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多くの人々が挑んできた試練「自転車」に私が挑んだ記憶

学校に登校する時に便利だから使うことにした。
出勤する時に車が無いから使うことにした。
買い物に行く時に便利だから使うことにした。

このように理由は様々ではあるが多くの人が今まで自転車を利用してきたと思う。

私もその一人、学生の頃は毎日自転車に乗って通学したものだ。

しかし自転車という物は使うまでの段階で大きな試練があった。

その時の話をしようと思う。

小学校を卒業した私は中学校への進学の時期を迎えた。
こうなると今までとは色々と変わってくるから大変だった。
今までとは違い私服が禁止、髪型は坊主頭(在学中に別の髪型をしてもいいように校則が変わった)同級生の人数が数倍に増えたなど。

本当に環境ががらりと変化したのを今でも憶えている。しかし中でも大きな変化だったのは家からの通学の距離が伸びた事だ。

今までは1キロ、これからは4キロになる。

今までの距離なら歩いても問題なかったが4倍にまでなると流石に大変だ。

そこでこれからは自転車で通うしか無い、となったわけだ。

学校指定の自転車が家に届いた、いよいよ乗れるように練習が始まる。

新しいピカピカの自転車を見ると嬉しい気持ちになった、なぜだか分からないけど新しい道具というのは見ているだけで嬉しくなる。
汚れ一つ無い外見に傷一つ無い表面、見ているとこれに乗るんだなと現実感が出てきた。

しかし残念なことに深刻な問題があった。

私は中学生の時にはとても背が低い方だった、集会や式の時に背の高さ順に並ぶ時にはいつも前から1番か2番だったくらいだ。
身長が低いのでそれに併せて自然と足も短くなる。
そのため簡単にサドルに跨がることができない状況になってしまうわけだ。

私の目にはサドルがとてつもなく高く見えていた、こんな高い位置にあるサドルに座るなんて事が簡単にできるのだろうかと思えて仕方ない。

私にとって最初の試練は自転車に跨がるというものだった。

運動神経が良ければ地面を蹴ることでひらりと跨がることもできたと思う。
しかし私の場合はそうはいかなかった、運動神経0だったのでどうしてもそれができなかったのだ。

さぁどうしようか?

毎日通学で使用する物だから跨がれないなんて言っていられない、どうしようか?

考えても思いつかないし練習してもダメ、あの時には本当に弱った。

なので、仕方なく縁石に乗って跨がることにした、これなら問題は無い。

自転車をこぐのは上手くできたのでやはり問題は跨がるところだけだった。

私はなるべく下に足を突かないように常にこぎ続けるようにすることにした。
跨がる必要がないようにすれば問題ないと思ったわけで。

けれども私の家から中学校までは急な坂ばかりの道だった、なので立ちこぎばかりしているわけにもいかない。

どうしても無理な場合は自転車から降りるしかなかった、そして縁石が有る所まで押すしかなくなるというわけだった。

そんな生活が3年間も続いたが高校生になる頃にはようやく終わりを告げた。
高校生になっても自転車通学はしないといけなかったけれども身長が伸びたのだ。
それにより簡単に自転車に跨がることが可能になったのだ。

そうして高校生活では楽に自転車に乗れたせいで自転車通学はそれほど大変ではなくなったが、今度は電車にも乗らないと行けなくなったので違う疲れをするようになったりもした。

こうして考えてみると色々苦労もしたけど今では懐かしい思い出である、あれから随分、数十年も自転車に乗ってないけれどもまた機会があれば乗ってみたいなと思うこともある。

けれども面倒くさがりの自分だから本当に乗ることはないだろうな、とも思っている。

これが昔経験した自転車に乗るという試練への挑戦の思い出だ。

これから挑戦しようと思っている方々、最初自転車に乗るというのは本当に怖い。
倒れたら痛いし服が汚れたりもする。

けれども乗りこなした時の爽快感は今でもはっきり憶えている。
是非あなた方にも経験して欲しいので頑張ってみて欲しい。

以上

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