やはり先ほど話した女性だった。背は私よりも高くてスリム。顔は小さく、むちゃくちゃ足が長い。『もはやモデルじゃん!』声には出さなかったが誰もがそう思うに違いない。それほど美しかったし、美女特有のオーラを感じた。

どこか行きたい場所あるか尋ねると浅草というので、最寄り駅のコインロッカーに荷物を入れてそのまま向かった。
車内で話を聞くと、知り合いを頼って東京に来たら、その人が急病になり泊まるところが無くなってしまったそうだ。ホテルも探したが安いところはどこも一杯で困っていたという。

浅草に着くと仲見世通り、浅草寺などを案内して回った。その時、彼女をハリウッド女優あるいはモデルと勘違いしているのか、行き交う人が振り返った。一緒に歩いている私はすっかり恋人気分でなんだか自慢気になっていた。

夜は『ねぎま鍋』を食べてみたいという。肉類を食べないペスカタリアンの彼女は日本へ来る前に色々と調べてきたようだ。恥ずかしながらこの時の私はその存在を知らなかった。スマホで調べると確かに浅草で『ねぎま鍋』が食べられる『一文』というお店があった。早速お店へ連絡して予約を入れた。

時間になり、店へ訪れるとすでに満席にちかい状態だった。外国人客も多く、みな鍋を囲っていた。テーブル席の空きが無かったので座敷にしたのだが、彼女には申し訳なかった。足が長過ぎてあぐらをかくのが大変そうだったのだ。

お目当ての『ねぎま鍋』を注文すると、まずコンロにだし汁の入ったお鍋が届く。程なくして具材が運ばれ、ネギや椎茸などの野菜を鍋に投入してひと煮立ちしたら、マグロを入れる。

少し火が通ったマグロは脂が抜けて実にウマかった。だし汁は濃そうに見えたが、意外とさっぱりしていて、ネギやその他の野菜の旨味を引き立てた。何よりニコニコ食べる彼女の笑顔が印象的だった。

翌朝、京都へ向かった彼女とは連絡を取っていなかったが、数週間してから、あの娘を送り込んだ女友達からLINEが入った。

《 はろ~元気してる?今ね、あの娘と『ねぎま鍋』を作ってんだ~。凄くお世話になったって言ってるよ~。ありがとね~ 》

添付された写真には鍋を囲む二人が映っていた。すると、またすぐにメッセージが届く。

《 あと、好きなタイプだったのに、キスもしてくれなかったって残念がってたよ~。女を悲しませたらだめじゃんW 》

『手出すなって言ったろ!』とツッコミを入れたくなったが『ねぎま鍋』を一緒に食べた想い出は、私の頭の中へ完全にインプットされているのだ。

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