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『死体の人』という実家に帰ったみたいな映画

どもども。日本映画ファンなら掘り出し物として大いに楽しめる作品だと思う。

死体役の役者は『よーい、スタート!』の声が掛かれば死ななきゃいけない。つまり動いちゃいけない。
もうすぐ「映画」が誕生して130年になるが、せっかく写真が動き出して活動写真になったのに、死体の役者は動くことの喜びを謳歌することもなく、じっと死んでるか、出てきてすぐに死ななきゃいけない。
これはそんな死体役で頑張る青年のお話。
なるほど、『蒲田行進曲』などに通じる映画の裏側を描いた青春映画かな?ポスターはおしゃれだし、カウリスマキみたいなセンス?

・・・と思ったら、映画は意外な方へ二転三転。

そうだった。今作で商業映画デビューする草刈監督は、すでに何本もの中編作品で数々の映画賞に名を連ねてきた才能の持ち主。そして僕の草刈作品の印象は「入り口に騙されるな」「中は実家だぞ」。

キャッチーな入り口に誘われて中に入ったら、中は懐かしくて、こそばゆくて、近くてうるさくて、面倒くさいけど愛らしいホームドラマが待っている。「あれ?ここ知ってる。てかこれ俺の実家じゃん?!」という不思議体験が僕の思う草刈映画なのだ。まぁ結果、かなりのシュールさも伴うのだが、それが草刈“実家”映画のチャームポイントになっていて、最高。容姿に関するギャグとかちょっと今の時代に合わない点もあるが、この家族のドラマの美点の前では目を瞑れるレベル。とにかく、実家映画としては名台詞・名場面がたくさん出てくる。

他の映画ではコワモテで鋭い印象の奥野瑛太さんも、他の映画では可愛い中にクールな印象の唐田えりかさんも、実家の兄ちゃんと姉ちゃんの素朴な顔でめちゃくちゃ良い。人間くささがたまらん。

ミニシアター系や監督の個性が出やすいマイナー日本映画にはわりと「地元」「実家」(そもそも「親」)など存在しないかのような登場人物が出てくることが多い。逆に、出てきても「クソみたいな地方都市の現実」みたいな描かれ方となる場合も多い。初期SNSが夢見た個と個のつながりが持つ可能性や、地元的・血族的つながりからの解放がリベラルな雰囲気にマッチ、という少し前まであった風潮から、ここ数年はその揺り戻しというか、震災以後の価値観の変化やSNS疲れもあるのだろうけど、人は一人じゃ生きていけない、地元に帰って都会のストレスから解放されたい、実家の風呂に浸かりたい、というような映画も再び人気が出てきたように思う。

それこそ実家映画作家(勝手に呼ぶが)草刈勲の真骨頂ではないだろうか。彼は山田洋次や森崎東のような家族の鬱陶しさと甘酸っぱさの両方を描く喜劇作家の系譜だと思うのだ。もっと濃くても良いぞ!シンパシーを感じるぞ!


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