工事現場の赤いアレ

掌編『工事現場の赤いアレ』


工事現場の赤いアレ

著者
小野 大介


 これは、私がまだ幼かった頃に起きた、ある事件の話だ。


 仲良くしていた子供の一人が消えた。

 当時はインターネットやSNS、監視カメラといった便利なものが無かったので、警察や近所の大人が総出で捜索した。

 誘拐されてしまったのか、電車やバスなどに誤って乗って帰れなくなってしまったのか、警察も大人もあれこれ考えて捜索の範囲を広げたり、新聞やテレビやラジオを使って情報を集めたりしたが、結局見つからず、その子が帰ってくることはなかった。

 だが、それも無理からぬこと。当然のことだった。何故なら彼は、誘拐されたのではない、失踪したわけでもない、消えてしまったのだ、忽然と。

 いや違う、正確には、食べられてしまったのだ……。


 私は、その子が消える直前まで一緒に遊んでいた一人だ。近所に住んでいた年下の子供と三人でかくれんぼをしていたのだ。

 場所は近所の公園で、そのとき端のほうの一角でなにかの工事をしていた。なんのための工事かは覚えていないが、騒音がひどいうえに遊べる範囲が狭くなっていたので、子供心に邪魔だと、迷惑だと思っていた。

 危ないので工事現場には近づかないように注意してかくれんぼをした。始めは遊具の周辺だけだったが、それではつまらないと次第に範囲を広げ、植え込みに潜り込んだり木に登ったり、石造りのテーブルやベンチを覆う屋根の上に登ったりと、隠れられそうなところをすべて使うようになった。

 新しい隠れ場所も無くなり、いい加減飽きてもいたので、そろそろ別の遊びに切り替えようかと思いつつ最後のかくれんぼを始めたところ、彼が工事現場のほうに走ってゆくのを見た。

「危ないからダメだって言ったのに……」

 私はすぐに後を追いかけた。年長で、なにかあれば怒られるのは私だったからだ。

 もし仕切りの中にまで入ったら注意して引っ張り出そうと思っていたのだが、彼は仕切りの手前に置かれていたロードコーンを持ち上げて、その中に隠れた。

 ロードコーンとは、工事現場には必ずある、円すい型をした赤いアレだ。三角コーンとも呼ばれている。

 件のロードコーンは大きくて、一番幼い彼の身体にはちょうど良かったのか、すっぽりと入ってしまった。その瞬間を目撃していなければ、その中に隠れているとはまずわからないだろう。

 これはまた見事な隠れ場所を見つけたものだと子供ながらに感心したが、仕切りの外とはいえ危ないことに変わりはないので、すぐに注意してやめさせるべきだった。

 だが私はそのとき、ダメだと言ったことをしたのだから怒られるべきだと、せっかくだからその姿を見てやろう、という意地悪な思いを抱いてしまった。

 そのまま待っていると、鬼役の子が私を捕まえにやってきたので、彼のことを教えてやった。そして一緒に見ることにしたのだが、残念なことに、大人たちは仕事に集中していて、誰も彼に気がつかなかった。

 早く見つけろ、そして怒れ、そんな悪いことを考えながら見続けていると、大人たちは仕事を中断し、どこかへ行ってしまった。

 公園には時計があったのですぐに気づいたが、お昼だった。大人たちは昼食に向かったのだろう。

 私たちは大いに残念がった。

 それからまもなく、鬼役の子がお昼だからと帰ってしまい、だったら私も帰ろうと思ったのだが、さすがに彼をそのままにはできないので、そのロードコーンに近づいて一声かけた。

「ねぇねぇ、お昼だからもう帰るよ」

 すぐに不満そうな声が上がり、彼が顔を覗かせる――と予想していたのだが、返事は無い。

「……? ねぇ、聞こえてる? ねぇってば!」

 聞こえないはずはないので無視しているのだろうと思い、ロードコーンを持ち上げてみた。

 すると、彼の姿は無かった。

 その代わりに、真っ赤に染まった二本の足が、アスファルトの上に転がっていた。

 一瞬、人形の足に見えた。どうしてこんなところに人形の足があるのかと、不思議に思った。

 だが靴が、彼が履いていたものと同じだったので、これは彼の足なのだとすぐに気づかされた。

「おい、食事の邪魔をするなよ」

 どうして彼の足だけがあるのかと不思議に思っていたそのとき、そんな声が耳元で聞こえた。

 野太い声だった。

 私は大人だと思って振り返ったが、周りには誰もいなかった。

「あれ……?」

 確かに聞こえたのに、気のせいだったのだろうか?

 そんなことをふと考えたとき、声はまた聞こえた。

「おい、こっちだよ、こっち」

 同じ野太い声だが、くぐもっていた。

 私はすぐに声のするほうへと顔を向けた。するとそこにはロードコーンがあった。私が持ち上げたままのロードコーンだ。

 今の声は、その中から聞こえた……?

 そんなはずがないのに、そのときの私はそう思い、ロードコーンの内側を覗き込んでみた。するとそこには真っ黒いものがあって、こちらを睨みつけるいくつもの目玉が浮かんでいて、一斉に私を睨んだ。

 私はあまりの恐怖に言葉を失い、その場にへたり込んだ。悲鳴の一つも上げられず、ロードコーンを投げ捨てるのが精一杯だった。

 少し離れたところに落ちて倒れたロードコーン。その中から、真っ黒い手がにゅっと伸びて、自立したかと思えば、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして目の前に――元あったところに戻ってくると、また倒れた。そして、転がっている彼のものと思われる両足を掴み、中へと引っ張り込んだ。

「もう満腹だから、おまえは見逃してやるよ。その代わり、このことは誰にも言うなよ。言ったら、こいつのように食べてやるからな、ヒヒッ!」

 その声がしてまもなく、ロードコーンはまた自立した……。


 これが失踪事件の真相である。


【完】


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