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書籍『妄想と具現』本文公開②「新時代の知財ライフサイクル」

こんにちは、知財ハンターの出村光世です。これは、2023年1月に刊行する「妄想と具現 〜未来事業を導くオープンイノベーション術 DUAL-CAST」の本文を公開するためのnoteです。
本書は、複雑化が止まらず、課題だらけの時代の中、世界を進化させるような「未来事業」が一つでも多く生まれることを願って、DUAL-CASTというプロジェクトデザインの手法を紹介するものです。今回の公開対象は本書の前半部分で、DUAL-CASTの骨子を掴んでいただける内容となります。

<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
はじめに
新時代の知財ライフサイクル
“妄想” は、具現のはじまり 
技術から未来事業を導くDUAL-CAST


知財から未来事業を妄想する

「自由に未来のサービスを考えてください」と言われても、どこから手を付けていいか分からずに困ってしまう人は多いだろう。これは企業における新規事業担当者が悩む共通項なのではないだろうか。変化が激しい社会がどの方角に向かうか予測しながら、自分たちのミッションやバリューと照らし合わせて、存在しない事業を妄想するのはとても難儀な仕事である。

そこで本書が勧めるのは、「知財」を出発点にすることだ。知財から未来事業を妄想することで、今の世の中に足りないピースを発見し、未来事業の着想を得ることができる。具体的なメソッドは本編で詳しく紹介していくが、その前に、新規事業の起点になる「知財」とはどういうものかを押さえておこう。

私たちが「知財」と呼んでいるのは、いわゆる特許のことだけを指しているのではない。人々の知的活動から生まれてくる資産全般を「知財」として広義に捉えている。そこにはサービスやプロダクト、アイデアまで幅広く含まれている。つまり、知財とは必ずしも一握りの研究者やアーティストだけがつくることができるものではなく、経済的な価値のある(かもしれない)情報のことだ。例えば小学生の自由研究も、好みのままにアレンジしたラーメンのレシピも、帰り道にふと思いついたご機嫌な鼻歌も、知財になり得るかもしれない。そういったアイデアやコンセプトを含めた知財をコントロールするための権利が、特許を含む「知的財産権」だ。

もう一歩掘り下げると、多くの人が耳にしたことがあるであろう、小説や絵画、音楽などの著作物に関する「著作権」、技術に関する「特許権」、物品のデザインに関する「意匠権」、商品やサービスに付ける名称に関する「商標権」など、これらの権利を総称して「知的財産権」という。こうした権利に対して、ニュースやSNSなどでは「権利侵害」という言葉が一緒に使われることが多く、知財や特許には「権利を保護する」方向のイメージが強く伴う。しかし、知財は「保護と利用」の二面性があり、シチュエーションに合わせてその両輪を意識することがビジネスや産業を推し進める鍵となる。

特許の両輪「保護と利用」

知財の中で最もメジャーな「特許」について、基本的なことから押さえておきたい。知財として認められる特許とは、「自然法則を利用した、高度な技術的発明」とされている。つまり、人為的な創作(金融・保険制度・ゲームのルールなど)は特許の対象とならず、技術的な創作でない真理や原理の発見(万有引力の法則、新たな宇宙物質の発見など)も保護の対象外となっている。また、技術的に高度ではない「ちょっとした発明」は、特許ではなく「実用新案」になる。実用新案は「物品の構造または形状に関するアイデア」を権利保護の対象としている。普段のビジネスの現場ではなかなか出てこないような硬い話だが、ここを理解しておくことで共通言語は増える。

特許法第1条は、こう始まる。

特許法第1条
「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」

この通り、まず特許には「産業の発達に寄与すること」という目的が与えられている。つまり、新しく生まれた「発明」は経済活動をより一層成長させることを目指しており、その実現のために発明の「保護」および「利用」を同時に促している。

この「保護」とは具体的に何か。端的に言えば、特許の権利を持っている人や企業だけが発明を独占的に実施できるように発明を財産として扱い、第三者から侵害されないように守ることだ。これは、独占排他権とも呼ばれる。

次に「利用」について。出願された特許は一定期間を過ぎるとその詳細が特許公報という形で公開される。公開された情報を「利用」することにより新たな発明が生まれるのだ。また、公開されることで二重に同様の研究する人が減り、同じ轍(わだち)をたどることに時間を消費せず、研究者はそれぞれのリソースをオリジナリティーの高い活動に充てることができる。発明は累積的に発展していくものであるから、公開により社会全体の利益は大きくなる。すべての研究室は密室でそれぞれに孤立しているのではなく、特許公報を介したネットワークで通信しているともいえる。

特許技術が適切に「利用」されれば、産業の発達スピードは加速してゆく。しかし、発明者に正しく利益がもたらされ、モチベーションを高く持ち続けられるよう、単にまねされることを避けるための「保護」の側面も補完しないといけない。「保護」と「利用」、この両輪が特許の基軸となっている。

