見出し画像

姉さんのシチュー(#2000字のホラー)

ねえ、ハルミ、姉さんのシチューの話は、覚えているかな?
俺の姉さんは、アキホって言うんだ。美人で、シチューを作るのが得意だった。それはもう、甘くて、舌がとろけそうなほどおいしいんだ。
初めて作ってもらったのは、小学六年生の頃だったかな。その日、姉さんは、いつもより機嫌がよさそうだった。いつもは、親父に布団に引っ張り込まれ、おふくろに殴られて泣いているんだけど、その日は違った。いや、親父もおふくろも、いつものとおりだったけど、姉さんはとても幸福そうだった。初恋に堕ちた時のように。
その日、姉さんは、少女を連れていた。当時の俺より2~3歳年上で、姉さんほどじゃないけれど、きれいな顔をしていた。しかし、服はあちこちほつれて破けていて、饐えたようなにおいを放っていた。普通の家に暮らしてる子じゃないってことは、何となくわかった。
―――この娘は、ミユっていうの。シチューを作るのを、手伝ってもらうのよ。
そういうと、姉さんは、厨房に籠った。俺の家は、かなりでっかくて、分厚い壁の土蔵がついていて、その土蔵と厨房は立派なものだった。親父の先祖が、薬を売買していたとかで、しこたま儲けたらしい。いや、危ない薬じゃないぜ。日本古来から伝わる秘薬だってさ。
翌朝、ミユはいなくなっていて、シチューだけがあった。
―――彼女に手伝ってもらったから、大丈夫だと思う。タカヒコ、食べて。
そういうと、シチューを差し出した。甘く、肉はとろけそうに柔らかかった。俺の喉が、ご・・・っくん、と動くのを、姉さんはじっと見つめていた。
とてもおいしかったから、ミユにも礼を言おうと思ったのだけれど、どこにもいなかった。厨房も探したけれど、シチューがあるだけだった。いや、もう一つ。
床に大きな血だまりがあった。
姉さんは、彼女は幸せへと旅立ったのよ、と言った。
想像していた通りだと思った。
薬だよ、薬。
先祖の日記や、古記録を勝手に読んでみたところ、解ったのはこうだ。先祖は、死刑執行に携わる家柄だった。その報酬として、人の肝を手に入れ、それを薬として売っていた。
だから、俺はあのシチューはミユの肝を使ったかと思っていたんだ。けれど・・・
次に、シチューを作ってもらったのは、俺が高校を中退したころ。あの頃は、渋谷や歌舞伎町を、あてもなく彷徨っていたっけ。勉強もせず仕事もせず、ふらふらしている俺を、両親は忌み嫌い、姉さんは心配してくれた。
そして、もう一度シチューを作ってくれることになったんだ。
材料をそろえるのは訳ない。ニンジン、ジャガイモ、シチュー粉、どれも市販のものでOKさ。肉?肉は―――
俺と姉さんが材料を買って帰ると、親父とおふくろが死んでいた。包丁のような刃物で何十か所も刺されたようだ。二人とも、苦しそうに顔をゆがめている。だけど、涙は出てこなかった。俺にとっても、姉さんにとっても、この家は拷問蔵に等しいものだったからだ。
そんなことよりも、血で作られた足跡が、厨房へと続いていた。殺人者は、まだ家の中にいる。
―――ふふ、思ったよりも早かったわね。
姉さんは、子供のように笑う。そして、俺を招き、厨房へと向かった。厨房には、少女が立っていた。
ミユだった。あの日と違い、ぶかぶかのパーカーを着ていたけど、大量の返り血を浴びていたけど、間違いなくミユだった。
―――アキホさん、何で来たかはわかっているでしょう。
ミユの声は、泣いている様だった。そして、両親の血を吸って重くなったパーカーを脱いだ。
ミユの背中には、姉さんが生えていた。胸から上の姉さんが。
―――こんにちは。私の分身。
姉さんの言葉に、ミユの背中から生えている姉さんは、にこりと笑う。
―――アキホさんと一つになれるって聞いていたけど、とても堪えられない。意識が解けていくの。何も感覚がない筈なのに、とても苦しい。私が私でなくなる。
俺は解った。あの時、シチューを食べたのは、俺だけじゃなかった。ミユも食べたんだ。そして、シチューに入っていたのは、ミユの肝じゃない。姉さんの肝だった。
祖父は、姉さんをつかって研究をしていたらしい。研究ノートに、誇らしげに、姉さんを完成品と書いていた。
姉さんは、食べられて増殖する生き物なんだ。
姉さんは、悲しそうな表情を浮かべた。
―――あなたも、私を受け入れてくれないのね。
姉さんは、ミユの手に優しく触れ、ごく自然に包丁を奪う。そして、ミユの首に包丁を走らせた。ミユは、泣きながら、倒れた。
―――ねえ、タカヒコ、貴方はどうする?私と一つになってくれる?
姉さんは悲しそうに笑う。俺の答えは、もちろん―――
これで、話は終わりだ。ねえ、ハルミ、俺が末期がんで余命短いっていうのは、話したよね。
俺が死ぬのはいいんだ。けど、姉さんを死なせたくないんだよ。
だからさ、俺の肝を食べてくれないか?
シチューは、姉さん譲りで、腕に自信があるんだ。さあ
俺の事を、愛しているって言ったよね?

よろしければ、サポートお願いします! サポートは、交通費などの、活動費として使わせていただきます!