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新規論文紹介(3):I.Primaxial/ Abaxialという体幹筋群分類の進化・発生学的意味   本間他:脊髄神経分岐の 3 要素モデル: 人間の肉眼的解剖学と現代発生学の融合Homma S, et al: Front Neurosci. 2023: 16: 1009542.

新規論文紹介(3):I.Primaxial/Abaxialという体幹筋群分類の進化・発生学的意味
Homma S, et al: A three-component model of the spinal nerve ramification: Bringing together the human gross anatomy and modern Embryology, Front Neurosci. 2023: 16: 1009542. doi: 10.3389/fnins.2022.1009542. (脊髄神経分岐の 3 要素モデル: 人間の肉眼的解剖学と現代発生学の融合)

もう一つの新規論文を、「対気」現象説明の前に、紹介しておきたい。
先のGrillnerの論文がconceptualに提示したMMC/LMCは、21世紀移行期に神経細胞を遺伝子マーカーで分類する研究の一つの成果である。
しかし、こうした新しい考えに立つと、西野流呼吸法、あるいは東洋系Bodyworkの生理学的理解がようやく始まる。

今回、新規論文として紹介する福島医科大学の本間らの研究グループは、このMMC/LMCという前身運動を制御する神経系が、実際に我々ヒトではどの筋肉を支配しているかという疑問を解析したものである。

MMCというlocomotion CPGは縁の下の力持ち(裏方役者)、すなわち個人的無意識領域で作用する。それがどんな筋肉群であるのかというのは大変興味がある。
またそういう筋肉群であるから、「対気」のシグナルで発動する相手の身体反応は、想像を絶する、常識的な見解からは唖然とするような、動作反応となる。

こうした前置きで、この福島医科大学の論文を3回にわたって紹介する。
I.Primaxial/Abaxialという体幹筋群分類の進化・発生学的意味
II. Primaxial/Abaxialという体幹筋群は、ヒトの全身にいかに分布しているのか?
III. Primaxial/Abaxial筋群は西野流呼吸法基礎動作にいかに取り込まれているのか?

こういう説明が、分子生物学的理解で可能になったのが、21世紀も四半世紀を過ぎた現在である。

I.Primaxial/Abaxialという体幹筋群の進化・発生学的意味
-「対気」で感じる背中の意味-

人類は長い間の思い込みで生きている。その一つの例は、天動説と地動説である。500年前まで、我々は「毎日太陽は東から昇る」と思い込んで生活していた。
詳細な天体観測によって、実際は大地と思い込んでいた地球が自転・公転をしていたわけである。

身体に関しても、脊椎動物の進化過程や、受精卵からの身体形成(これを人体発生学という)を理解しないと、同じような思い込みをする。
特に身体の外観を作る外胚葉といわれる神経や皮膚、また中胚葉といわれる筋肉、骨、抗原組織の理解が、身体を機能的に理解する第一歩である。
これは身体でもいわゆる内臓(内胚葉)とは異なる領域だが、実際の病気は内臓由来が多いので、研究が相対的に遅れている。

例えばヒトでは、上下方向は重力に抗して、頭、体幹、下肢の順である。しかし四足動物では上下方向は背側・腹側となる。進化的には魚類以降の背側、腹側が、我々の身体を形成している。
これは身体発生という、個体が受精卵から身体が形成される経過を見ても、背側、腹側が形態形成の中心となる。前後方向は、体節形成と共に脊椎が一つずつ尾側へ伸びる。

魚類の形態形成での体幹筋群は、比較的単純である。体幹部に、まず腹鰭、ついで胸鰭が進化し、やがて陸上に上がって進化した四肢で前進運動をするようになる。
この時中枢神経系では、MMC/LMCの分化が起こる。
体幹に加え四肢を制御するためである。
しかし、MMCの機能は欠落することなく、むしろ四肢進化に伴い、複雑に腹部の筋群にまで関与するようになった(タイトル図参照:左側の魚類に対し、右側の鳥類ではPrimaxial部が腹部で複雑に入り組んでいる)。

こうした複雑な進化を背景とするわれわれの身体構造を、従来は背側(Epaxial、軸上)、腹側(Hypaxial、軸下)という概念で理解していた(タイトル図上部、赤色部を参照)。
しかし新たに同定された関与する運動神経の遺伝子マーカーをもとに、胎児胚におけるMMC支配の進化による変化の過程にまで戻り、考え直す必要がある。
こうした考え方も、実は21世紀に移る頃から議論されるようになった。

人体発生において、体軸を形成する神経管の近傍の組織(先ほどの胚子の内側)から形成される構造(Primaxial、軸近)と、胚子の外側から形成される構造(Abaxial、軸遠)という分類が主流となり、身体構造の再整理が進んでいる。

西野流呼吸法「対気」に習熟してくると、相手との繋がりで相互の背筋群が感取されるようになる。それはなぜか?その背景にはどんな身体構造があるのか?
長い間不思議であったが、この点を理解するためにこそ、本間らの人体発生学の視点が必要である。

