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双鷲

鷲は生涯を一羽の相手と添い遂げる。

相手への貞節や愛の象徴として語られることもあり、一夫一婦主義を貫く珍しい生き物である。




街から随分と離れた高台に暮らす、とても貧しいが仲睦まじい若い夫婦がいた。

同じ誕生日の二人は、毎年欠かすことなくプレゼントを送り合っている。

今年もその日が近づいていた。



「なぁネリー、もっと安くしてくれよ。」

「これ以上は無理よ。いくらソニアへのプレゼントだからってダメなものはダメ。」

「ソニアがいつも穿いてるスカートがあるだろ?かなり気に入ってる一張羅みたいなんだよ。だからあのスカートに合うトップスをプレゼントしたいんだ。このカーディガンは絶対合うと思わないか?だから頼むよ。」

「あぁ、あのスカートは本当に素敵ね。ソニアによく似合ってるわ。このカーディガンはスカートとも相性良いでしょうね。だけどこれ以上安くしたら私も店長に怒られちゃうわ。だけど…そうね。あなたの今着ている革ジャン、それをウチで買い取ってあげる。そのお金でスカートを買うのはどう?」

「この革ジャンはおれの一張羅だぜ?」

「じゃあこのスカートは買えないわね。」

「分かったよ、この革ジャンなんかよりソニアの笑顔が見たい。」

「ふふ…ソニアは幸せ者ね。」

「あぁ、ありがとな。」

男は寒空の下、Tシャツ姿で高台の方へ消えていった。
綺麗にラッピングされたカーディガンを抱えて。



「お願い、ウィル。このカーゴパンツ安く譲って。」

「それは無理だよ、ソニア。これは明日発売の商品なんだ。楽しみに待ってくれてた客もたくさんいるんだ。」

「ジェフにプレゼントしたいの。彼がいつも着ている革ジャンがあるでしょ?本当にお気に入りみたいでいつも着ているの。だからあの革ジャンに合うパンツをプレゼントしたいの。このカーゴパンツは絶対に合うと思わない?」

「あぁ、ジェフの黒い革ジャンか。あれはかなり良い物だな。このカーゴパンツにもきっと合うよ。だけどダメだ。これは安くは譲れない。」

「じゃあ今穿いてるこのスカート売るから、その分安くしてちょうだい。それならいいでしょ。このスカートはとても良い物よ。」

「あぁ、もう分かったよ、仕方ないな。そこの試着室を使いな。あと穿いて帰るものが無いだろ。これ穿いて帰りな。汚れちまって売り物にはならない不良品だけど文句ないだろ。」

「ありがと、ウィル。」

「まったく…ジェフは幸せ者だな。」



女は寒空の下、汚れたパンツ姿で高台の方へ消えていった。
綺麗にラッピングされたカーゴパンツを抱えて。



その日はいつもより少しだけ豪華な食事がテーブルに並んだ。
割引シールが何重にも貼られた惣菜や、3ドルでお釣りのくる赤いワイン、小さなニつのショートケーキ。

「ソニア。このカーディガンを君に贈るよ。とても素敵だろ?君がいつも穿いているスカートに似合うと思うんだ。」

「…ジェフ、ありがとう。このカーディガンとても素敵だわ。嬉しい。だけど…ごめんなさい。私あのスカートを手放しちゃったの。でも、いいの。スカートに合わせられなくたって、あなたが私の為に選んでくれただけで本当に嬉しいの。私からのプレゼントも受け取って。このカーゴパンツをあなたに贈るわ。とても素敵じゃない?あなたがいつも着ている革ジャンにとても似合うと思うわ。」

「…ソニア、ありがとう。このカーゴパンツとても素敵だ。嬉しいよ。だけど…すまない。あの革ジャンは手放してしまったんだ。でも、いいんだ。革ジャンに合わせられなくたって、君がおれの為に選んでくれただけで本当に幸せだ。」

「そう、良かったわ。だけどどうして革ジャンを手放してしまったの?」

「それは…君へのプレゼントを買う為に…」

「…」

「おれは格好悪いな、君が革ジャンに合うカーゴパンツをくれたのに、その革ジャンを手放してしまうなんて。」

「…ふふっ、あはははっ!」

「ソニア?」

「ジェフ、私もよ。あなたへのプレゼントを買う為にスカートを手放したの。」

「い、いいのか?あんなに気に入ってたのに。」

「いいの。あなたの為なら。私たち貧しいけど、こうして小さなケーキをあなたと食べられるなら、あなたの笑顔の為ならスカートなんていらないわ。」

「…ソニア。おれもだよ。君の為なら革ジャンなんていらないんだ。君がいるなら、それだけで十分だ。」

「ジェフ、あなたは格好悪くなんてないわ。もし周りがそれを格好悪いと言うのなら、私たちは格好悪い二人でずっといましょ。」

「…ソニア。誕生日おめでとう。」

「おめでとう、ジェフ。」


赤いワインの注がれたグラスは、澄んだ音色を立てて優しくぶつかった。







「ねぇ知ってる?人間の中には僕らみたいに生涯の愛を誓ったのに別の相手に手を出したり、愛してしまう者もいるらしいよ。」

「へぇ、私たちみたいにこうして空も飛べないし、愛も貫き通せないなんて、人間って面白いね。」

「みんながそうではないだろうけどね。ほらあの幸せそうな二人。あの二人はきっと一生を添い遂げるよ。」

「どの二人?」

「ほら、あのカーディガンを着ている男の人とカーゴパンツを穿いている女の人。」









二人が贈りあったカーゴパンツとカーディガンはコチラ





【解説】

これは一つのラブストーリーである。
著者は洋服を通して二人の愛を書き、お金が無くとも幸せは得られるというメッセージを込めたのだろう。
最後の一文で男がプレゼントしたはずのカーディガンを自分で着ており、女も同様にカーゴパンツを穿いている。
お互いのプレゼントが気に入らなかったという描写は一切無かったので気になっていたが、どうやら著者は普段洋服の販売をしているらしく、作中で登場したカーゴパンツとカーディガンは実際に著者が制作販売をしている商品のようだ。つまり最後の一文はお互いのプレゼントが気に入らなかったわけでも誤字でもなく、ユニセックスで着用できるというメッセージなのだろう。
小説という形態をとりつつ、文章の中にビジネスの要素を巧妙に入れ込むこのやり口が私は大嫌いだ。
執筆への愚弄ともいえる行為に反吐が出てしまいそうだ。
しかし、ユニセックスで着用できるトレンドを意識したビッグシルエットのカーディガンとカーゴパンツで、私もコーディネートを組んでみたいものである。

◯◯大学文学部教授 加護 好太郎




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