大学3~4年:漫画描きながら研究

前回までのあらすじ
 
思い出語りまとめ
 https://note.com/denkaisitwo/n/nd3f3c20ff832
 大学に入学し、創作活動を始める話
 https://note.com/denkaisitwo/n/n5cd55453f8d3

※この話は現実を元にした完全なるフィクションです




帰宅部の反響
 「帰宅部」第一話の反応は思っていたよりもかなり良かった。
「あのう…すごく面白いんですけど…」
「更新頑張ってもらいたいものですね」
というコメントがついていた。次々に描いていこうと思った。

ファンアート

 僕の漫画にファンアートが寄せられていた。描いたのは新都社で有名な作者だった。僕も彼の漫画を読んだことがある。目玉が飛び出るほど驚いた。これは始まりに過ぎなかった。次々に有名な作者からファンアートが描かれ、「本スレ」と呼ばれる2ch掲示板でも僕の漫画は、最近熱いオススメギャグ漫画として何度も何度も上がるようになったのだった。


WEB漫画を描き続けてみると…
 2話、3話、4話、5話…描けば描くほど反響は大きくなり、想像を遥かに超えるスピードで知名度を上げた。界隈での話題作のような扱いを受ける事になった。有名な人からレビューやファンアートを次々に受け取った。僕は半狂乱になり、その気持ちをどう処理すればいいのかわからなくなった。冷静を装って、なんとか言い慣れない「ありがとうございます」といった文面で返信したが、適切な対応を取ることができたかどうかわからず、気が気ではなかった。返信の文章ひとつで幻滅されないだろうか…。新都社の「ねとらじ」の雑談で「いま注目の作品」としてレビューされた。待ってくれる人がいるんだから描かなきゃ…どんどん続きを描いた。ノートに鉛筆で漫画を描いて、スキャナーでパソコンに取り込み、画像を調整してアップロードする。また、ノートに鉛筆で漫画を描いて、スキャナーでパソコンに取り込み、画像を調整してアップロードする。すると、皆が喜んでくれる。僕も嬉しい。その繰り返しだ。



× ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
× 以下は有料です。15000字 平均読書時間 約30分程度の内容です。
× ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

漫画における目の表現
 漫画のキャラクターの「目」は物凄く大事だ。少年漫画、少女漫画、ほとんどどんなジャンルでもキャラの「目」は重要視される。小学校の頃は細かく書きこめばいいと思っていた。高校の頃はバランスも重要だと気が付いた。もっと気が付くと、もっと奥が深いものだと気が付いた。奥が深すぎて面倒くさいと思った僕は、シンプルに3秒くらいで描けて、なおかつ「江戸時代の人が見たとしても100年後の人が見たとしても受け入れられる目」を描こうとした。

キャラの顔
 自分の描く漫画の主役キャラクターは目の上側のラインを水平に真っすぐにしており、それによりダウナーな雰囲気の表情にしている。世間ではそういう作品はメジャーではない印象があった。そんな中、アニメ「らきすた」がブームになった。主人公の泉こなたの目の上のラインは水平だった。それを見た時、世間もやっとそういう流れになったのか!と思った。僕の漫画の主人公も目の上のラインは水平なんだが!と、一瞬思った。しかし少し冷静になると、それは自分が無知だからなのかも、と思った。「目の上ラインが水平でダウナーな印象を与える表情の主人公」なんて過去にいくらでも存在したかもしれない。

人気投票システム
 キャラクター人気投票システムを、見よう見まねのJavaScriptで作ってみた。自分の漫画のキャラクターの人気投票だ。クリックすることで一票がキャラに投じられる仕組みだ。「さあ、みなさん投票お願いします。」さて、どうなる…?
 一晩経ってみると、何気なく登場させたキャラクターが多くの読者の心を掴んでしまったようだ。どうも自分の感覚と、皆の感覚が、合致しているような、していないような…。読者の感情の揺れ動きは作者よりも激しい。
 例えるなら波形解析におけるサンプリング周波数と振幅が違うみたいに、作者は詳細を理解しているが、読者は感情の起伏ばかり強い、みたいなことかもしれない。嬉しいし、良いよね…と思ったから描いたキャラだけど、そんなに人気になるんだ…という気持ちでいた。だがそれも一興だ。読者は読者、作者は作者だ。それぞれ感じるものはあろう。みんなが楽しい気持ちでいられるのなら、なんだっていい。漫画を描くのは楽しい。

新章
 新章として「スマブラ編」を開始したら、さらに人気が出た。学校から帰ってクラスのみんなでひたすらゲームで対戦するというストーリーだ。ふざけて始めたのにずっと描いている。なにもかもパロディである。
 描けば描くほど、どんどん読者数の規模が大きくなってくる。アクセス数、コメントの数が、RPGで言う所のレベルやステータスのように、自分の強さのように感じてくる。尊敬する作家から称賛の声があがる。そんな事が何度も何度もある。そうして投稿を繰り返していくうちに、自分は何時の間にかコミュニティ内の「人気作家」といえる立ち位置になっていたのだった。こういう事を言われるようになった。「いつか電解質先生のようになりたい」
 尊敬している人から尊敬されているなんてことが沢山あった。褒められすぎて恐ろしい。自分はそんなに大した人間じゃないのに。自分の漫画への評価は急速に上がっていった。僕は正気を保てるのだろうか?

