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【中小企業診断士の読書録】日本の製造現場発の世界標準 小川進著「QRコードの奇跡」

中小企業診断士が古今東西の経営に関する本100冊読破に挑戦する記録 -題して「診書録」 47冊め-
 
■ なぜ読もうと思ったのか
以前に読んだ岩尾俊兵先生の著書「日本企業はなぜ強みを捨てるのか」の中で、紹介されていました。それによると、QRコードは日本企業の製造現場で生まれて、日本人の力によって世界標準になった数少ない事例だそうです。
 
著者は神戸大学経営学部教授の小川進先生。技術的な視点よりも経営学の視点からのアプローチです。
 
普段何気なく使っているQRコードがどのように生まれて、それが世界標準になったのか。いつものとおり知的好奇心が刺激を受けて、読んでみることにしました。
 
 
■ 学び
QRコードはあまりにも当たり前のように使っているので、これまで関心がなかったのですが、岩尾先生の本から日本発の世界標準の技術であることを知り、さらにこの本からは、その誕生物語と世界標準に向けた闘いを知ることができました。
 
この本での学びは、①イノベーションが生まれる過程、②デファクトスタンダードが確立する過程、③新たなイノベーション(用途革新)が生まれる過程の3つです。
 
 
1 QRコード誕生物語、まさに「プロジェクトX」
 
本書の「第1章 源流」と「第2章 開発」は、QRコードが誕生するまでの物語です。そこでは、イノベーションが生まれる過程を刻銘に紹介しています。
 
20年以上前にNHKで放送された「プロジェクトX」をご存じでしょうか。名もなき人たちの苦闘を描いたドキュメンタリーとして、中島みゆきの主題歌と相まって人気を博しました。この本では、名もなき技術者たちの姿が描かれていて、まさに「プロジェクトX」を見ている思いでした。
 
QRコードは、デンソー(旧社名は日本電装)が開発しました。デンソーはトヨタの1次下請けとして同社に点火プラグなどの電装部品を供給するメーカーでした。
 
第1章の「源流」では、デンソーの技術者たちが、QRコードの源流であるバーコード(当時の社名を冠してNDコードと命名されました)をどのようにして開発し、それを親会社であるトヨタの生産現場にどのようにして採用させ、グループ全体に普及させたかを知ることができます。
 
当時のトヨタでは「かんばん方式」が採用されていて、「かんばん」と呼ばれる紙切れにより、生産指示と部品の引き取りが管理されていました。それに対して、バーコードに情報を埋め込み、それをコンピュータで読み取り、生産を管理する。「かんばんの電子化」というイノベーションを起こしたのが、トヨタ本体ではなく、サプライヤーであったデンソーであったというのが、とても興味深いです。さらに言うと、電子化を実現するための最大の「抵抗勢力」がトヨタの現場であったというのも、驚きでした。
 
NDコードが開発されたのが1976年。日本経済の成熟化に伴って、消費者の需要が多様化しつつあった時期です。自動車についても、車種、デザインが多様化・個性化し、部品メーカーにおいては、いわゆる「多品種小ロット」が求められるようになっていました。それに対応するために、生産現場からの悲鳴にも似た声に応える形で開発されたのが、「かんばんの電子化」、すなわちNDコードでした。
 
第2章の「開発」は、本書のテーマであるQRコード開発の物語です。ここでも、無名の技術者たちの苦闘が描かれています。
 
より多くの情報を埋め込むことのできる2次元コードというアイデアは、すでにアメリカで実現していました。「工場という油にまみれる環境の下で、大容量の情報を、小さくプリントして、正確に、素早く読み取る」という要求を満たすために、試行錯誤が続きます。その結果、生まれたのがQRコードでした。
 
QRとは「Quick Response」の略です。「素早く読める」という技術開発に苦闘した技術者たちの思いがここには込められています。
 
イノベーションの誕生ということでいえば、もう一つ興味深い事実があります。
 
QRコードを開発した技術者たちは、デンソーにおいては傍流ともいえる部門に属する人たちでした。デンソーはトヨタに部品を供給する企業で、主流は自動車部門です。一方、QRコードを開発したのは、「電子応用機器事業部」という部門です。トヨタのサプライヤーであるデンソーの、さらに同社の傍流部門からQRコードは生まれた。まさに、イノベーションは周縁(辺境)より起こる。まさにこの言葉のとおりです。そして、「両利きの経営」で主張されている「知の探索」の実践例です。
 
 


2 優れた技術でも自然には広がらない、デファクトスタンダードへの道
 
「第3章 標準化」は、QRコードがデンソー社内の標準から、トヨタグループ、さらには自動車業界の標準となり、そしてついには世界標準(デファクトスタンダード)となるまでの物語です。
 
デファクトスタンダードの「事実上の」という言葉の響きからは、優れた技術は多くの人に支持されて、自然と広がっていき、やがて標準となるというイメージを持っていました。しかし、実際はそうではないようです。標準化までには、多くの人為的な力が必要です。
 
第3章では、そうした世界標準までの長い道のりが描かれています。
 
それは、①まずトヨタグループ内で有用性を認められ、②自動車工業会と自動車部品工業会で業界標準として認められ、③国内で自動認識の標準化を行っていた「日本自動認識工業会」によって国内標準として認められ、さらには、④「国際自動認識工業会」とISO規格での認証により世界標準となったという道のりでした。
 
本書で著者の小川先生が指摘されていますが、「市場原理だけで調整できる問題ではなく、カネ、人脈、交渉力といった政治的手腕が求められることも少なくない」(206ページ)のです。
 
 
3 ユーザーによる新たなイノベーション(用途革新)
 
「第4章 進化」はQRコードのユーザーによって次々と用途が開発されて、新たなイノベーションが起こったという物語です。
 
QRコードは生産現場で製品を管理するツールとして広く普及しました。さらに生産現場にとどまらず、その新しい用途が、ユーザーとなる企業の手によって次々に開発されました。その背景にあったのは、特許の無償開放です。
 
本書で紹介されている事例として、①QRコードを携帯電話により読み取る。当時の日本テレコムとシャープが取り組んだもので、企業のURLをQRコードとして表示し、それを携帯電話のカメラ機能で読み取り、ネットでつなぐというものです。
 
それ以外に、②全日空のスキップサービス、③都営地下鉄浅草線のホームドア開閉と、QRコードを利用した新サービスの事例が紹介されています。さらに、④中国では自動販売機の決済としてQRコードが利用されており、それが主流になっています。
 
ユーザーによるこうした用途開発によって、QRコードは生産現場から「消費者の生活場面」へと広がっていったのです。
 
新技術を開発して特許を取得したとき、そのユーザーから特許使用料を徴収するという方法もありますが、デンソーはQRコードを広く普及させるという方針から無償で開放しました。企業経営理論で学んだ「オープンソース」という方法です。
 
知の起点は開発と使用の両方にあると考えると、デンソーの特許無料開放というのは、優れた経営手法であったと思います。
 
 
■ 次のアクション
QRコードは、「かんばん方式」という世界標準のなかから、それを電子化するというイノベーションによって生まれた世界標準です。「かんばん方式」については、診断士試験の学習のなかで何度も学んだのですが、知識が断片的で、まだまだ理解不足でした。生みの親である大野耐一氏の著書「トヨタ生産方式」を読んで、基本からもう一度しっかりと勉強しようと思います。
本書のなかでも、野中郁次郎先生の名前が出てきました。その代表的な著書である「知識創造企業」については、脚注に紹介されていました。企業とは何かという根本的な問いを考えるうえでも必読の書であることを改めて認識しました。

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