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月のおさがり

「月のおさがり」って聞いて、ピンと来るあなたは、けっこうマニアックだと思う。

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岡山県の北のほう、兵庫に近く、鳥取との県境に奈義町という山深い町がある。美作(みまさか)といえば、場所をイメージしやすいだろうか。少し足を延ばせば、宮本武蔵の里があるあたりだ。少しといっても車で30分以上はかかる距離ではあるが。

そこに『なぎビカリアミュージアム』という小さな博物館がある。

那岐山という山を背後に抱えるだけあって、あたり一帯山に囲まれている。近くに自衛隊の駐屯地もある山あいなので、車でないと行けないような場所だ。子どもたちが小学生のころ、お気に入りのミュージアムだったため、何度か訪れた。

博物館というにはおこがましいほどの小さなミュージアムで、ビカリアと呼ばれる貝の化石を主に展示している。
ビカリアというのは円錐形の巻貝で、太いトゲのような突起がある。新生代新第3紀中新世に世界中の熱帯や亜熱帯の海に生息していたが、今では絶滅している。
ビカリアはいわゆる示準化石で、地層の年代がわかる。また、示相化石でもあるため、ビカリアが出土するということは亜熱帯や熱帯のマングローブの海だったということを示す。

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(写真出典:なぎビカリアミュージアムHP)

つまり、現在は見渡す限り山で、中国山地の端に位置する、海からはるかに遠いこの場所が、1600万年前には浅瀬のマングローブの生い茂る亜熱帯の海だったということがわかるのだ。
プレートテクトニクスとか、地球の気候変動とか。そんな学問上の遠い理論が肌感覚で実感できる。


子どもたちがこのミュージアムを気に入っていたのは、ミュージアムの正面入口の左手前庭にこんもりした岩石の山があって、そこで化石の発掘体験ができるからだ。定期的に近くの岩山から岩石を運び入れているようで、新しく岩石を入れたばかりだと化石もよく見つかる。

発掘体験は時間制で、1時間の体験でたったの200円。掘るためのハンマーも貸してくれる。大人でも十分に楽しく、夢中になって腰が痛くなったくらいだ。

化石を見つけるコツは、割と大きめの岩や石に狙いを定めること。それをハンマーで慎重にたたく。化石が入っていれば、岩がその箇所で剥離する。その快感。まさに宝探しといえる。1時間あれば、たいてい数個は探し当てることができるのも、良かった。せっかくがんばっても、1つも見つけることができないとモチベーションも下がってしまうから。子どもと競うようにしてハンマーをふるった。

発見した化石はミュージアムの職員の方が、ざっと鑑定してくれる。学術的に価値のあるものがあれば、博物館に渡さなければならないのだが、ごくふつうのビカリアや貝だと、掘った化石は持ち帰ることができる。
本当はここからクリーニングという、とても肩の凝る作業が待っているのだが、子どもたちは掘り当てただけで満足するから、帰宅してからの地道な作業は全部私の役割だった。専門の道具を持っていたわけではないので、裁縫用の待ち針で貝のまわりにこびりついて石と化している泥を慎重に剥がしていかなければならない。実に肩が凝った。でも、少しずつ姿を現すのが嬉しくて、毎日せっせと取り組んだのだが、それだけ苦労してクリーニングしたビカリアが、今はどこにいったのか行方知れずである。


さて、「月のおさがり」であるが。

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これが、「月のおさがり」
(写真出典:なぎビカリアミュージアムHP)

そもそも化石というのは、恐竜の化石でも、骨がそのまま残っているわけではない。骨が長い年月をかけて別のものに置き換わって、結果、形として残っている。これを置換という。

「月のおさがり」は、巻貝のビカリアの殻の内側に長い歳月をかけてケイ酸系の鉱物がたまってできたもの。つまり、ケイ酸鉱物による内部置換だ。
ケイ酸鉱物というのは、オパールやメノウ。そう宝石だ。
貝殻だった部分は周りの岩と同化して無くなり、殻の内側の螺旋が宝石となって輝き、残っている。その不思議。

それを「月のおさがり」と、江戸時代から呼んでいたそうだ。
言葉だけ聞くと、なんともロマンチックなのだが。
「おさがり」というのは、いわゆる糞つまりウンチのこと。
うーん、形はまさにウンチではある。
それを「月のおさがり」と名付けた江戸時代の人の風流なこと。
この半透明の玲瓏な輝きは、まさに月にゆかりのものとしたくなる。


ちなみに、私は行ったことがないが、岐阜県瑞浪市でもビカリアが昔からよく産出するらしく、「月のおさがり」の名はこの地に住む人たちが、昔からそう呼びならわしていたことに由来する。
ここには、月吉と日吉という里があり、月吉で採れるものを「月のおさがり」、日吉で採れるものを「日のおさがり」と言ったらしいのだが、今では、白っぽいものを「月のおさがり」、茶褐色のメノウを「日のおさがり」と呼ぶそうだ。


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もし、興味があれば、ぜひ『なぎビカリアミュージアム』を訪ねてみてください。

https://www.town.nagi.okayama.jp/bikaria/


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