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タボのご縁⑤~ゲストハウスで会った人々~

タボでは、お坊さん以外にも多くの個性的な人々に出会った。

先ずは、ゲストハウス建物の1室に設けられた図書室の司書をされていたCさん。
西洋人女性で、物静かながらしっかりと自分を持っている女性だった。

図書室は英語の蔵書が主で、スピティ地方、タボ、その他仏教関係の研究書や、写真などビジュアル系の蔵書も充実している。

筆者達が訪れた時は観光客も少なく、図書室を訪れる人も少ない時期であったけれど、毎日午前午後と図書室の鍵を開け、1人室内で務めを果たしていた。
彼女には友人がおり、ともに食事や散歩に出ておられたが、2人とも穏やかに辺境の僧院での生活を楽しんでいる様子だった。

古いタボ僧院にはどんなお堂があるか。
一般に僧院の拝観が始まるのは午前9時で護法尊のお部屋は閉められているけれど、早朝6時頃から護法尊の法要があり、その時には護法尊を祀る部屋を覗けること。
山の斜面にある祠や洞窟への行き方。
などなど、先ずは僧院拝観の御指南をしてくれた。

我々も旅人の例にもれず、旅先についての情報収集が必要である。
訊いてみると、彼女は意外にも非常に長くインドに住み続けており、それ故にいろいろな場所・現地への行き方についても、経験に基づいて実際的な知識を持っていた。

次に訪れるナコ村から、グル・リンポチェの聖地と言われるソマンまでの道のりや、
観世音菩薩の聖地としてチベット人の間で有名な「カシャ・パクパ」がラホールにあること、ヒンドゥ―語で「トリロクナ―」と呼ばれることなども、西洋人の視点からインド・ヒマラヤ地方を説明する仕方で丁寧に教えてくれた。

非常に優しげではあるが、はっきりとものを言う人でもあり、
ゲストハウス内でインド人の若者が大きな声で話していると、
「ちょっと待ってて。」
と筆者に言って彼らの部屋へ行き、静かな声で話して欲しいと優しくクレームをつける人であった。

インド人の彼らは筆者の友だちでもあったので、それを見ながら『ひゃ~』と思っていたものである。

そんな彼女でも、道理を通せず困ることもあるという。
それは地方自治体のオフィサーなどが図書室へ視察に来た時。

彼らは時折、気に入った蔵書があると手に取って持って行ってしまう。
それらは大概、画像の豊富な高価な書物である。

他にも土地の偉い人が本を借りに来て、ちゃんと返してはくれるけれど、
本の背表紙裏などに「○○について。△ページ。」と親切心から書き込みをしてくれるが、
「図書室の蔵書としてはちょっと・・・」
と言っていた。

ともあれ、タボを訪れ歴史や文化的背景についての知識を得たい方には、非常にお勧めの図書室である。

タボのゲストハウスでは、マネージャーのお坊さんの他に、インド人の若者2人が働いていた。
チベット語が堪能な兄弟で、デリーのマジュヌカティラ(チベタン・コロニー)で2年ほど働き、チベット語を話せるようになったという。
彼らのお姉さんがタボ僧院のコックをしているので、彼女の紹介でタボにやって来た。
彼らはキリスト教徒である。

キリスト教徒なのでお兄ちゃんの名前はJ君という西洋名。
弟の名前はS君というヒンドゥ―名で、これはお姉ちゃんとお兄ちゃんのお母さんが病気で亡くなり、再婚したお母さんがよりインド文化に親しむ家庭の人であるから。

ゲストハウスの給料は1ヶ月1万ルピー。住み込みなので休日は無く、住んでいるので朝早く、夜遅くに仕事に駆り出されることもある。
給料の多くは家族への仕送りに当てている。
お父さんが病気だとのこと。

2人とも素直な性格で、正直だった。

ある朝J君がスマホで音楽を聴きながら、厨房で踊っているところを見た。
デリーにいたころ、DJをやったことがあるそうである。
友人を大切にする若者で、少ない給料の中から困っている友人にお金を送ったりしていた。
客として泊っているインド人の若者とも仲良くなり、送金を手伝ってもらったりする一方で、
風呂場のない部屋に泊っている客のために、お湯の出る風呂場の算段をする助けもしていた。

筆者も、友人達にバスルームを使わせてやってくれと言われて一瞬引いたが、
その時にはもうその友人と知り合いになっていたので「そういうもんか」と鍵を渡した。
貴重品は自分で管理していたものの、
インドで、自分が不在の状態で、昨日今日会ったばかりの人に部屋の鍵を渡して「風呂に入って良いよ」というのはやはりビビる(他の状況ではお勧めしません)。

石鹸やタオルが使われた痕跡はあったものの、他のものはそのままだったので、
湯が無くて数日身体を洗えなかった若い友人達の助けになれて良かったと、
自分の疑い深さを恥じた次第である。
インド人にとっては、石鹸やタオルがそこに置いてあれば、使って当然なのだと改めて知る機会にもなった。

筆者達がゲストハウスにやって来た時と前後してやって来た、若い友人達がいる。
彼らはまだ学生で、
タボ僧院が運営するセルコン・スクールにコンピューター施設を充実させるための基金を創設する目的で、
2ヶ月の長期休暇をタボで過ごそうとやって来た面々だった。
男の子3人、女の子3人の計6人である。
それぞれにマネージャー、ビジュアル(写真)、マーケティングなどの専門分野を学んでいる未来の専門家集団で、
のほほんとした筆者より、ずっと人生を上手く渡っていけそうな若者達だった。

純粋なところもあり、行動力もある。
ゲストハウスの屋上から満天の星がキラキラ見えて、
しかも注意を向けると星の光が動くところを目撃した彼らは、
部屋からマットレスを屋上へ運び、布団も運んで星を見ながら屋上で寝る、
ということを実行していた。
同行した友人は自由でノリの良い人だったので、一緒に屋上で寝ないかと呼びに来てくれたのだが、
その時、もう寝るばかりのオバサン化していた筆者は、温かい布団から離れる勇気が無かった。
彼女は朝方まで屋上に留まった様子である。
自分の年齢を感じた一コマだった。

上記のように、彼らは星が動くのを見て興奮した様子であった。
それが理由かどうかは分からないけれど、
夜に星を見ながら歩く長距離散歩に時々でかけていた。
ついには顔なじみのカフェの経営者からテントを借り、数時間トラックに乗って(ヒッチハイク)、カザの川べりまでキャンプをしにやって来た。

・・・面白過ぎる。

彼らも非常に素直で、明るい子達だけれど、
自分の内面に抱えた痛みを乗り越えようとしている一生懸命さを感じた。
生きることを楽しむ今どきの若者ではあるけれど、それまでの人生で不本意ながら飲み込んできたものごとを解放したいと願っている。
友人が、その内側の痛みを解放する助けをしていた。

感極まって泣きながら抱き合う、という経験をしたのも、
普段はクールな筆者にとって初めてだった。
彼らはそれほど純粋な、子どものようなエネルギーを保った若者達だったのだ。

セルコン・スクールのプロジェクトについては、資料が送られてきたらシェアしたい。
現在は範囲を広げて、タボ僧院の若い数人のお坊さん達に英語とコンピューターの使い方などを教えているそうである。

タボ僧院の厨房のコックをしているJ君のお姉さんなど、お世話になった人々はまだまだいるけれど、
ひとまずここで、ナコへ移動する。

つづく。



DECHEN
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