見出し画像

早起きして楽しむ小豆島

仕事で小豆島に行くことになった。行くのは初めて。2泊3日の滞在だけど、ほとんどずっと仕事で自由時間は4時間だけ。あとは朝早起きをすれば時間は捻出できる。

泊まったホテルはレトロなリゾートホテル。あいにくのお天気でも、ラウンジからは海が一望できる。ステンドグラス風のライトも可愛い。

自由時間を満喫する前に、朝は早起きして散歩することにした。波のおとなしい瀬戸内海は見ているだけで平穏な気持ちになれる。しばらく前に通り過ぎたフェリーの跡が水面に浮かんでいる。ごま油工場なのかなんなのか、正体のわからない香ばしい匂いがどこからか漂ってくる。

午前中の仕事を一通り終えて、ホテルに戻ってパソコン作業も終えて、束の間の自由時間を迎えた。しかしこの日は昼頃からものすごい豪雨。有名な観光どころは天気がよくてこそ、というイメージだったので、気が進まない。お昼時だし、お腹も空いた。友人に勧められたパンの美味しいお店を目指してみることにした。

ナビに住所を入れてレンタカーの軽自動車を出す。かなり近くまで来たはずなんだけれど、ナビは絶対違うだろうと思える細い農道を指す。これはさすがに絶対間違ってる......と謎の確信を持って違う道を勘だけを頼りに進んでいくが、元の道に戻ってしまう。

意を決して、軽自動車がギリギリ通れるほどの狭い農道を、ナビ通りに進んでみた。あった......!

菊太郎というパン屋さんに併設されているカフェ。着いたときには販売用の食パンは売り切れていて、車での険しい道中を振り返りしょんぼりする。しかしイートインならトーストが食べられると聞いて、元気を取り戻す。なぜか雨足の強かった空まで晴れ間を見せ始めた。

サクッとした食パンを手で割るともっちりしている。シンプルなバージンオリーブオイルも美味しいし、オレンジの甘い香りがたまらない変わり種オリーブオイルも。運転がんばって、ここまで来れてよかった......としみじみした。

これだけ感動するトーストを食べてしまうと、持ち帰り用に食パンを買えないことが悔やまれる。きっともっと朝のうちに買いに来ないといけないんだろう。次に来ることがあれば、絶対にそうする。それにもう、道には迷わない。

食べ終わって外に出れば雨は完全に上がっている。さっきは濡れないように必死で全く見えていなかったが、このお店、周りがオリーブ畑に囲まれていた。急に視界が開けて、残りわずかな自由時間を思い切り堪能しようと意気込む気力が湧いてきた。せっかくなので海が見えるところに行きたい。

私はコーヒーが大好きだけど、出張先では無闇にコーヒーを飲みすぎない、というルールを設けている。なぜかというと、外で作業できるところは大抵カフェなので、ついコーヒーを飲む。ついでに出張先での打ち合わせや取材でもだいたいコーヒーを出していただく。気がつくと一日に5杯も6杯もコーヒーを飲むことになる。好きとはいえ、カフェイン取りすぎでちょっと気分が悪くなってしまったことが何度もある。なので、自分で選べるところではブラックコーヒー以外を頼むことが増えた。

オリーブ公園の近くにあるビーチ沿い、TODAY
IS THE DAY
というカフェに来た。店員さんによると、おすすめはメキシカンチョコラテだという。晴れてきて気温も上がってきたし、冷たいものが飲みたかった。ラテと言ってもミルクとチョコレートがたっぷりなら、私のルール的にもセーフ。これしかない。

だいたい、海が見えるカフェというのに行くと、たしかにビーチ目の前だけど、近すぎて店内の席に座ると見えない、なんてことも少なくない。しかしここは、正真正銘、海の見えるカフェだった。

海なのに湖のような控えめな波の音が目の前から聞こえて来る。適度に日も当たって心地よい。ここに置いてあった小豆島ガイドを眺めていたら、もう一つ気になる店を見つけた。まだあと一箇所くらい回る時間はある。立地的にも、ここに寄って港に戻ればちょうど小豆島を一周したことになる。

向かった先は「珈琲とブーケ。」というカフェ。店名にグッときて行くことにしたのだ。店内に入ると、照明がかなり暗くて目が慣れるまでどんな先客がいるかわからない。一人だったのでカウンターに座る。

