見出し画像

通勤ラッシュの旅行者

頭から血の気が引いていく。

1人1台車がある海なし県に住んでいる私が、電車に乗るのは、至難の業だ。

「余裕でしょ」と思っていても、なぜかいつも貧血で倒れてしまう苦手な電車。

電車が苦手だったので、通学も通勤も、電車以外の方法で行ける場所を選んでいた。

名古屋までの片道20分間の電車は、通勤ラッシュと重なって混雑していた。

「もうつく、もうつく」と思いながらも、そのあとちょっとが我慢できないぐらい、指先からじわじわと血の気が引いていった。

座り込むスペースなどないぐらい、窮屈な電車のなかで、意識が飛んだ。

大学4年生の卒業旅行に向かう電車だった。

そんなに電車が嫌いなら時間を避けたり、違う方法で行けばいい、と思うが、当時両親からの援助がないなかバイトをして学費を稼ぎ、大学に通っていた私は、どうしても友人と同じルートで行くことにこだわった。

大学へ行くためにバイトをしていたのに、どちらが本業なのかわからないぐらい働いていた私が、学生時代の最後の思い出作りに向かおうとしていたのだ。

全身の血の毛が引いていくのを感じ、指先が冷たくなり、冷や汗が出てくる。

楽しみで楽しみで、わくわくすると寝れない体質も相まって、やはり電車で倒れてしまった。

もちろん、意識はない。

名古屋まで、残り一駅。

気付くと、駅のホームにいて、横にはキャリーバッグも置かれていた。

多分、同じ電車に乗ったたくさんのサラリーマンの方々が、運び出してくれた(んだと思っている)

時間に余裕を持っていたおかげで、回復した後、再び電車に乗って、目的地の名古屋についた。

満員電車に詰められて、戦地に赴く彼らのなかに、ひとり紛れ込む旅行者の大学生。

彼らの毎日には、私のように倒れてしまう人は珍しくないのかもしれない。

それでも彼らによって、私の卒業旅行は、無事に出発することができたのだ。

いつもの光景なのかもしれないけど、満員電車に乗って戦地に向かう彼らの姿は、昔からずっと輝いて、かっこいい。





ちょっといいもの食べて、もっといいヒトになりたい。