ギャグ漫画とは
 皆をもっと笑わせたい。がっかりさせたくない。それと同時にあれこれ実験したい。新都社のコメント欄を見れば皆がどれくらい笑ったかは伝わってくる。本スレを見てもお絵描き掲示板を見ても伝わってくる。反響が大きい場合とそうでない場合がこうした反響として表れる。そしてどうすれば皆が笑ってくれるのか、その法則も徐々に、ほんの少しだけだがわかってきた。自分が本当に面白いと思ったものを描いた時は、決まって反応が良いのだ。なにか借り物のやり方でウケようと思って描いた漫画は、読者の反応が良くない。それに自分が楽しくない。期待を込めて面白かったと言ってくれる読者は沢山いるが、本当に面白かった時のコメントの勢いは全然違っていて、すぐにわかる。人を楽しませるという事は奥が深い。目に見える正解なんて無いかもしれない。ただ言えるのは、自分の心が楽しんでいるかが重要だという事だ。

成りすまし
 偽物の電解質が新都社のスレに現れた。彼は、匿名で差別発言や他の作家のウワサ話をあれこれまき散らした後、タイミングを見て「密着帰宅部24時更新しました!」と書いた後、「やっちまった!w」と言い残して去った。知らない人からすれば、まるで本物の電解質がうっかり失言をしたみたいに見えるだろう。彼は心が歪んでしまっていて、僕の評判を貶めるために計画的な成りすまし行為をしたのだろうと思った。スレの住人は、「気にしないで」「先生ならいいのよ」などと反応した。どういうわけか許されている。こういう事があっても、指を加えて眺めているだけなのは流石に気持ち悪いなと感じた。たまには自分を擁護すべきだろうか。

新都社作者との交流
 新都社の作者の一部にはブログを持っている人もいて、その中で僕の事を褒めてくれる作者がいた。「小野さん」という人だ。彼のブログの中ではこう書かれていた。
「電解質先生はあんなに面白い漫画を描けて、しかも音楽も作れるなんて…。天は二物を与えないなんて嘘だな!?」
高校の頃のオタクの友達みたいな褒め方をしてくれるではないか。僕がこっそりやっている活動についても、詳細までチェックしてくれていて嬉しくなった。他人と交流するのが怖い僕も、この人となら関わってみたいなと思った。僕は小野さんと一緒にDTMで学んだり、一緒に星のカービィの音楽をMIDIの楽譜にしたりして遊んだ。そして、DSでポケモンの対戦をした。

ピクシブ
 イラスト投稿サイト「ピクシブ」というものが登場した。この手のネットサービスを利用するには、まずは「ID」「メールアドレス」「パスワード」が必要で、結構面倒くさい。自分でそれらを記憶しておく必要があるが覚えていられない。どこかにメモすることになる。が、どういう形でメモしておけばよいのだろう。そういう問題とも付き合っていくことになるのだろう。僕はとりあえず登録しておいた。使うかどうかは未定だが。


交流のために文章を書く
 コメントが来たので返信しなければならない。以前は匿名でいられたが、今は「あの漫画の作者だ」と思われる立場で文章を書く必要がある。そういう立場で発言するのは緊張する。変な事を言うとがっかりされるかもしれない。相手が不快にならないようにしなければならない。だけど、逆張りや天邪鬼気質のある僕は、定型的な挨拶を書くのが大嫌いだった。ついつい変な事を書きたくなってしまう。だが漫画を描く者として、読者の気持ちを邪魔するような事は書きたくない。それに万が一家族にバレてたら変な事を言われそうだ。とにかく様々な人の目が気になる。こんな文章は絶対だめだ。幻滅されるかもしれない。そうして投稿フォームに下書きを書いたり消したりを繰り返す。結局、考えすぎて不自然な文章を投稿してしまう。相反する様々な思いが発言をぎこちなくさせる。

