見出し画像

(第18回)外国人がイメージするニッポンの景色〜山梨県富士吉田市・新倉山(あらくらやま)浅間公園


 小さい頃、北九州のとある街に住んでいた。近所に「チューレートー」と呼ばれる広場があった。そこには大きな石塔が建っていて、近所のこどもたちが集まり、追いかけっ子をしたりキャッチボールをしたりして遊んでいた。

 四方を低い土手で囲まれた公園もどきの施設だが、まだ地面からはむき出しになっている「湧き水」があった。

「チューレートーに集合!」「おかあさん、チューレートー行ってくる!」。

小さなこどもにとって「チューレートー」はたのしくてわくわくする「遊び場」だった。

 忠霊塔とは、国家に忠誠を捧げた人物に対して、その霊を慰める目的で設置された石塔である。まだ街の整備も発展途上な昭和の中期、忠霊塔の前で、その漢字も読めないこどもたちが、無邪気に遊んでいた。

 場所には物語がある。軍都としての役割を持ったその街の人は、「平和公園」として意味づけられたこの石塔の傍らで静かな時を過ごしていたのかもしれない。だが、まるで子犬のように走り回りたくてウズウズしているこどもにとって、そこは成長を後押しする開放の場であるだろうし、場所の物語に定型はなく、あくまでもそこに来る人のこころに生じる「ゆらぎ」の問題だと思っている。

 山梨県富士吉田市にある新倉山(あらくらやま)浅間公園を訪ねた。ここは日本を訪れる外国人に人気の観光スポットで、ミシェラン旅行ガイドブック日本編の表紙にもなっている。

 小高い山の上にある撮影スポットからは、目の前にそびえ立つ「忠霊塔」をなめるようにして(手前に写り込ませて)遠くに富士山が見える。また、シーズンには忠霊塔を囲うように植えられている桜の花が見事で、いわゆる「外国人のイメージする日本」を凝縮したような一枚の写真が撮れるのだ。

 富士急行大月線下吉田駅から徒歩で目的地へと向かう。のどかなニッポンの風景のなかにどこか場違いな外国人観光客の姿がチラホラと見える。街側も、この「降って湧いたような」観光資源のありがたさに気を良くし、足元の農道もどきの往来に、これから観られるであろう「有名な」絵柄を焼き付けたプレートをここかしこに埋め込んでいる。

 参道とみられる階段を登っていくと新倉山浅間神社がある。参拝を済ませ、境内の脇から新たにつくられた階段を登る。どうせならエスカレーターにしてほしかったと思わせる、取ってつけた感のある階段だが、しばらく登ると赤い五重塔のような建物が視界に飛び込んでくる。ここが目的地だ。

画像1

あいにくの天気で、日本が誇る「京都+富士山の景色」は撮れなかった。


 この五重塔は、戦没者のための忠霊塔である。仏教寺院のような由緒はない。

 だが、今流行りの「インスタ映え」スポットだ。流行の仕掛けは山梨県。7、8年ほど前に、タイの観光会社へこの場所をアピールしたところ、「京都(的な景色)と富士山がいっしょに観られる場所」ということで、人気に火が着いたらしい。

 あたりまえの風景が、外国人の目には違って見える。それはもう承知のことだ。たくさんの赤い鳥居で有名な京都伏見稲荷大社、藤棚がアピールしたあしかがフラワーパーク。渋谷のスクランブル「人間」交差点。先日も、新宿の「思い出横丁」にある中華屋の隣席で、ミシュランガイド片手におっかなびっくり餃子を突くフランス人カップルに、酢とラー油を指さしながら一言二言「伝授」したばかりだ。

 正直、「富士山と京都の観られる観光スポット」は(天気が悪かったこともあるけど)、私にはちょっと不十分な場所だった。だが、物語はそれぞれの人間のこころのなかにある。こころが揺らげば、そこはたのしい観光地なのだ。

〜2018年7月発行『地域人』(大正大学出版会)に掲載したコラムを改訂


画像2


ガイドブック片手に新宿の気さくな飲み屋を訪れる外国人観光客たち

画像3


この「新倉山浅間公園からの景色」がミシュラン・グリーンガイド・ジャポン2015の表紙を飾った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?