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デレラの読書録:フランク・ハーバート『デューン砂の惑星 下巻』


『デューン砂の惑星 中巻』
フランク・ハーバート,酒井昭伸訳,2016年(新訳),早川書房

ついにポールがハルコンネン家に復讐を果たす時が来た。

ポールは産砂の命の水を飲み、クウィサッツ・ハデラックとして覚醒した。

クウィサッツ・ハデラックとはベネ・ゲセリットの信じる、いわば救世主だ。

ポールは救世主となった。

クウィサッツ・ハデラックは時空を渡って遥か遠い過去を振り返ったり、現在から先、枝分かれした未来の世界線をはっきりと見ることができる。

砂の惑星アラキスで産出される香料メランジは、人に少し先の未来を見渡す力を授けるが、クウィサッツ・ハデラックの力とは比較にならない。

ポールはその力を使って聖戦を避けようとする。

しかし、最後の戦いの結末だけはポールも見渡せなかった。

その戦いは人類の進化の特異点であった。

ハルコンネン家の次期男爵フェイド=ラウサと、アトレイデス家の公爵でフレメンの救世主であるポール。

どちらが勝っても伝説となる瞬間。

歴史生成の極点。

“(連中は未来を見ることに慣れきっている)とポールは思った。(この場所、この時間では、連中にはなにも見えない……このおれでさえ見えないのだから)”

(p.273)

“人類という種族は…擾乱を通して遺伝子をかきまぜ、新たなる混淆の強力な成果を存続させることにより、種族を再生しようとしているのだ。いまこの瞬間、全人類は意識のない一個の生物として存在し、いかなる障壁をも乗り越えうる、ある種、性的な陶酔を経験していた。”

(p.273)

物語は歴史生成のダイナミズムに飲み込まれた。

ありうべき世界からその先を選び取る力能意志。

先の枝分かれを決定付ける特権的な瞬間。

人類史の生成である。

この極大的な視点は、フレメンの過酷な環境を生きる知恵や、ベネ・ゲセリットの信仰や、皇帝の権勢や、大領家の利益など小さい問題に過ぎない。

歴史生成の特権的瞬間は、現実を、繊細な生活を、暮らしを矮小化する。

生活の矮小化。

しかし、これこそポールが避け続けた聖戦の脅威であり、狂信の成れの果てであり、忌みすべき運命ではなかったか。

現実の世界で起きた熱狂、大衆煽動、狂信による凶行をわたしたちは知っている。

人類の深い問いだ。

避けることができない熱狂、煽動、狂信は、人類の進化の名のもとに正当化され得るのか。

後にドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、2024年公開の映画『デューン砂の惑星part2』のラストシーンをチェイニー(映画ではチャニ)の怒りの顔のショットで終えることになる。

この翻案はドゥニ監督の批評性に違いない。

そして、続編の『デューン砂漠の救世主』の冒頭で、死刑を宣告された異端の歴史家は冷笑しながら言う。

“星間帝国がムアッディブ(=ポール)の統べるフレメンの帝国になって、帝国はどうなった? なにが変わった? あんたらの聖戦はたったの十二年でどれほどの教訓を与えた?”

(『デューン砂漠の救世主 上巻』p.19)


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