ブログを開設する
 「電解質先生はどんな人なんだろう?」と、僕の人格を気にする人々が新都社の掲示板に沢山いるようだ。
本当は僕なんて、こんな人間だ。でも、せめて偉大な漫画家であるかのように人格者のフリをしておきたい。ブログを開設し、人格者を演じようと努めた。すごく不自然な文章を発信することになるかもしれない。どう思われるだろう。コミュニケーション能力もなければ、これまでのコンプレックスもあり、様々な要因で歪んでしまった。いろいろな要素が自分の頭の中で暴れ、ネットではどんな人格を演じればいいのか、非常に悩んでしまう。一体、どんな仮面を被ればいいのか…。掲示板で電解質として交流する際、またしても、文章を書いては消し、書いては消し…
 一度作者のキャラクターを決めると変えにくい。人格を一定に定めてしまいたくない。作者の印象を決めてしまうと、読者はその印象を元にして漫画を読むだろう。僕の漫画という料理が、僕の人格という雑味に引きずられて楽しめなくなってしまわないだろうか。そういう心配がとても強い。
 不自然な立ち回り、不自然な文章が出来上がる。が、そうだとしてもこれから手探り的に、「電解質」に相応しい仮面を見つけて演じたい。
 家族バレも恐ろしい事だ。うまく説明できないが、関係が崩壊してしまうかもしれない。意外な一面だとか言ってほしくない。家族には絶対に知られてはいけない。ネットとリアルは絶対に繋げてはいけない。ネットとリアル、どちらが本当の自分か?どちらも別の仮面を被っているだけだ。本音なんて発言できない。自分の本音なんて自分でも捉えられないからだ。

来る者拒まず、去る者追わず
 通りすがりの人は大事にしたい。「来る者拒まず、去る者追わず」そういう精神でやっていこう。どんな変な人が僕にコメントしても、丁寧に返信したい。どんなに仲良くなった人がいて突然いなくなっても、彼に事情があるのだろうと思って何も言わないでいてあげよう。

がっかりされる、がっかりさせる
 「がっかりされる」のが怖い。人気者になればなるほど怖い。学校ではそんな事思ったこと無かったのに。そして、それと同じくらい「がっかりさせる」のも怖い。みんなから楽しみを奪うようで罪悪感がある。ふたつの何が違うのか。前者は自分の満足感に焦点が合っていて、後者は読者の満足感に焦点が合っているような感じがする。どちらも怖い。怖い事だらけだ。なかなか自分を解き放つことができない理由のひとつだ。

馴れ合い氏ねの文化
 新都社コミュニティ内では「馴れ合い」にハマる作者は叩かれがちだった。ブログ・掲示板・チャット・メッセ・ネトラジ等、他の作家との交流ばかりやってて投稿しなくなるような作者は、はっきり言って匿名ユーザーから叩かれる傾向にあった。または、少々過激な発言をした作者が、匿名のアンチが続々と生まれる様子をよく目の当たりにした。逆に、黙々とストイックに投稿し続ける作者は、皆から尊敬されていた。心の内側をあまり表に出さず、漫画だけを淡々と公開する作家は多くの新都社民から尊敬される対象となった。僕も、黙々とストイックにやった方がいいのかなと思った。しかし実際には、単純に社交能力が低く下手糞だから、みんなをガッカリさせたくなくて黙っていた。なによりも、作者の人格なんかで自分の漫画に雑味を与えたくない。

嫉妬
 「自分は自分だの精神」を何度も何度も思い出す。人は人、自分は自分と割り切れば、周りに惑わされない。繰り返し思い出せばいい。そうすると嫉妬心は限りなく小さくなる。

人気作家の使命
 いつの間にか新都社の人気作家という立ち位置になってしまった電解質としての僕。
「電解質先生はセンスが素晴らしい。尊敬している。」
そんな感じの書き込みを100件は見た。有名人が僕の漫画を絶賛している様子を見た事もある。こういう事が続くと、自分の使命としての漫画家としての自意識が大きくなってくる。自分の生きる道は、これだろう。漫画を描き続けよう。それが自分のやるべきことだ。これが自分の使命。貢献の意味でも、お金の意味でも、経験から得られた結論である。多分…そうなんじゃないか。いまこそ、真っすぐにここに向かうべきなのではないか。人生をかけてでも、漫画を描き続けるべきなのだ。

才能と努力
 掲示板で議論が繰り広げられていた。「漫画家に求められるのは才能か努力か」という議題だった。どうも読んでいてモヤモヤとした気持ちになる。まず才能とは何か、努力とは何かをはっきり定義してもらわないと、何を話してるのかよくわからない。このスレの住人達はふわっとした話題をそれぞれ都合よく解釈していい加減な事を言っているように見える。才能の話だったとしても、先天的に遺伝子で決まる要素もあれば後天的に環境で左右される要素もあるだろう。人間は努力や才能で説明できるほど簡単じゃないはずだ。そういう事を漠然と考えるが、やはり全くうまく言葉にはできず、書きこむ事はしない。

まとめサイトに紹介された
 ある日、「暇人速報」という有名な2ちゃんねるまとめサイトで、僕の描いた帰宅部が紹介された。もうちょっと正確に言うなら、2chスレの「お薦めのウェブ漫画教えろ」というスレの1レス目でいきなり帰宅部を紹介する書き込みが紹介された。
 このことにより僕のサイトに多くの人々が殺到し、一時的に僕のサイトがサーバーの許容量を超えて繋がらなくなるほどだった。多くの人々が僕の漫画を読み、大量のコメントが来た。暇人速報がきっかけで急激に知名度があがった。アクセス解析によると、一日に3万人が僕のサイトを訪れたようだ。こうしちゃいられない。もっと漫画を描いてUPしなければ。このウェブ漫画の世界は、放置していると皆に飽きられ、定期的にUPすれば徐々に伸びていく事が知られている。それは正しいらしい。描けば描くほど数字がどんどん伸びていった。