世界を進化させる、開かれた知財

優れた技術やアイデア、価値ある情報をオープンに公開する人が増えると、そこに反応する人が増えることで議論が活発化する。生まれた発明を自社内に閉ざすことなく、他社の技術や外部のアイデアを組み合わせて、新しい事業として磨き込む。このような知財のオープン戦略はしばしば大きなイノベーションを起こすきっかけにもなる。

知財が開かれたことで市場が拡大し、多くの人々が便益を得た事例はこれまでもたくさんある。例えば、食料事情が深刻だった戦時中の日本、キッコーマンは大豆に代わる原料から醤油を醸造する「新式1号醤油製造法」を開発するも、業界全体に利益をもたらすと考え、この技術を無償で公開した。そうして国民の食卓は急速に豊かに発展した。いわずもがなキッコーマンはいまでも醤油産業におけるリーディングカンパニーとして最前線を走り続けている。

スウェーデンの自動車メーカー、ボルボ・カー社は、1959年に「3点式シートベルト」を発明して特許を取得するが、「安全は独占されるべきものではない」という考えからこの特許を無償で公開し、3点式シートベルトは全世界の自動車に標準装備されている。今なお車社会において私たちを守る、欠かせない安全装置だ。ボルボ・カー社は現在、自動車メーカーの中でも特に事故を減らすために積極的に投資し、「安全」に関する高いブランドイメージを維持している。

自動車業界で言えば、トヨタ自動車も2019年に電気自動車に関連する技術について、「自社保有の特許約2万3740件の実施権を2030年末まで無償で提供する」ことを発表した。自社の特許を他社も使えるようにすることで、業界全体で電気自動車の普及と市場拡大を目指すという意志が感じられる。

2020年以降の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)禍において東京工業大学は、疫病がもたらす社会の深刻な影響を克服するために保有する特許131件を一定期間、無償で開放した。その中には殺菌技術やe-ラーニング(遠隔学習システム)技術、介護者を支援するロボット技術などを含み、COVID-19対策に寄与する事業化の加速や新たな活用方法を通じ、社会の再起動に向
けて貢献し、広く支持を集めた。

このように食から車、医療に至るまで、知財がオープンに活用されることで世界は着実に豊かになってきた。眼前の収益だけではなく、長い目で考えた計画が、ひいては人類にとっての財産になる。そして公開した企業や研究機関はその後も努力を続け、それぞれの業界産業の中でも中核的な存在として活躍している。知財のオープン化は世界を進化させ、知財保有者と利用者の双方にとってプラスに働くことができる。

発酵する知財たち

知財を数字の側面から捉えてみよう。

図表01は、日本を含めた世界の主要な5つの特許庁の特許出願数を示している。CINPA(中国)の出願件数が目覚ましく急進していることには驚くが、USPTO(米国)、JPO(日本)、KIPO(韓国)、EPO(欧州)においては、ここ10年間おおむね一定の水準を維持している。この5庁で世界の特許出願件数のおよそ8割を占めていることもあり、日本は世界における発明のスターティングメンバーと言えるだろう。

図表01:特許出願数(世界)の状況。特許庁の情報を基に作成https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2021/document/index/honpenall.pdf

次に、国内特許の利用状況を示した図表02を見てほしい。

「利用件数」とは、取得した特許に対応する商品をつくっていること、または特許に対応する事業を行っていることを指す。「未利用件数」内の「防衛目的」とは、出願はするが利用はせず、自社の事業の利益を守るために他社による利用を防ぐことを指す。

図表02:国内特許の利用状況。特許庁の情報を基に作成https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2021/document/index/honpenall.pdf

現在、国内所有の特許権のうち未利用の特許は、全体の半数にあたるおよそ84万件に及んでいる(2019年度時点 ※出所:特許行政年次報告書 2021年版)。そのうち約56万件が防衛目的の特許とされている。残りの約28万件は、特許の取得や維持に必要なコストを負担しながらも、競合他社の特許活用を阻む「防衛目的」でもないため「休眠特許」と呼ばれている。他の主要国においても、同レベルの未利用特許があるとされているが、権利所有件数のうち16.8%が休眠していると考えると、大きな機会損失を感じざるを得ない。本書では、休眠をチャンスに変換することを目指し、より前向きな愛称として「発酵知財」と呼ぶ。時代がその特許の新規性に追いつかず、他のピースが間に合っていないが故に利用されていないとすれば、機が熟すのを待っているとも捉えられるからだ。

例えば、電気自動車は昨今の自動車業界での激しい競争を経て普及し始め、SDGs(Sustainable Development Goals)の観点からも今後ますます拡大していくと考えられているが、発明自体は19世紀中期まで遡る。数は決して多くはないが、ガソリン車が台頭する前の時代、電気自動車が路上を走っていた時期がある。およそ200年前のことだ。

技術自体ははるか昔に確立されたにもかかわらず、実用化されるまで長い時間を要するのはなぜか。それは性能を高めるために、様々な部品単位で技術革新が求められたり、昨今に見る気候変動など、時勢とともに技術への評価が変動して重要性が見直される場合があるからだ。

そう考えると、国内にある84万件の未利用特許の中には、世界を一変させるような革新的な技術が含まれていてもおかしくはない。それらの特許たちは、ただ眠っているだけでなく、社会実装されるまでじわじわと発酵しながら日の目を浴びる機会を待っている。では、発酵知財が未来に生かされるために肝心なのは何か?

