見出し画像

ショートショート「人事」

「何に喜びを感じますか?」
「今まで嬉しかったことは何ですか?」
「やりがいを感じることは何ですか?」

きっちりしたスーツで来た入試の偏差値が高い大学の学生の履歴書を見る。履歴書のアピールはすごいが、
「全然だめだな」
「どうしてですか」
「個性を観るために私服で来るように言ったのに、それがわかっていない」
カジュアルでいいと言われて 僕が私服で受けた会社はすべて落ちたのに。まったく就職活動というのは腹の探り合いだ。

「やりがいを感じることは何ですか?」
「特にありません。」
僕は不採用だと思ったのだけれど、係元さんは違うようで、
「彼女は採用だな」
「え あの学生ですか」
「そうだ。やりがいを感じないということは、淡々と仕事をこなすということだ。7年前に入った奴なんて、やる気がすごくあるようだったが、やる気がなくなったと言って、6月には辞めたぞ。オレもそういう事例から学んでいるんだ。」
「あべこべですねえ」
「夜見くん 知ってるだろ。」
「営業の」
「ああ。彼は6年前に入ったが、遅刻も欠席もない。どんな仕事にも文句を言わない。残業もしない。3年前から営業の成績はトップだ。彼はやりがいを感じたことはないし、人生で喜んだことも悲しいと感じたこともないと言っていた」
「それを面接で言ったんですか。すごい。採用した係元さんもすごいけど」
「仕事をするよりカウンセリングに行った方がいいと思ったんだが、カウンセラーも信用できないと言うので、仕方ないよな」
「人を信用していないってことですか」
「人をすごく観察するんだ夜見くんは。いつだって警戒を怠らない。だから相手が何を不快に感じるか、何を言えば嬉しいと感じるかが察知できると言っていた。営業向きだ」
「僕はどうでしたっけ」
自分では全く覚えていない
「葉地味くんは やる気ありますと言っていたな。オレは採用に反対したんだが、」
「えー ひどい」
「先週もやる気がなくなったと言って、パフォーマンスが落ちていたよな」
「はは」
「やる気に頼る人間は仕事には向かない。やる気がなくなったら役立たずだからな。受験と同じだ。」
「僕 二浪してます」
と、僕はうなだれた。
「知ってる。履歴書に書いてあったろう。それでも悪事を働くわけじゃないから、まだましなほうだ」
「悪事って そんなことするわけありませんよ。」
「だいたいなあ 人間には人間を見る目なんてないんだよ。鳴り物入りで社長になって会社の金を横領したりだとか よく聞くだろ」
「はあ 僕が落ちた会社に採用された人間が賄賂でつかまったりとかもありますね」
「だろ?」
「だから適当でいーんだよ。人事なんてしょせんは他人事だからな」

そんなことを言っていた割に、それなりに考えてもいるようで、
「東大出身の彼女はどうですか。係元さん すごく質問していましたけど」
「だめだな。小さいころから勉強しろと言われてたいていの試験で100点と言っていた。自分で何かしたいと思ってしたことはあるかと言う質問に何もないと言っていただろ。自分で考えて動けない人間は役に立たない。彼女の親は育て方を間違った。彼女の時間を奪ってしまったな。よく言って受験マシーン、率直に言って奴隷だ。趣味もないと言っていたし、可哀そうだが、一緒にいたい人間ではない。むしろ就職しないで、10年くらい遊んだほうがいい。だから採用しない。系列の子会社でアルバイトと言うなら採用するがな。その金で遊べばいい。奪われた人生を少しでも取り戻すためにな。」

内定も出し終えたので、今度は社員の人事評価に移る時期になった。
この20年間で採用された人は基本的に係元さんに恩義があると思っていたのけれど、そうでもないようで、
「部下からの評価が低かったから、降格になってしまった」
としょげている。
「係元さんが部下になるなんてやりにくいです」と言ったら、
「えー?解雇しないでくれー」だって。ちょっとかっこわるい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?