プレッシャーについて
 嬉しい感覚が徐々に麻痺していくのを感じて恐ろしい。このまま自分は初心を忘れていくんじゃないかと思った。自分はそんなに面白い漫画を描いているのか?過大に評価されてないか?軽薄なものを描いてはいないか?世の中にどんな影響を与えるのか?こんなに人々にみてもらえるのであれば、もっと有意義な漫画を描くべきなのではないだろうか。僕は嬉しさと困惑を同時に覚えた。冷静になろう。そのうえで、どうするべきかを考えよう。やはり懸念してしまう事がある。コミュニケーションが苦手な僕の事を知ったら、ファンの人はがっかりするかもしれない。ギャグ漫画家が愉快な人格に違いないと思う人は多い。もしも漫画家としてこのままいくのなら、遅かれ早かれ、僕の人間性が知られることになるだろう。編集者とのコミュニケーション能力も求められるかもしれない。コミュ力は必要だ。そのルールからは逃げられない。


ゼミ

配属
 ゼミという環境に配属されることになった。我々大学4年生の上に院1年生と院2年生がいて、一番上には教授がいる。その下に助教授もいる。全員合わせて20人くらいだろうか。

留学生
 殆どは日本人だが、外国人もいる。1人韓国人、2人中国人、1人インド人。グローバルでいい。そう思う反面、実際には言語の壁があるから滅多に話さない。日本人同士が仲がよさそうに話している中、外国人である彼等は孤独を感じてはいないだろうか?そんな、不必要かもしれない心配をしてしまう。

研究室
 研究室と呼ばれる部屋の中には机とパソコンがあって、各学生に割り振られた。狭い空間に複数の人間がいる状況は居心地が悪い。僕は中学からの対人恐怖を克服できていなかった。コアタイムという概念があるそうだが、曖昧でよく意味が分からない。先輩が言うには、平日の10時~17時にはいて欲しいという事だが、何もやることの無い時間が長い。時間が勿体無いと感じ、モヤモヤした思いに駆られた。図書館や大学生協で技術書や脳科学の本でも立ち読みしている方が有意義だと思った。実際そうしていると、先輩に注意された。
「いままでどこ行ってたん?ゼミの部屋から勝手に離れないで欲しい。研究を手伝って貰うんだから、あまりウロチョロすんな」
一人だけ別行動をしている浮いた後輩…それが僕の第一印象だった。他の同期達は先輩達とすぐに打ち解けていた。

研究の流れ
 とある金属の科学的な特性の研究に関わることになった。測定室にて、金属部品を特殊な機械に入れて、機械のボタンを押し、測定が完了するのを待つ。出てきたデータをUSBフラッシュメモリに保存する。研究室に持ち帰ったデータをエクセルのグラフ等にまとめて考察する。その内容をパワ―ポイントの資料という形で、定期的にプレゼンテーションする。基本的にはこういう事の繰り返しだ。三次元測定機とか、凄い機械が沢山あって、それをおそるおそる触るのだが、楽しいような気持ちもある。慣れると全くいつも通りのルーチンワークになってしまうのだが。

測定器の使い方
 大学には様々な測定器がある。時には別の研究棟に行って、測定器を使わせてもらうこともある。使い方を先輩から教えてもらうのだが、一度ではとても覚えられるはずはなく、先輩はメモを取りながら聞けと言った。自分一人で測定するとなると、メモを取ったにも関わらず手順が分からなくなった。なにもかもメモを取ろうとすると、文字が多くなり、先輩の説明をその都度ストップさせて時間を奪う申し訳なさを感じるし、あとで読み返してもどこを読めばいいかわからなくなる。いかに要点を抑えてメモするか、それが難しい。自分一人で作業する時、どこでわからなくなるかが事前にはわからない。それ以外にも、メモを取るだけでいろいろな難しさがある。手順書でも用意してくれればいいのに。と思っていたら、あった。測定室のデスクの引き出しの中に、測定器の説明書があった。読んでみると、思っていたよりも多くの機能が充実していて、180ページの中で自分がやる作業について解説されているのは2ページほどだった。その2ページを読んだとしても、実際にどのボタンを押せばいいのかよくわからない所も多く、自分の作業に対して不完全な説明だった。とにかく複雑で難しすぎる。