本間らは、実はPrimaxial筋群は吸う息(吸気)Abaxial筋群は吐く息(呼気)に関連するというのである。
これは呼吸法を習うものとして理解せざるを得ない重要な事柄である。

さらにそれは背側皮膚と腹側皮膚の胚構造の発生上の位置の差にまで及ぶ。
「対気」では手の甲(手背)で相手に接する。
この不思議な手技もこうした見解から新たな意味が理解できるかもしれない。

本間らの説明は、胚子の構造と将来の分化組織、そして遺伝子マーカーによるPrimaxial/Abaxial筋群の図示から始まる。
第I回はこの点の理解が目的である。


さていよいよ、実際の福島医科大学の論文を紹介する。
ここから先は、あまり一般には馴染みのない図が出てくる。実はここに説明する身体発生学の理解も20世紀の最後の頃、分子生物学的解析で大変進展し、医師といえども最近の知見が必ずしも理解されていない領域でもある。

こうした胚の構造には、具体的なイメージが浮かばないので、受精後21日前後の胚子の断面図を示す(図1)。

図1.胚子断面図.受精21日前後の胚子.本間らの模式図と見比べて理解する。(出典:ラングマン人体発生学(第11版)、p85、安田峯生他訳、MEDSI、2016.)

中央に楕円形様に見えるのが神経管である。その左右に体節(somite)があり、その外側に中間中胚葉、さらにその外側に背側と腹側に分かれた側板中胚葉がある。

これを本間らが模式化したものが図2である。

図2.胚子断面模式図.
右側の胚子断面模式図の構造の色づけは中央部の英文説明に対応する.さらにその日本語訳が色を合わせて左側上、下に示されている。このエンジ色筋肉部と青色筋肉部が先のGrillner論文のMMC/LMCに関連する。詳細は本文参照.

本間らの模式図では、21日胚子断面の半分だけを示している。
さらにこれらの区分から身体構造の何が発生するかを、色分けして示している。その日本語の訳を図の左上と左下に示した。

まずPrimaxial領域とは、中間中胚葉より中央寄りの神経管との間の部分を指す。
この部分は以下の三つの部分に分かれる
・体節由来膠原組織原基(緑色)
・筋群:背内側筋群原基(えんじ色)
・皮膚:皮節(これが背面の皮膚組織となる)(灰色)

註)ここで示される「えんじ色」筋群が、進化上旧いMMC系神経支配を受ける。

これらが身体発生過程で、ここに存在する細胞群がいろいろな相互シグナルのもとに増殖・移動して、図の右中央に示されるように成人の身体構造に近づく。

一方Abaxial領域は、図左下に日本語訳がついている。
・側板由来抗原組織原基(オレンジ色)
・筋群:腹外側筋群原基(青色)
・皮膚:側板(これが腹側皮膚組織となる)(オレンジ色)

註)ここで示される「青色」筋群が、進化に伴う四肢に関与し、LMC系神経支配を受ける。
すなわち、Primaxial領域のエンジ色筋群とは、支配神経群が違うものである。

ここで注意が必要なのは、本来体節somite由来である青色の部分の細胞群が大きく移動し、腹側に筋肉として組織を形成する点である。
これらの発生学的変化は長い進化の時間をへて、脊椎動物が陸上に進出、四肢を使うようになり、変化を来したものと理解される。

さらにこの成人の模式図を見て不思議なものは皮膚である。
見ての通り、体節の中央より由来の背側皮膚(灰色)と、外側の側板中胚葉に由来する腹側皮膚(オレンジ色)に分かれている。
これはさすがに私自身知らないことであった。
註)教科書的には以下の記載がある:
真皮は次の3つの起源をもつ間葉に由来する。
(1)体肢と体壁の真皮となる側板中胚葉。
(2)背部の真皮となる細胞に供給する沿軸中胚葉。

(3)顔面と頚部の真皮となる細胞を供給する神経堤。
(ラングマン人体発生学(第11版)、p373、安田峯生他訳、MEDSI、2016)

しかし皆さんも手の甲と手のひらの違いはいつも不思議だと見てこられたと思う。
指の側面を見るとその境界が見られる。
こうしたことが最近の人体発生学で判明しつつあることである。

福島医科大学の論文を紹介する最初の部分は、まずここまでの理解である。まずPrimaxialとAbaxialという新規体幹筋群分類の原理を理解する。
次には実際の筋肉のどれが、この分類に相当するのか?それはMMC/LMCどちらの神経支配下か?こうした疑問を、同論文の表を用いて理解することになる。

以上、大変複雑な胚子の構造と形成身体構造の関連を述べた。
我々が成人の身体からのみその体幹筋群機能を理解するのには、限界があることは少なくとも了解できる。西野流呼吸法の「対気」の相互シグナルへの身体反応の背景には、進化と身体発生学的視点が必要である。

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