小学5年生の頃の話

<文字数:約10300字 読了目安時間:約20分>

晩御飯コール
 家の2階でいつものように、64・プレステ等のゲームをやっていると、「ごはんできたでー」と、母と父の大きな声が下の階から聴こえる。だけど、いまプレイしているゲームがいい所だ。リビングに降りる気持ちにはならない。
(もうちょっとだけ、ゲームをさせてくれ!もうちょっとだけ!)
すると、父が階段をのしのしと上がってきて、近づいてくる音が聴こえる。
(ヤバい!もうゲームはここまでか!)
すぐにゲームのセーブができる地点に向かおうとするが、父はもう辿り着いたようだ。父は扉を開けた。そして言った。
「ご飯できたで。」
焦る。もう少しでセーブできるのに。父が言う。
「いつまでゲームやってるん?」
僕は答える。
「あと少しでセーブできるから。」
「そう。すぐ来いよ。」
父は階段を降りていった。でも、もうちょっとだけゲームをやりたかった。

スイミングの企画
 スイミングのクリスマス企画で、ビンゴゲームやクイズ大会でプレゼントがもらえる企画が行われた。当たればオモチャや文房具が貰えるというものだ。おもちゃがもらえない低学年たちが沢山いて、大騒ぎしていた。駄々をこねる子供達の思考の幼さに痺れを切らし、僕は大声で「論」をぶつけた。僕の意見で子供たちは黙った。「正しい事」を言えば、大勢の間違った意見をも黙らせる事ができるのだ。

子供会の企画
 定期的に開催される「子供会」でのおもしろ企画に参加した。50人の下級生の前で、5人の上級生…僕もその中にいて、壇上でサンドイッチを食べる。そのサンドイッチの中にはひとつだけワサビ入りが含まれている。誰がワサビ入りを食べたのかを50人が当てるというゲームだ。僕は壇上に立ってサンドイッチを食べた。ワサビが入っていないのだが、僕は思いっきり苦しむフリをして、床をのたうち回ってみた。すると、50人の子供たちは、見事に僕の演技に騙された。下級生を騙すのは簡単な事だ。

友達との交流と自由帳
 自由帳と鉛筆があれば、休み時間を楽しく過ごせる。自由帳の名の通り、ただ楽しいから好きなものを自由に描いている。描いたものを友達が見れば、面白いと言ってくれる。迷路を書いて解かせてみる事もあるし、パズルや立体的な錯視を書いて見せる事もある。友達と五目並べもできるし、その気になれば書いたり消したりすることでオセロも将棋もできる。オリジナルのRPGをプレイすることもできる。その時その時に思いついた楽しそうな事を書くだけである。
 
長い漫画
 最近は漫画を描く事が一番楽しい。もう自由帳を何冊も使っていて、長く続けている。もはやタイトルとして「長い漫画」という名前で呼んでいる。ストーリーとしては、主人公エスが友達の皆を引き連れて魔王の先生を倒すまでの壮大な旅を描く。皆が面白がって読んでくれる。僕の描いた細かいネタに気づいて突っ込んでくれる友達はセンスがいいと思う。でも、友達のために描いているわけではない。理由を考える事も無いかも。ただ自分の漫画の展開が進んでいくのが楽しいから描いているし、ただ手を動かすと絵ができるのが楽しいから描いている。主人公のエスが死んであの世から復活するまでの流れとか、魔王の城の仕掛けをクリアしていく流れを皆に読んでみて欲しい。

図画工作
 図画工作については夢中でずっと取り組む、相変らず「凝り性」だ。絵を描くのは楽しい。好きなだけ描いて提出したら、毎回金賞か銀賞を貰った。粘土をこねるのは楽しい。存分に好きな形を作ったら、クラスで一番だと言われた。いつもいつも、図画工作の才能があるといつも周囲から持て囃される。控えめに見てもクラスメイトの作品はつまらないと感じる。皆の作品を見渡してみると、何も考えていないような同じようなものが並んでいる。こんなことは口には出さないが、画一的で、なにも面白くない。周囲に流されているのだろうか?みんなもっと独創性を出せばいいのに。自分が面白い事を追求すればいいのに。

ケン君との自由帳
 授業の合間の休み時間は友達のケン君と、毎日自由帳でRPGを繰り広げている。ノートにHPとかMPとか、必殺技とか、敵キャラとか、地図とか、イベントとか描いて、僕は「コマンドどうする?」とか、「さあどこへ行く?」と言う。ケン君はうーんと悩み、「必殺技を使う!」と言う。めちゃくちゃ楽しい時間だ。僕の作ったルールで、ケンくんが遊んでくれる。
 また次の日になっても、休み時間にはケン君が「さあ、つづきやろうぜ」と言って僕が自由帳を開く。それがいつもの流れだ。

ダンス
 休み時間には、いつものように教室の後ろでダンスを踊っていた。コサックダンスやブレイクダンスの動きをしていると、機敏で面白い動きになった。周りのみんなにも大いにウケるようだった。これまで鍛えた脚力のおかげで、皆にはできないような動きができるようだ。むしろ、皆どうしてこんな簡単な事ができない?おまえら、なんでこんなことすらできない?僕みたいに、恥を捨てて、全力で踊れないのが理解できない。誰もかれも、自分を解き放てないのか?