研究打ち合わせ
 ここは教授室。左右には所狭しと棚が配置され、大量の研究ファイルと書物が並んでおり、教授のデスクと簡易的な折りたたみ椅子とテーブルがもうひとつあるだけの簡素な部屋だ。教授と先輩と僕とで、研究の打ち合わせが週に一度行われる。先輩と教授との会話を聴き続けるも、意味がわからなくて、どうしても眠気が抑えられない。20分以上、興味のない話を目の前でされると眠気によってうつらうつらとなり、頭がいつの間にか重力に逆らえず落ちそうになり、その瞬間に寝そうになっていた自分に気づく。あまりにも寝すぎて、「おいおい…コイツ大丈夫か?」といわんばかりの目線が向けられている。

プレゼン
 遂にその日が来た。僕の初めての研究プレゼンでは、僕は壇上で一生懸命に喋った。喋るのが苦手な自己認識はあるが、それにしてはなかなか上手に喋れたと思った。僕が喋り終わり席に戻ると、教授はまずこう言った。
「なんとも特徴的な喋り方でしたが、それはともかく…」
(どういう意味なんだ)
教授は僕の研究内容について、鋭いツッコミをいくつも入れた。測定内容の根拠、資料の見せ方など、僕に見えていない視点が数多くあることを突き付けられた。その後、先輩から個人的にこう言われた。
「さっきの発表、言葉に間が空きすぎて、すっげえ気まずい空気が流れてたで。」
全く気づかなかった。


電子レンジ
 ゼミの研究室で共同で使っているものがある。電子レンジもそのひとつだった。ある日、誰かがカップ麺を温めようとしたのかなんだったのかはよくわからないのだが、ふと周囲を見渡すと、電子レンジの中で火が上がっていた。そして誰もそれに気づいていない。危険を察知した事に気づいて、思わず僕は叫んだ。
「火が電子レンジで!!」
研究室の皆が電子レンジを見て、異常に気づいた。
 問題が解決した後、先輩のKさんが言った。
「珍しくエス君が喋ったと思ったら、『危機回避』だったわ。」
混乱した状況が的確に説明されて笑いが生まれた。笑いの理由についてよくわからなかったが、自分が皆の安全の役に立てる事が少し嬉しい。でも、しばらくして後から考えると先輩のKさんの突っ込みは面白かったな。


先輩に問う
 先輩の一人に聞いてみた。勇気を出して、たどたどしく。
「研究するって、人生においてなんの意味があるんですか?」
先輩の返答はこうだった。
「まー研究で結果を出せば、いい会社に就職できるかもしれないっていう、そう信じてやるしかねーんじゃねーのかな。」
(そうなのか…)
やっぱり先輩も人生の事なんてなにも分からずに、惰性で敷かれたレールを歩いているのだろうか。

ゲーム実況者
 パソコンでいつも観ているニコニコ動画で、ゲーム実況動画という文化が流行り始めていた。だが、知らない実況者を観た時、大体こんな感じである。
「どうも!ミッちゃんです!キー坊です!それではゲーム、やっていこうと、おーもいます!」
(誰だよ…)と、引き気味になる。
動画の冒頭によくある元気のいい挨拶。何故かしんどい気持ちになる。しかしそれでも同じ人の動画を視聴し続けていると、不思議と徐々に愛着が湧いてくるのか、最初に感じていたしんどい気持ちは和らいでいき、やがて好きになる事は多い。人には愛着が湧いて抵抗が無くなる法則があるようだ。僕はポケモン対戦の実況者をよく観ていた。弱いポケモンで強いポケモンを倒す動画だ。自分でも実況動画を観ている時間を勉強にまわせばいいのにと思いながらも、ついつい観てしまうのだ。

科学とは
 科学とは、研究とは。サンプルからデータをとり、法則性を見つける。しかしながらバラツキ、因果関係の複雑さ、思い込み、様々な理由によって学生たちは間違った結論を出してしまう。また、評価されようとして、一部の測定結果を誤魔化し、なかったことにする学生も見たことがある。教授はやはり鋭く、学生の嘘を暴いてしまう。教授はズバッと痛いところを突く事もあるし、言ってる事が高度でよくわからない事もある。不確実な事を許さず、丁寧に間違いのない事だけを積み上げて結論を出そうとする態度がある。これが科学的な態度というものだろうか。

研究のコツ・ファイル管理
 紙のプリントをどうやって保管するか。パソコン内のファイルをどうやって保管するか。ファイル管理テクニックが重要だ。これが上手か下手かで、優秀な人間は決まる。そうは思うが、「あのファイルはどこにあったっけ?」の連続である。整理整頓テクニックをあれこれ模索するのだが、どうもうまくいかない。難しい問題だ。


研究生活
 なんのために研究をやってるのか内心わからない。単調なデータ取りの作業に興味を持てない。完全に惰性でやっている。測定器がウイーンと動いている合間に、購買で買ったC++プログラミングの本を読んでいた。時間がもったいないからだ。
 知識を得たからには活かしたくて、実際にデータ解析のプログラムを組んでみた。このスキルはゲーム作りにも活かせるし、なにかの形で役に立てられるだろう自分の能力を向上させる事に意義を感じる。周囲の雰囲気に合わせて、こうしろと言われた事をするだけだなんて物足りない人生だ。

