【砕け散った好奇心】
うちの町では、5歳でそれぞれの保育園を卒園した後、町に1つだけの幼稚園に全員が入園するシステムになっていた。
幼稚園のときのお遊戯会で全組合同での合奏があった。
全員で50人ほどの園児が1つになり音を奏でる。なかなか大掛かりだ。だからこそ、期待と好奇心が湧き立つ。
様々な楽器が目の前に広がる。なかには初めて見る楽器がいくつもあり、そんな楽器の数々に、幼い好奇心がキラキラ光った。
「これは木琴といいます」「これはシンバルといいます」「これはタンバリンといいます」先生が楽器一つ一つを説明していく。
そのなかでも、特に俺の好奇心を光らせた楽器があった。
銀色に輝く――三角で――キィーンって――。
そう、トライアングルだ!
俺は銀色に輝くトライアングルに見惚れた。
トライアングルがしたいトライアングルがしたいトライアングルがしたいトライアングルがしたいトライアングルがしたい――。キラキラしていた好奇心は、心の中でトゲトゲしく光を放った。
しかし、楽器の担当の割り振りは希望制ではなく、すでに先生たちによって決められていた。
「トライアングルがしたい」残念ながらその願いは叶わなかった。それでもトゲトゲしく光っていた好奇心は、なおもキラキラと光を灯していた。悲しかったが、それでも他にもいろんな楽器があるから、どれでもワクワクする。
すると、先生が俺のところへ近寄ってきた。
どの楽器になるんだろう。ワクワクワクワクワクワク――。
「シキね」
えっ?えっ?えっ?えっ?えっ?えっ?えっ?
シキはどれ?
俺はまさかの指揮に任命された。
トライアングルはおろか、楽器すら触れない……。
ここぞとばかりに「トライアングルがしたい」とゴネたが無駄なあがきだった。
無情にも俺のキラキラした好奇心は、木っ端微塵に砕け散った。
こんな悲しいことある?
本番まで先生の指導の下、各々が練習をする。
鍵盤ハーモニカの、鉄琴の、そしてトライアングルの――。園児たちが各々楽器の練習をしている。
そんななか、俺は右手に指揮棒を持ち、ラジカセから流れる音楽に合わせ両手を振るう。指揮といっても、複雑なものは園児には難しいと判断したのだろう。俺に与えられた指揮での役割は、両手を上下に振るだけだった。もはや指揮者がそこにいるという構成に、はめ込まれただけの存在だ。
俺はラジカセから流れる音に合わせ、両手を上下に振るう、それだけを繰り返し練習した。毎日、それだけを……。
他の園児たちが楽器の練習をするなか、隅っこで両手を振るう俺。
小太鼓の練習をする園児――俺は両手を振るう。
カスタネットの練習をする園児――俺は両手を振るう。
トライアングルの練習をする園児――俺は両手を振るう……。
みんなで音を合わせる――俺は両手を振るった。
みんなは楽器を……俺は……。
本番当日、俺以外の園児たちが各々楽器を構え壇上に並ぶ。俺はみんなと少し離れたところでひとり、少し高くなった指揮台に立つ。観覧席に座る保護者のほうへお辞儀をしたあと、まわれ右をして園児たちのほうへ体を向ける。俺が両手を上げると園児たちが一斉に楽器を構え、俺が手を振ると同時に音符が踊り始めた。両手を振るう俺と、踊る音符。
本番は無事に終えることができた。失敗もくそもない。俺は両手を上下に振るだけだったから。
もしあのときトライアングルを、せめて楽器を触れていたなら、未来はまた違ったのかもしれない。あのとき楽器を触っていれば、音楽の才能が目覚めて……。なんて、そんなタラレバの話はやめよ……。
高校の卒業式で『仰げば尊し』を卒業生みんなで歌った。卒業式当日の何日も前から、卒業式の予行演習が毎日行われ、そのときにも仰げば尊しを歌った。俺は自分のキャラもあり、誰よりも大きい声で歌った。そう言い切れるぐらい大きい声で歌った、それも真剣に。真剣に歌った。度々、俺の周囲の人たちから「クスクス」と笑いが起きていた。「まぁ、大きい声で歌ってるしな」ぐらいに思っていた。そしてあるとき、隣に立つ女子から「もぉ、ちゃんと歌ってよぉ」と揶揄された。
「えっ……」
俺は知った、俺は音痴だということを。
それでも今さら引き下がれないので、そのまま卒業式当日まで誰よりも大きい声で歌い続けた。
俺が音痴だったのは、きっとあのとき……幼稚園のとき……楽器を触れなかったからだ。あのとき楽器を触れていたなら、音感は養われていたのではないか?
どう? 違う?
うん、まぁ、とりあえず、そういうことにしとこか。うん。
そういえば、あれからトライアングル触ったことあったけな……
まぁいいや。
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