マスターに声をかけられ、仕事で来ていると話す。カウンターの端に座っていた常連客風の女の子はリゾートバイトで、小豆島に住み込みでしばらくここにいるんだとか。リゾートバイトというものに馴染みがなかったし、「リゾバ」と略すことも初めて知った。学生時代にこういう長期滞在の住み込みバイトをしてみたかったと、今はもう叶わない憧れを抱いていたことを思い出した。

後から入ってきたお姉さんは草木染めの作家さんだという。話を聞けば生まれた場所が私の故郷と近く、すごく地元の話で盛り上がった。

マスターも交えて4人で話す。なんだか、普段から通っているカフェに来たようなホーム感。小豆島にいることすら忘れてしまうほどの居心地の良さ。お客さんが入ってくるたびに扉が開き、外の光が店内に差し込み、ドアの外には水平線が真っ直ぐに見える。その景色を見て小豆島にいることを思い出す。

マスターに聞いた「ここの裏をずっと車で走ったあたりの石切場、子供の頃に見たよりも山が減っていっているようで、ときどきちょっと寂しい」という山を見てみたかった。「山が減る」という感覚を今まで一度も抱いたことがなくて想像がつかない。

帰り道、車を走らせていると、確かに「山が減る」という言葉にふさわしい景色に出くわした。車を停めて眺めてみる。減って行くというのは、長年ここに住んで変化を見なければ掴めない感覚なのだろうなと思う。

自由時間はここでおしまい。実はこのとき、本当は行きたかったけれどたどり着けなかった場所があった。翌朝、最終日。仕事の予定よりも2時間早起きして、出かけてみることにした。

目指すは西光寺。戒壇巡りができるらしい。小豆島に来る1ヶ月半前に香川県の善通寺で戒壇巡りを体験した。右も左も見えない、曲がり角も道も何も見えない漆黒の闇の中、壁を手で触りながら進んでいく。ちょっとしたアトラクションのような、それでいて少し神聖な気持ちになれるような戒壇巡りに夢中になった。それが、小豆島でもできるというのだ。

朝早い時間だけど、できるのだろうか?確信の持てないまま境内に入る。というか、もっと広大な横に長い寺を想像していたが、縦に長いこの寺でどうやって戒壇巡りを......?疑問ばかりが募る。

庭掃除をしている住職さんに挨拶をして、入らせてもらう。本堂の中に細くて狭い、階段というより梯子という方が的確な正方形の穴の中に入って行く。地下に入るともう真っ暗。壁に手を沿わせて、住職の声を頼りに少しずつ先に進んでいく。暗闇に目が慣れたところで何も見えない。今が朝だということも忘れてしまう。

すると、ちょっと先に進んだ住職が遠くでほんのりオレンジ色の明かりやろうそくを準備してくれているのが見えた。真っ直ぐじゃない道を曲がった瞬間、思わず感嘆の声を上げた。

なんて幻想的な空間。仕組みは簡単で、三面が鏡張りになっているだけ。だけど完全な暗闇の中に突然現れるこの空間に、どこまでが実像でどこからが虚像なのかわからなくなる。つい少し哲学的なことにまで考えが及ぶ。正直なことを言えば、入った瞬間は「お台場にあるチームラボのインスタ映えなアレみたい...!」とはしゃいだが、だんだんそんな浮ついた考えが少し恥ずかしくなってきた。

そこから狭い階段をぐるぐる登る。階段の狭さから、ドイツの教会の塔を登ったときの感覚が蘇る。登り切ると、そこはさっき見た五重塔の上だった。自分がどういう道をどうやって歩いてきたのか、皆目検討がつかない。「人生ってそういうもの」と語る住職の話になるほどと思い、余韻に浸りたい気持ちを押し殺して、すぐさま仕事に戻った。

快晴じゃないと、ゆっくりしたまとまった時間がないと、小豆島は楽しめないと思っていた。でも出張の合間で、美味しいものを食べたり、朝をすごくフル活用したら、全然短時間でも楽しめる。小豆島のコンパクトでありながら味わい深い魅力に夢中になった。

でも次は、絶対に絶対にオフでゆっくり来るぞ、と心に決めて東京へ戻った。

この記事が参加している募集

私のイチオシ

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?