人生の法則
 机の綺麗な人は仕事ができるという法則があるらしい。整理整頓が人生を変えるらしい。日記をつけると人生が変わるらしい。ならばそうしよう。その仕組みをつけよう。今日から机を掃除して、整理整頓をして、日記を付け始めよう。

日記
 日記を付け始めた。といっても、パソコン内のテキストファイルに一行日記を書くというものだ。一日一行、今日の出来事を書く。それを毎日やる。

人生を手帳で管理したい
 そういえば、イトコのお姉さんが、フランクリンプランナーだったか、「7つの習慣」という方法を取り入れた手帳を使っていると聞いた事がある。自分もああいう形で自分の人生を管理した方が良い気がする。大学の生協で、手帳を購入してみた。フランクリンプランナーではないが、とにかくポケットにいつもそれを忍ばせて、毎日いつでも記録を取れるようにした。


どうもモチベーションが上がらない
 研究室内でも、帰ったらどんな漫画を描こうか、どんなゲームを作ろうか、そういう事を密かに考えている。そのためうわの空のようになっている。研究報告会の時間になると、はじめこそ先輩達の教授への報告を聞いているのだが、やがて猛烈に眠くなり、いつの間にか寝そうになって意識がフッと途切れ、上半身がガックンガックンと倒れそうになっている自分に気づいて目を醒ます。(寝てませんよ、起きてますよ)と体裁を整えようとして目を見開くが、もちろん手遅れである。毎回そんな事を繰り返しており、当然ながら先輩達の報告内容はさっぱり頭に入っていない。
 ある日、寝そうになっている僕に、教授は研究内容の説明を求めて来た。そこで僕がほとんどなにも理解していない事が露呈してしまった。
「君には期待していたんですが、残念だ。」
流石に見かねた教授。厳しめの言葉が投げかけられた。

知ったかぶり
 「エス君ってパソコンに詳しいんだって?」
研究室ではいつの間にかパソコンに詳しい人と思われていた。ある日、研究室内のパソコンが次々にワームと呼ばれるコンピュータウィルスに感染した。僕はウィルス対策の知識をグーグル検索によって調べ、研究室のパソコンのウィルスをひとつひとつ取り除いた。流石だと言われたが、実は僕は兄のようにITスキルのある人間であろうとして、少し無理をしていた。特に、後輩に対してや、自分の得意分野だと思われている事についてはよく知らない事でもつい知ったかぶりをかましてしまう事があった。知的な優位性を保とうとする自分が不意に顔を出すのだ。


ゲーム制作
 毎年の大学祭で、僕は自分で作ったゲームを展示する。ゲームを作るのは楽しくて、ちょっとした生きがいである。毎回、僕のゲームを遊ぶ知らない子供達を見るのが楽しみだ。ネットの掲示板でも僕のゲームを公開してみるのだが、レスは5~6件だ。決して悪くないのだが、漫画を描いていた方が、ネット上での反応は良い。作っていて楽しい事が多いのは、どちらかというとゲームの方だが、受けるかどうかでいうと、漫画の方だ。

奨学金についての戦略
 なにやら難しい資料が渡される。僕はこういう資料を読む事に苦手意識があり、読めなかった。大人達が言うには奨学金というシステムがあるらしい。大学で学ぶとお金がかかる。日本奨学金機構(JASSO)と呼ばれる、見た事もなく実態のよくわからない組織からお金を借りるのが普通の事らしい。一応は、詳しい書類が渡されるのだが、僕の知能では全然理解できない。奨学金を借りると、350万円を返済するまで、毎月二万五千円を払う事になる。へー、そうなんだ、という感想しか持てない。実感が全く伴わない。しかし、父と母はお金の問題に対してやたら敏感だ。
「社会人になったら、働いて絶対に返済してもらう。だから借りるんだぞ」
奨学金は一見ポジティブな印象の文字列に見えるが、もしかして、全然良くないシステムか?お金の計算は本当に苦手だ。何故か面倒な気持ちになる。

ネクタイとスーツ
 就活にはネクタイとスーツが必要だ。ここで親が活躍したがっているように見える。服飾に造詣のある母と大企業でそれなりの立場の父が、面接に通りそうな身だしなみを徹底的にチェックしようという気が満々だ。僕は自分の身なりには興味が持てなかった。他人にその姿がどう思われるのか、割とどうでもいい。全身ピンクみたいな、よほど奇妙な恰好でない限り、鏡に映る自分の姿をどうとも思ったことはないし、もっと良い姿になろうと思った事もない。世の中に受けるような身だしなみを整えるために労力を使う気持ちが一切湧かない。外見にわざわざ拘る事がむしろダサいとすら思っているかもしれない。
 父の運転する車でフォーマルな服屋に行った。青山か、はるやま…要するにそういうスーツを売っている店だ。
「好きな服あるか?」
父が僕の好きな服を選ばせてくれるが、よくわからない。スーツの好き嫌いなんて無い。黒か灰色かの色の違い、縞模様があるか無いかの違い、あるいはサイズの違いもあるが、それは実際に試着してみて人に見てもらわないといけない。違いを知るのも面倒だ。
「どのネクタイが好き?」
母が僕の好きなネクタイを選ばせてくれる。様々な柄のネクタイがある。ネクタイの模様の好き嫌いくらいに話が限定されれば、自分にも意見はある。例えば、緑と黒の縞々は自分が付けるのに相応しいと思える。昔から、好きな色や模様が無いわけではなかった。

