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たからもの


金曜日、午後3時過ぎ。
今日はいつもより、次男の帰りが遅い。

ガチャッとドアの音がした。
おかえりー。疲れたやろー?
「‥ただいま」
‥ん?何、今の間は。


下を向いたまま、靴を脱ぐ。おかしい。いつもなら、あのさ、◯◯のさぁ、といきなり喋り始めるのに‥。
手も洗わず、部屋に入って座り込んだ。
「帰り道にすっごく綺麗な石見つけて、ずーっと大事に持って帰ってきたのに‥」
みるみるうちに顔がゆがむ。
「家の前のとこで落としちゃった‥」
そこまで何とか口にして、とうとう涙腺が決壊した。

うわーん、うわーん。なかなか止まらない。
めっちゃきれいやったのに。
めっちゃ大事に持ってたのに。
あっと思った時には、指の間からすり抜けていた。
慌ててしゃがみ込んで探したけど、もうどこに落ちたのか、溝の隙間にでも入り込んでしまったのか、見つからなかった。

息継ぎをするみたいに、時折り泣き声がおさまるのを待って、お茶を飲むようにうながしてみる。でも今は何も聞きたくない様子。
そっか、そんなことがあったんや‥。
こんなに、次男が声を上げて泣くのはいつぶりだろう?
人は、いつから人の前で、声を上げて泣かなくなるんだろう?
とんとんしながら様子を見る。


今日はさ、運動会の練習もあったし、余計に疲れたよな。
そうだ、給食は?お給食美味しかった?

「きゅうしょく‥時間なかった‥」
え、食べられへんかったの?!
「食べたけど、運動会の練習、終わるの遅くなって、給食食べたら、お昼休憩ちょっとしかなかった。さいあく。今日は、さいあくなことばっかりや‥」
うわーん。

あかん、逆効果だった。
また、気持ちが、無くしてしまった石のことに戻ってきてしまった。


そう、そんなに大事やったんか‥
そしたら、ママともう一回探しに行く?


彼はしばらく泣きやめず、自分でも探してみたし、石はとっても小さかったから多分無理やと思う‥と何とか聞き取れる程度の声で言ったが、ふと、涙をゴシゴシして立ち上がった。
「行く」
靴箱で私を振り返り、一言。
「来て」

ずんずん歩き出した、と思ったら、我が家から二軒ほどの近所のお家の前で立ち止まる。え、そんな近く。
ずっと大事に手にしてきて、後少しで家!というところで落としたら、ショックも大きいわけだ。
そのお家の前でしゃがみ込んで、しばらく一緒に探す。

汗だくの彼の周りに蚊が寄ってくる。かゆい。集中して探せない。でも地面から目を離したらどこまで探したか分からなくなるから、追い払いながらも目は地面を追い続ける。もう汗と涙とで彼の顔はベチャベチャになっている。 
ただの石っころやなんかは落ちているけれど、彼の言う〝めっちゃ綺麗な石〟はない。
「めっちゃ小さい石やったから‥」
言いながらまた次男の目に涙が込み上がってくるのが分かる。また大泣きになりそう。どのくらいの大きさ?どんな石やったん?
「このくらい‥緑色の‥」

彼が指先でつまむような仕草をして、教えてくれたのは3ミリほどのサイズだった。それは、確かに見つけるのは厳しいかも知れない。


「学校の近くで拾ったけど、めっちゃ小さかったから、もう探されへん」

「ずーっと、こんな風に大事に持って歩ってた」

「ママに、見せたかったのに」

その言葉を聞いた瞬間私も泣きそうになった。
そっかそっか。
ありがとう。


先に次男の方が、探すのをやめて立ち上がった。
手を繋いで、家に戻ってきた。
家の玄関に戻ってきたところで、近所の顔見知りの男の子が歩いているのを見つけ、次男はスーッと手を離し、先に家に入っていった。
何も言わず、手を洗い、そのまんま、和室にゴロンとする。
「今宿題したくない気持ち‥」
うぇっ、うぇっと、またしゃくりあげ始めた。
いいよ、いいよ。後で。
‥アイス、食べる?
「‥食べる」
ん。
「‥後で、お兄ちゃんと食べる」

次男は、しばらくゴロゴロして、カルピスだけ飲んで、それからまたゴロゴロした。
次にのぞいてみたら、漫画を読んでいた。


3ミリの小っちゃい小っちゃい彼のたからものは、きっと今も地面のどこかに転がって輝いているんだろう。



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