自意識過剰

私はとても内向的で、自分がどう思うのか、どう感じるのかということが最も大切で、一人で本を読んだり、映画を観たり、あーでもないこうでもないと考えることが好きだった。誰に気兼ねすることもなく、自分の思いに目を向けられる一人というものが大好きだった。

こういえば、聞こえは良い。しかし内実は違う。

私はとても臆病で、不安症なのにもかかわらず、プライドだけが高かった。それゆえに常に人にどう見られているかを気にしていて、今にもか弱い自分がばれやしないかと恐れていた。人と関われば、自分がどう見られているのか常に気になり、自分のか弱い部分がばれてしまわないかと恐れるため人と関わることを恐れていた。だから、私は人に思いを伝えるのも、感情をあらわにすることも嫌いだった。そして、自分にはできないそういうことをしている人たちと、自分がでればたちまち不安になってしまう自分に目をむけない状況、つまり世間や社会に対して嫌悪感と批判、そしてひどいときには冷笑することまでしていたのであった。

自意識過剰だった。

私の心のなかはいつも、もやもやしたところがありどこか浮かばれない。また、そういった自分をわかってくれない外の世界は理解力のなく、馬鹿な人たちの集まりだと思っていた。勿論、自分がどう見られているのか過度に気にするため人の表情を読むことが他人よりもできたり、自分が恥をかかないための計画とその実行が得意だったり、体型を維持するための食生活や運動習慣は比較的きちんとしていたりなどといった良い面もあった。しかし、良い面を感じながらも心のなかではどこか違うという思いもずっと抱えている。

出会いというものは、人を変えてくれるものだ。ここでは、そのような私を変えてくれた大きな出会いを2つ紹介する。小エンとの出会い、そしてオードリー若林さんのエッセイとの出会いである。

小エンは、以前「小エンと僕」で紹介した、私が昨年8月、中国に行ったときに大変お世話になった中国人の朋友である。彼はやさしさと思いやりの塊のような人だった。何も知らなく、不安だった一人の日本人に対して、家族同然のように接してくれて、常に気を使ってくれた。様々なところにつれていってくれ、丁寧で流暢な日本語で話しをしてくれた。そして、彼はよく笑い、様々なところで一緒に写真をとった。彼といると、私も楽しくなって自然と笑顔がこぼれた。そして、彼の前では自分の思いというものを打ち明けたり、感情を表にださないと不自然になるようだった。

自分の思いや感情を言ったり伝えたりすることは、以前の日本にいた私にとっては自殺行為だ。なぜならば、自分の思いや感情を吐き出してしまえば、他人の解釈がうまれ、その解釈は目に見えないため自分の想像にたよってしまう。その想像では大抵、自分が変なように見られることを想像してしまうのだ。だから、思いや感情はなるべく表さないほうがよかった。

しかし、それは違った。他人が自分をどう見るのか、どう捉えるのかなどは二の次だ。「楽しい」と告げたり、「ありがとう」と告げたり、嬉しかったときは素直に笑う。それが、とても快い行為なのだと気が付いた。本当は楽しいけれど、自分がどうみられているのか気になって、「楽しい」と言えないような状況は本当に楽しいのかわからない。以前のそのような矛盾にみちたことは息苦しかったのだ。その息苦しさに気が付いたのは、彼を前にする自分を見ることで、解放感に似たような思いである。

帰国後は、前よりも断然、笑顔が増えたし、感謝の言葉も言うようになったし、人とつながることも怖くなくなった。不思議なことに、自分が抱いていた自分がどう見られているのかというのは、あまり思わなくなった。代わりに思うようになったのは自分がどうしたいかである。思いを伝えたい人に、思いを伝える。彼がそれをどう思うかは関係ない。取り敢えず、自分がそうしたいのだ。なぜならば、ただそう思っているからである。そう思う自分を大切にしたかった。そして、私はそれがとても快いことであると知っているのである。

自分の思いに目をむけることは、以前と変わらないのであるが、その思いをわかってほしいという欲望ではなく、表現したいという欲望に変化した。

その後は、自動的に思いや感情を表現することが求められる国際交流のボランティアに参加したり、面白いと思った人とは思い切って会食に誘ってみたり、哲学サロンを開いてみたりした。

少しずつ変わりはじめた自分だった。

※もう少し長くなりそうなので、記事をいったん終了します。

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