これからの人生戦略
 就活なんて僕にできる気がしない。世の中の人間達はよくそんなことができるなと思う。僕には社会性が無いうえ社会性を鍛える事も苦痛だから、この不利を埋め合わせられるほどの能力さえあれば逆転できるのに…と思う。中学の頃からずっとそう思っている。だから勉強を頑張った。幸いにも、WEB漫画が好調だからそっちの道でいけるならこっちに行きたい。漫画を描く邪魔になるものは、排除しなければならない。



大学院

進学へ
 就活に恐怖を感じる。エントリーシートだとか、一次面接だとか、二次面接だとか、本当に嫌すぎて嫌すぎて、「うるせー!知らねー!」とか心の中で叫びたくなる。実際、僕が面接で自己アピールをして否定される事に精神が耐えられるだろうか?世の人間はよくそんなことができるな。圧倒的な能力でもあれば、面接なんてやらなくてもいいんじゃないか。本当は、WEB漫画が好調だからそっちの道でいけるならいきたい。

就活
 
「やってる?就活どう?」
エンジニアの発想力という講義で少し仲良くなったシミ君から聴かれた。
「まあぼちぼち…説明会に時々行くとか…」
僕はこう答えたのだが、シミ君は苦笑いをして、
「あーー…」
と苦笑いをした。そのリアクションから察した。もう、普通に手遅れらしい。今の段階で説明会に時々行く程度の意識では…。他の就職希望の学生たちは、既に企業への選考を進めていた。そうでなければ、大学院に進学するようだった。そういう周囲のルート選択の事情を見ると、僕はもう就活は間に合わないから、大学院に進学するしかないと思った。


大学時代の進路
 就活はやめだ。大学院に進学しよう。といってもこの場合、大学院なんてシステム的な話であって、同じ建物に通う生活がプラス2年されるようなものだ。
 家に帰って、院に進学する意思を示した時、父は反発した。
「おめーな。就職せず、院に行くからには、理由を説明しろ。ただのんべんだらりと暮らしたいんだったら許さんぞ。」
TOEICの得点を上げるため…と答えたが、実際は嘘で、就活をするのがあまりにも嫌だったからだ。周囲を見ても大学院に進学する人が多い。いつもは多数に流される事が嫌いな主義の僕だが、自分が弱っている時は多数に流される方が確実に楽だと言える。強い理由がないと就活という壁に立ち向かうことができなかった。それに、今の環境でもうちょっとWEB漫画を描いていたい。

父帰る
 父は今は単身赴任で他県に住んでいるが、驚くほど高い頻度で家に帰ってくる。片道10時間もかかるような長距離だろうと、車を運転する事を面倒だと言ったのを聞いた事が無い。それほど車の運転が好きなのか、それとも家族と会いたいのか…。多分、両方なのだろう。

父の説教、またしても
 僕が大学院へ進学するつもりであることを知った父は、不機嫌な様子になって言い始めた。いつも父はこういう時、表情をあまり変えず、声のトーンもあまり変わらないが、それでも確実に空気が変わったのが分かる。
「お前は就活からも逃げる。バイトもしない。お金の事をどう考えてるん?………奨学金はどうやって返すつもりなん?………なにも考えてないよな。」
父はスイッチが入ると、次々に批判的な事を言う。その批判のやり方にしても、嫌なやり方だと感じる。
「オメーは運動部に入るべきだったんじゃねえのか。あのな。高校の頃を思い出してみい。あれほど部活には入れって言ったじゃろ。部活をやってたら、いろんな経験が出来てたのに。おめーは友達と力を合わせて何かを成し遂げたとか、そういう経験があったか?それとも無かったか?」
「無かった」
僕は答えた。
「…うん。無かったじゃろ?ほらみろ。自分で何かを成し遂げるには、そういう経験が必要だって事じゃな。お前にはそれが無い。どうしてそんな風になったんなら?育て方を間違えたか?」
(そうなのだろうか?主張の展開のやり方が、死ぬほど気にくわない。父の説教は、相変らず非常に不快だ。)
話が通じる気がしない。僕はこんな父に対して、黙るしかなくなってしまうのだ。

妹の不登校
 妹が不登校になった。僕にはなにもわからないが、妹にもいろいろあるらしい。妹は漫画やアニメが好きで、帰ると録画されたアニメをいつも観ている。大学から家に帰ると、いつも母と妹がいる。妹はいつも明るい性格のように見える。しかし、不登校にもなるのだから、なにかを抱えているのかもしれない。そのように初めて思った。妹がアニメばかり見て学校にいかない理由を僕は知らない。母はこの問題をどう捉えて、母と妹はどのような会話をしているのだろう。まあ、僕の出る幕は無いだろうが…。
 