まず第一に「世の中から見つかる」ことだ。

知財が見つからない「3重の壁」

残念ながら知財との出合いは通常の業務の中ではなかなか起きない。Transparent TABLEのコア技術となったマルチタッチモニターのような知財に、もっと再現性高く、繰り返し出合うことができないものか。

そう思って、自分たちがどのようにプロジェクトを進めているのか振り返ってみた。

何かしら企画を考えるとき、まずは「検索」して国内外のユニークなアイデアや近しい領域での事例を探すことが多い。面白そうな事例が見つかれば、それがどういう技術で実施されたのかを「解読」し、自分たちの目の前にある課題にどうやって「活用」できるかを検討する。どのような産業においても企画段階では、同様な一連の流れがあるはずだ。

ただ、その流れにおいて特許技術などの「知財」が入ってくることはあまりない。なぜならそれらは学会や論文といった専門的な場で流通しているからだ。たまたま興味深い知財にぶつかったとしても、その内容を正しく解読することは困難だ。文献が英語だったり、重厚長大な特許公報がヒットしたりすると端的に内容を把握しづらいことがほとんどだ。努力して解読できたとしても、そこから先の活用を考えるにはまた別の発想力が必要となり、目の前の課題とのマッチングを考える前に力尽きてしまう。

「検索の壁・解読の壁・活用の壁」。この3つが知財の流動性を阻む大きな要素だと考えている。これらの壁によって、起きている機会損失は大きい。

例えば、ビジネスサイドの機会損失として目が当てられないのは、すでに研究された知財が存在しているにもかかわらず、同じような技術を開発してしまうことだ。これは「車輪の再発明」と言われ、ビジネスにおいては絶対に避けたい状況だ。また、知財の存在を知らないが故に、企画自体を断念してしまうこともあるが、これも大変にもったいない。

他方、研究開発サイドの視点としては、見つけてもらえないことで知財提供による収益化の機会を逸してしまう。また知財情報の流通範囲がアカデミックな領域に限定されてしまうと、生活者視点での有効なフィードバックが得られず「ガラパゴス化」してしまうことが懸念される。両サイドで起こっているこうした機会損失は、数字には表れにくいが少ないとは言えないだろう。

新時代の知財ライフサイクル

知財が特許出願されてから事業化して収益を生み出すまでを人の一生に例えると、研究者が研究成果や新しい技術を特許出願し、論文や学会発表などで周知することで知財は世の中に「誕生」する。しかし、研究者が評価されやすい基準が特許出願の本数になっているケースもあり、そこで研究が一区切り着いてしまうことも多々ある。特許が社会実装に至るかどうかは、その企業の注力分野になっているか、市場規模がフィットしているか、事業部が正しく研究成果やユースケースを理解しているか、ほかに競合研究があるかなど、様々な要因に左右される。

運良く社会に出て立派に育っていく知財もあるが、多くの知財が未利用のまま発酵している。場合によっては、「生みの親」である研究者自体がほかの研究に移ったり、所属部署が閉鎖されたりするなど、適切な援助が得られなくなってしまうことも珍しくない。大半の「発酵知財」はまだ社会に出ていない「学生」のような存在かもしれない。

だからこそ知財を分かりやすく翻訳して「タグ付け」と「カテゴライズ」を行うことで、社会から見つかりやすい状態を生み出すことが重要だ。さらに生活者視点でのユースケースや、まだ見ぬ新規事業やサービスのタネを「妄想」することで、その課題に直面している人たちや、思いがけない領域のパートナーに知財の可能性を知らしめる。興味を持ったパートナーと手を取り合い、実証実験を通して、社会に貢献できるポテンシャルがあるかどうかを見極めていく。そうして様々なフィードバックを得て「いける!」と判断されれば、いよいよその知財は事業に貢献することにつながる。

その一連のサイクルを「新時代の知財ライフサイクル」と位置づけた。知財が誕生してから親元を離れて独り立ちするまでのプロセスを一連のライフサイクルとして意識する企業が増えることを願っている。

今この瞬間にも「発酵知財」たちは、社会の要請に応えるべく機が熟すのを待っている。そういった知財たちが新たなライフサイクルを巡り、社会を一変するようなイノベーションを生み出していけるよう、本編でオープンイノベーション術をひもといていこう。


<書籍前半を章ごとにnoteで公開しています>
はじめに
新時代の知財ライフサイクル
“妄想” は、具現のはじまり 
技術から未来事業を導くDUAL-CAST

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