見出し画像

私に彩をくれた人

美大は半年も経たずに中退した。

「絵ってさ、教えてもらうものじゃないでしょ。わたしは好きなように描く。」

格好つけた台詞を吐いたが、要は周りの才能から逃げただけだ。

物心ついた時から絵は得意だった。
学校や町のコンクールで賞を貰ったことは何度もあったし、美術協会主催のイラスト展では著名な画家に表彰されたこともある。

全て高校生までの話だ。

高校一年の冬から徐々に色使いの感覚が鈍くなった。
はじめは思い過ごしかと思っていたが、次第に賞も取れなくなり、三年生になったころには学校内でわたしより絵が上手いとチヤホヤされる人もいた。
当然だ。色を使うのが怖くなって白黒の絵しか描けなくなっていたのだから。

絵を描くのは好きだったし、昔取った杵柄で何とか美大に合格したが、すぐに心は折れた。

中退して暫くは近所のカフェでバイトをした。

それでも誰かに絵を見て欲しいと思ってしまう。
逃げ出したくせに。そんな自分に吐き気を感じる度に、わたしの心から彩は薄れ、白黒になっていく。

適当な偽名でツイッターに絵を幾つか投稿したことがある。もちろん白黒の絵を。
いいねの一つも無く、誰からのアクションも無かった。

また一つ、わたしの心から彩が消えていくような気がした。

数年経った頃、バイト先のカフェが違う町に新しい店舗を出すらしく、そこで正社員として働いてほしいと頼まれた。

たまに店に来る元同級生の目線も痛かったし、新しい町で暮らすのもいいと思った。


白壁の蔵屋敷や趣のある景観が有名な観光地に、わたしが働く新しいカフェはオープンした。
新しい暮らしに新しい出会いは付きもので、たまに来るお客さんと仲良くなり、二人で会うようになった。

彼はとても物知りで聞き上手だった。
二人でいろんな場所に行き、いろんなものを見た。

鈍色の空は群青に見えた。
墨色の花は真朱に見えた。

わたしの心に彩が戻った。

絵を、描きたい。



黄、橙、緑、青、、、

今まで描いた絵に夢中で色を乗せていく。白黒だった絵と、真っ白なパンツは鮮やかに彩られた。
絵を写真に収めてツイッターに投稿すると、みるみるリアクションされていった。

「やった!!」

直ぐ彼に電話したが出なかった。
明日、この喜びと感謝を伝えよう。


しかし、次の日もその次の日も一週間後も、彼と会うことはおろか、電話が繋がることすら無かった。

聞き上手な彼は自分のことはあまり話さなかった。
家の場所も、職場も。

彼の行きそうな場所を一晩中探した。
古びた居酒屋、駅裏のホームセンター、そんなとこにいるはずもないのに。

わたしの心から彩が薄れて白黒になっていく。


「わたし、白黒の絵しか描けなかったんだよ。
誰も見てくれなかった。誰も評価してくれなかった。
あなたに会うまで。

あなたのお陰でわたしの心はカラフルになったよ。
見てもらえたよ。評価してもらえたよ。
ありがとう、、、、なのに、、、
あなたはどこに消えたの?」



鈍色の空に叫んでも、答えは返ってこなかった。







黄、橙、緑、青
カラフルに彩られた白いパンツ




彼女の心から彩が消えたその夜、もう一つ消えたものがある。

彼女が絵を描いている時に穿いていた白いパンツだ。


「おいおい。なにもあそこまでしなくて良かったんじゃねぇか?」

「おれは何もしちゃいないさ。おれは蝿を竜に見せることも、沼地を花畑に見せることも出来る。鈍色を群青に、墨色を真朱に見せることなんて造作もない。」

「完全催眠か、恐ろしい能力だよ。しかし、このパンツ。良い出来だな。」

「元々彼女の色使いには惹かれていたんだ。なんとかパンツに落とし込めないかと考えていてね。」

「なるほどね、色を使えなくなったのなら、心に色を取り戻せばいいってわけか。ツイッターに投稿した後のバズも完全催眠でコントロール出来るなんてなぁ。」

「いいや、そこは何もしていない。彼女の才能さ。世に見つかっていない才能なんて腐るほどある。彼女は、見つかったってことさ。この先も描き続けるかどうか、あとは彼女が選択することだ。」

「一ついいか。おれから見たらあんたも見つかってない才能の一人だ。そろそろ頭で考えるばかりしてねぇで、本気出せよ!」

「誰に言ってんだ?」

「おめぇだよ、天パ!」

「・・・あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ。」







彩を取り戻した彼女が穿いていたパンツはコチラ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?