兄の就職
 
兄の就職が決まった。そして引っ越し先が決められた。遠すぎず近すぎない土地で、兄は住居を構えた。社会人になってしまった。兄の新しい住居に家族5人で行って、いい土地だなあとか言ったりした。僕は兄の新しい住居の本棚にある漫画が気になった。どんな漫画が今時流行っているのだろうか。兄も漫画やアニメが好きな人であり、漫画専用の棚がずらりと並んでいた。

兄の仕事
 お盆で皆が集まった時、父と兄が話している。僕にはよくわからない会話だったが、兄が真面目に学校でコツコツと学んできた知識やスキルをほとんど活かせない職場に配属されてしまったらしく、苦悩しているようだった。父は、社会はそういうものだから我慢すべきだと兄に諭しているようだった。僕は、兄ほどの人間が能力を活かせないのは嫌だろうなと想像した。多分、誰だって自分の能力を最大限に活かせる仕事をしたいはずだ。苦手なことばかりやらされる環境で働くことになれば、今まで勉強してきたのはなんだったんだろうと空虚な気持ちになるだろう。

ゼミの後輩
 大学院一年生になると、新しいゼミの後輩が入ってきた。僕の下に就いた後輩はF君という。F君はアニメオタクの側面を持つのだが、誰にも分け隔てなく接することのできる性格だった。F君はゼミ内の先輩達に好きなアニメを布教しようとした。
「先輩、知らないんすか?今オタクの間ではこういうアニメが流行ってるんすよ。」
「なにこれ?しらねー!お前知ってる?」
「いや知らん。マニアのだろ。」
「まあ観てから評価してくださいよ。先輩もハマるかもしれませんよ。」
「フーン。まあええ。つまらんかったらぶっ殺すからな。(笑)」
「言いますね先輩。でも絶対面白いですから。保証しますよ。」
F君はこんな会話を平気で繰り広げる。陽のフィールドで堂々とアニメを推薦できる、精神の強いアニメオタク…排斥し合う筈のものが、対話できている。
 後に、彼の企画で研究室内で「新世紀エヴァンゲリオン」の上映会が行われた。エヴァというエンターテインメント作品の力はパチスロ勢もオタク勢も巻き込んで、ゼミの皆を引き付けた。彼のボーダーレスな振る舞いは、ゼミを一体にした。そのことが、僕にとって痛快で、後輩であるF君をかっこよく感じた。

リアクション
 僕が実験棟でデータを取っている最中の先輩に、質問しようとすると、「うわっびっくりした!」と言われた。どうして僕ばかり、びっくりされる対象になるのか。

研究室飲み
 それにしても陽キャは好きなアイドルの話、パチスロの話ばかり。そうじゃなかったらゲームやアニメの話まで。たまにはもっと、神話や哲学の話をするヤツがいてもいいのにな。現実に見た事が無い。ネットにしかそういう人がいない。

酔い
 ビールが微かに分かってきたような気がする。飲みまくると起きる異変がどういうものなのか、分かって来た。陽気な振舞いができる事がある。会話をする緊張感が和らぐっぽいのだ。これが「酔い」なのだろうか?なんだかよくわからない。どうだっていい。
 僕は酒に酔っているらしい。わーわー騒がしいみんなに合わせていると、その態度が周りからはめずらしく元気に見えたようだ。同期と肩を組んでゆらゆらしていると、その様子を先輩が撮影した。
「パシャ」
「よう。エス君は最初はどうなるかと思ったけど、今は研究室の雰囲気に馴染んできてるよな。安心したわ。」
そんな事を言われた事はいままでに無かった。中二からずっと精神的には孤独で、ほとんど全ての人間と距離をとって生きていたと思う。今でもそうだ。まさか周囲と馴染んでるだなんて、先輩に言われるとは思わなかった。たとえ表面的にそう見えるだけだとしても。でも、これって酒の力なんじゃないだろうか。ほどなくして気持ち悪くなって、お店のトイレで吐いた。酒にはいい部分と悪い部分があると認識した。

記念撮影
 飲み会の最後には記念撮影が行われた。そういえば昔から、笑顔とピースサインを作ることに抵抗がある。いままで「つまらなそうにしてないで、もっと笑え!」と何度言われたか分からない。笑顔を作る事の抵抗の正体については上手に説明できないのだが、こんな抵抗があるから人とうまくいかないのは、もういい加減に分かっている。だからせめて、自分の心を失わない程度のささやかな微笑みを作ることによってその場を凌ぐしかないのだ。せめてもの抵抗が写真に表れる。




次回予告
 ネットの仲間達、初めてのオフ会、熱烈なファン、嫌で仕方ない就活

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?