白い熊と黒い熊_note_

掌編『白い熊と黒い熊』


白い熊と黒い熊

著者
小野 大介


 ある森に、白い熊と黒い熊がいました。

 白い熊は穏やかで、森に住む他の動物たちに優しくて親切です。

 リスたちが葉っぱを一枚一枚めくって木の実を探しているのを見かければ、彼らのためにと両手にあふれるぐらいに集めて、挨拶をしながらゆっくり歩み寄ります。けれども、怖がらせてはいけないので自分から積極的に近づこうとはせず、木の実を地面に置いたらゆっくり離れて、リスたちが近づいてくれるのを大人しく待ちます。

 そしてようやく心を開いて近づいてきてくれたところで、待ち構えていたかのように邪魔が入りました。乱暴な黒い熊が現れたのです。大声を上げてリスたちを脅かし、追い払ってしまいました。

 せっかくそばまで来てくれたのに……。

 白い熊は悲しくて泣いてしまいます。

 一方の黒い熊は、そんな白い熊のそばに寄りそうと、誰も近づけないように辺りを見張っていました。

 白い熊は言います、どうしてそんなひどいことをするのかと。

 ですが、黒い熊は無愛想で、返事をしてくれません。いつもムスッとして黙ったまま。とにかく白い熊の邪魔をするのです。

 野ウサギの親子に出会ったときも、山鳥の群れを見かけたときも、猿の一家がやってきたときも、白い熊は気さくに声をかけるのですが、すると黒い熊が現れて必ず暴れるので、みんな逃げてしまいます。

 山に住んでいる動物たちの誰もが黒い熊を恐れているため、そばにいる白い熊にも近づいてはくれません。

 白い熊は残念で仕方がありませんでした。いつも邪魔をする黒い熊のことが嫌いです、大嫌いです。でも、兄弟なので離れることはできません。離れてもくれません。

 そんなある日のこと、白い熊は、黒い熊が眠っている隙に巣穴を抜け出して、彼方に見える山を目指して走りました。

 森を抜け、野を駆け、川を渡り、そしてようやく山を訪れて、獣道をのっしのっしと歩いていたところ、向こうに見える茂みがガサガサと音を立てました。立ち止まり、誰だろうとうかがうと、一頭の犬が姿を現しました。

 白い熊は犬を見たのは初めてだったので、なんという生き物かわからずに驚きました。犬もまた白い熊の見上げるような大きさに驚いて吠え、唸り声を上げて威嚇をします。

 自分を怖がらずに睨みつけてくる犬に戸惑う白い熊ですが、自分からは決して唸らず、吼えもせず、逃げることもなく、その場に座り込んでなるべく小さくなり、敵対する気が無いことを示します。

 すると、犬は危険じゃないと判断したのか、唸るのをやめました。警戒はまだしていて、しきりに鼻をひくひくさせて匂いを嗅ぎながら、恐る恐る近づいてきました。白い熊は決して動かず、犬の好きにさせます。

 白い熊は、犬が警戒心を解いてくれるのを待つべく堪えます。そして願います、黒い熊が現れないことを。

 犬は周りをゆっくりと動いて、ついにすぐそばまでやってきて、直に臭いを嗅ぐようになりました。手を伸ばせば触れられる位置に犬はいます。

 黒い熊が寝ている今しかない。

 白い熊はもう我慢できないと、口から大量のよだれを垂らしながら両手を伸ばし、犬を捕まえようとしました。犬は慌てて後ろへ飛び、そして逃げますが、白い熊は猛烈な勢いで追いかけ、そして追いつめて押さえつけて、そのよだれをしたたらせる大きな口をがっぱと開くと、犬の頭にかぶりつこうとしました。

 ですがそのとき、黒い熊が現れました。危ういところで白い熊を制止し、犬を助けました。ですが、白い熊の力は凄まじくて、すぐに制止を振り切られてしまいました。そして執拗にも、逃げる犬を追いかけます。

 白い熊は犬よりも速く走り、仕留めようとしますが、そのときです、獣道の奥から人間が現れました。それも猟師です、大きな銃を持っています。

 黒い熊は逃げろと叫びました。銃が如何に恐ろしいものであるかを、嫌というほどに知っているのです。

 森のヌシとうたわれた父ですら、あの銃には敵わなかったのです。

 黒い熊は必死に訴え、警告を発しますが、本性を剥き出しにした白い熊の耳には届きません。犬よりも大きな獲物を前にして、猟師の太鼓腹に目を奪われてすっかり正気を失い、血肉を口にしたい、あの腹にかぶりつきたいという欲求に駆られ、衝動のままに突進してしまいました。

 白い熊が耳をつんざかんばかりの雄叫びを上げた直後、それを一瞬でかき消すほどの轟音と破裂音が同時に鳴り響きました。

 銃声です、それも立て続けに二発……。

 飼い犬の無事に安堵する猟師のそばで、銃声を聞いて駆けつけた仲間の猟師たちが大物を仕留められたことに歓喜しています。

 その傍らには口や胸から血を流して息絶えている熊が横たわっていますが、それは白い熊ではありません。黒い熊でもありません。妙に痩せた灰色の熊が一頭いるだけでした。

 白い熊も、黒い熊も、もうどこにもいません……。


【完】


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