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西武そごうの広告にがっかりして以来心象がすこぶる悪い話

「そごう」へ行く時の祖母は、髪を整えて着飾って、「これからお買い物に行くのよ、アナタも一緒に行く?」なんて声を弾ませて、ワクワクしていて大好きだった。

小さい頃の「そごう」は、買い物ついでにおもちゃ売り場へ連れて行ってもらえる場所だった。試し遊びが無限に出来たし、おねだりが成功すれば、新しいおもちゃを買ってもらえたりもした。

広告に関連する仕事へ携わるようになって、業界の様々なお仕事に触れていく中、とても好ましかった広告は、「そごう」のものだった。

2016年末にローンチされた西武そごうの「年齢を脱ぐ、冒険を着る。アドバンストモード」プロモーション。
樹木希林さんをビジュアルイメージに起用し、メインターゲット層の女性に対して、服飾品でもっと心踊らせようと訴えかける。冒頭で「常識」の窮屈さを見事に表現し、「あなたは個性的であっていい」と背中を押す。動画イメージでは樹木希林さんがナレーションを担当し、より説得力を増している。とにかく隙のない広告だと思った。

あれを見た瞬間、今は自由に身動きのできなくなった祖母を、またそごうへお買い物に連れて行ってあげたい、と感じた。
見た者の消費行動を呼び起こせており、広告としてはこれ以上ない出来だと思う。あんな広告を作ってみたい、などと邪念がよぎるぐらいには。

◆樹木希林「窮屈な常識はいらない」 百貨店広告、若い世代なぜ共感?
https://withnews.jp/article/f0161103001qq000000000000000W00o10101qq000014246A

◆【西武・そごう】わたしは、私。樹木希林さんスペシャルムービー youtu.be/Ep95r6avrTI


だから、安藤サクラさんの顔にパイを投げて汚し、主体性のないふにゃふにゃした文章で、「女の時代、なんていらない?」とか謳っちゃうような、あんなダサい広告、見たくなかった。

いやマジでうるせえな。
「来るのは「私」の時代」ぐらいのコピー付けられんのか。

これのどこに誰が共感すると思ったんだろう。あまりにも主体性のない文章が本当に上滑りしていて、認識した瞬間寒気がしました。このコピー考えた人の中に当事者女性はいるんですかね?

というかそもそも、「パイで顔を隠された女性」をモチーフに主体性のある文章考えろっていうのも無理な話です。「女」という大きすぎる括りで考えるしかない。そうなると薄めた上澄みだけ掬うしかなくなる。誰かしらの上澄みだからそもそも主体性がないので「私は、わたし」というコピー自体が矛盾してしまう。

その逆で、もしあの文章から出たイメージが「強い"私"を持つ女性のイメージがある安藤サクラの顔を汚して隠す」っていうモチーフだった、としても胸クソ悪い話だわ。女は全体的に、主体性のないまま抗わずに社会を受け入れて生きろって言われてる感じ。なんの風刺にもなってない。

きっといろんな人達が関わって、長い時間をかけて作ったのでしょうけど、「深いところまで議論することを避けた」んだな、と透けて見える。

パイを投げつけられた安藤サクラさんと、衣装を考えたりメイクをしたり、撮影をした現場の方達に、心から同情する。

この広告を見て以降、西武に関連する広告が目に入る度に、テンションが著しく下がる。もうこの百貨店で買い物をすることはないでしょう。

広告イメージは挑戦も大事だけど、人権教育とかジェンダー論とかきちんと履修してから作成してほしいです。

(2019年1月)


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