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不味いラーメンは存在しない。

先日すするtvで視聴した「横浜家系ラーメン武道家 吉祥寺店」がめちゃめちゃ旨そうだったので、食べに来た。

https://youtu.be/evwK4wSlG0Q?si=dkdb9I2t-bpayujI

店長は若いが、それ故に気合い入りまくっていて、「ウチが武道家でナンバーワンです。断言します」と言い切っていた。

そこまで言うならね。
食べに行きたくなる。
おれは常にホンモノを食べたいんだ。
店長が汗水垂らして、筋肉軋ませて、
長年の試行錯誤と苦労の末に作り上げた一杯。
練りに練ったラーメンを押し頂く。
それ以外を食べている暇は無い。

だからよお、行ったよ。
会社帰りに。
わざわざ定期券外に電車賃払いってまで行ったとか、
そんな恩着せがましい事は言わない。
このラーメンを食べると決めたのはおれ。
おれの感情を理性が判断した。

店についたらスープ調整で一時間待ちってあんちゃんに言われた。
あんちゃん、申し訳無さそうに笑って。
おれも仕方ないなと笑い返す。

近所のエクセルシオールで時間を潰す。
アイスティーがバカ高い。
仕方ねえ。必要経費だ。
それにしても。
すするが食ってたあのラーメン。
旨そうだったな。
スープがドロッドロに茶濁して、肉をそのまま溶かしたみてえだった。
目をバッキバキにして、かっぴらくほどギンギンなスープ。
あれは紛れもないホンモノのスープだろう。
見るからにヤンキーな店長。しかし、18歳から叩き上げでラーメンを作っている。
間違いないはずだ。
人が時間をかけたものには価値が宿る。
そのはずだ。

一時間待って武道家に行く。
電気が落ち、薄暗い。
すでに行列ができている。
全員が期待感にソワソワしている。
スマホを眺めつつ、チラチラとシャッターの降りた『スープ調整中!』の看板を見ている。
分かるぜ。
待ちきれないんだよな。おれもだ。

そこからさらに二十分経ったころ、突然店前が明るくなった。
来た! 再オープンだ! 
スープ調整終了!

薄暗さに慣れた目には、明るい店内がオレンジ色に見える。
店員が多い。店員同士仲が良さそうだ。
だが、少し違和感がある。
一時間以上、おれたちは待ったのだ。
自分の時間をこの一杯のために割いたのだ。
なぜ何も言わない?
なぜ、こちらを見て笑っている?
何がそんなに愉快なんだ。
おれはまるで、自分がバナナを配られたサルのように感じられた。

だが些末な問題だ。食欲の前には。人の感情なんて。

次々と券売機でチケットを購入する客たち。
おれの前のおばちゃんはお釣りを取り忘れていた。
やれやれ。
逸る気持ち。わかるよ。
チャーシューメン並とライスを注文。
特製ラーメンは頼まない。
あれにはネギが入ってしまう。
家系にはネギは合わない。特に九条ネギは。
肉と骨の効いたスープには、分厚いチャーシューが一番合うんだ。

ピカピカなテーブル。
ニンニク生姜豆板醤、お酢、胡椒、いりごま。
完璧だ。
多すぎず少なすぎない。
おれは先に出されたライスを予めデコレーションしておく。
キュウリのQちゃんにいりごまをパラリ。
その上にニンニクを少量塗って、胡椒を五振り。
これで待つ。

おまちどおさまです、と着丼。

「ああ…」スープの色と汁のノリ(海苔ではない。言語化がむずかしい)を見て、ため息をついた。
嫌な予感がする。

何だか、サイアクな目に遭いそうな気がする。

となりのおばちゃんは嬉しそうに麺をリフトし、
パシャパシャ撮影している。
美味しそうに麺を頬張る。
おれもスープを啜る。

「ああ……」

なにも言わずに食べ進める。
美味しい家系ラーメンだ。
骨感が先行したペタペタするスープ。
大量のガラを使って煮出した、贅沢で、作りての体力と気合を感じられる味。

「でもこれ、武蔵家なんだよ……」

この、ラーメンは食べたことある。
いろんな街で、いろんな駅で親しまれている武蔵家のスープと酷似している。
何度も食べたことある味。
妥協と安心の味。
特別……ホンモノ……。
所謂、ブレなんだろう。
この日はスープ調整に入る前に、十周年記念の特別スープを提供していた。
その影響もあるのだろう…。

くそっ。

「おれは武蔵家を食べに来たんじゃねえ、武道家を食べに来たんだっ……!」

冗談じゃない。
おれは誰にも愛される、万人受けするようなラーメンを食べたいんじゃない。
食べた瞬間に、天使がファンファーレを鳴り渡すような、
ベートーヴェンが第九を発想してしまうような、
狂おしいラーメンが食べたいんだ。
食の果てに打ちのめされるようなラーメンを食べたいんだ。
それを期待していたんだ……。

いや……。
ちがう。
おれが期待しすぎたんだ。このラーメンに。
前日から味を想像して。チャーシューの弾力を想像して。
お昼はなるべく粗食ですませて、仕事中から今夜のこの味にフォーカスしていく。
それがおれのコンセントレーションなんだ。
そして、勝手に期待して、勝手に裏切られたと打ちひしがれる。
クソガキじゃねえか。
おれは。
不味いラーメンなんて存在しない。
ただ、未熟な客が存在するだけ。
ラーメンは何も考えない。
ラーメンを一心不乱に作る店長と、それを全力で味わう客がいるだけ。
ラーメンは何も言わない。
おれが考えすぎているだけ。

店員の笑い声がやけに耳に響く。
オレンジレンジのBGMにこれほど苛立ったことはない。こんなに下品だったか?

丼を上げて、最後に水を一口飲む。
なんだか、やたらと、うまいな。
ごちそうさまを言って退店する。

生暖かい風が飲食店たちの下水を巻き上げておれに運ぶ。
ネギを頼むべきだったかもしれない。
穏やかな風を強く感じる。
未来でも過去でもない。何も感じさせない。今日の風だった。またラーメンを、啜らなければならない。



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