歌舞伎
 歌舞伎の動きが面白い。ハッタリの効いたあの動作と口上が。
「そこの君!ちょ~っとお待ちなさい!イヨ~!ポンポン!あらよっと!」
先生に対して、ヤナ君と一緒に歌舞伎の真似をした。先生は困惑していたが、ヤナ君は、
「これ恥ずかしいよ…」
と僕に言った。僕には理解不能だった。

天才か
 よく、皆からはこんなことを言われる。
「エス君の頭の中はどうなってるのかわからない」
「エス君は大物になりそう」
「何を考えているのかわからない」
「変わってる」
「脳みその構造が違う」
「天才なんじゃないか」
生徒達からだけではない。先生達からも言われるのである。とにかく僕は変わったセンスの持ち主らしい。なにがどうしてそんな事を言われるのか、さっぱりわからない。そんなことを言われても、僕はどうすればいいのかわからない。なにかの才能があるのなら、やっぱりその期待に応えて、それを活かして生きるべきなのだろうか?

飛び級
 先生がなにか怒っている様子だ。他のクラスで「ガリベン」と言われていじめられている同級生がいるらしい。どうやら、塾に通っている生徒が、マニアックな解き方を披露したせいでからかわれ、イジメに発展したという。それを問題視した先生は、教卓の前で皆に向かってこう言った。
「人より勉強ができるからと言って、いじめられるなんて、絶対に許されない!」
先生はそのまま黒板に何か難しい数式を書き始めた。
「こういう、学校では習わない特殊な式があるけど、塾では普通に習う事もあるんだ。」
僕は面白そうだと感じて、思わず「なにそれ!」と叫んだ。先生は僕に言った。
「エスならわかるだろう。このレベルの事は。…ところで海外には飛び級という制度があってな。」
先生は黒板に「飛び級」という文字を大きく書いた。
「エスは飛び級できるくらいの素質があると思う。お前、算数でずっと満点取ってるだろ?そんな生徒はそんなにいない。」
僕の算数の成績に関して、明確に先生からレベルが高いと思われているようだ。確かに、テストが簡単過ぎるとは思う。周りの生徒を見て、なんでこんな簡単な問題で満点が取れない人がいるのか不思議に思っていた。先生は皆の生徒の方を見た。
「俺は飛び級という制度に賛成している。それ日本でもやればいいのにって思ってるんだけどな。才能ある人間には高等な教育をすべきだと思うんだよ。」
飛び級の話についてはよくわからなかったが、自分は周囲よりも優れた素質があるのかもしれない。

エス君コール
 クラスの皆が和気あいあいと面白い事を言い合っている。そろそろ帰りの会を始めようという頃、先生がしびれをきらし、
「わかったわかった!全くお前らは仕方ねえな。面白い話のできる人は手を挙げて順番に話しなさい!」
と機転を利かせた。すると遠慮なく数人が手を挙げた。
「はい、じゃあ柳沢君!」
皆の注目は柳沢君に集まり、指名された柳沢君の面白い話に聞き入った。話のオチでドッと教室が盛り上がる。先生は一人ひとり指名し、おもしろスピーチが順番に繰り広げられた。教室内の笑いの渦がヒートアップしてきた。
「もういいだろ。次の人が最後な!」
僕がなんとなく手を挙げてみると、教室内の空気は更なる盛り上がりを見せた。
「エス君が手を挙げてる!」
「エス君なら絶対面白い話をするに違いない!」
クラスの皆、僕の事を「一番面白い奴」みたいに思っているようだ。
「エス君!エス君!エス君!エス君!」
遂にエス君コールが始まった。恐ろしいほどに注目されている。まるでクラスのヒーローのようだ。
「はいはい。しょうがねえなあ。じゃあエス君の話が最後な。」
先生はしぶしぶ僕を指名した。ここまで期待されるとは思わず少し困惑したが、緊張などは一切なかった。しかし、なにか面白い話をしなければならない。行き当たりばったりで僕は語った。
「ぜんまいで動くマリオのおもちゃを買ってもらったんだけど、昨日それが壊れて変な動きをするようになってな。
虫みたいにすげえカタカタ動くのが面白いんよ。っていうお話です」
「それでオチは?」
と先生が言った。そう言われると、あれ?そんなに面白くないな僕の話。そういえば僕は、話の上手さで人を笑わせる能力がある訳でも何でもなかったのだ。
「いや、オチは無い…」
静まり返った教室で、僕だけが起立していて皆の目線を受けている。
そんな状況で僕はなんとしても何かを捻りださなければならなかった。
永遠に感じるほどの一瞬の沈黙の後、僕が咄嗟に放った言葉はこれだ。
「オチは無いので…おちんちん」
とりあえず、教室は爆笑の渦に包まれた。危機一髪だった。

母の昔話
 母がよく話してくれた話のうち印象的だったものがあった。臨死体験というやつだ。高校時代に病気にかかって、手術を受けていた時、生と死の境を彷徨った時に不思議な風景を見たらしい。ススキで埋め尽くされた河原のような場所に立っていて、突然「まだこっちにくるな」という死んだ親戚の人の声が聞こえたという。その直後、病院で意識を取り戻したらしい。

家事について
 毎日、家事の手伝いをしていた。「浴槽を掃除して湯を入れる」、「仏壇にお供えする」このふたつだ。

人を選ぶ父母
 家族でレストランに行った。料理を注文した後の事。父が
「今の店員、なんか感じ悪かったな」
と言った。母も
「シーッ声大きいって。でも確かに今のはちょっとな。」
と小声で共感を示した。僕は父と母の発言に共感できなかった。店員の態度について、なにがそんなに嫌だったのだろう。むしろ、父と母の態度に違和感を覚えた。人の事をわざわざ悪く言う必要も無いだろう。人の事をそんなに悪く感じていると、気分良く生きていけない気がする。釈然としない。これも「大人になればわかる」のだろうか?

人を選ぶB君
 家が隣で幼馴染のB君とは、偶然なのか一度たりとも一緒のクラスになる事が無い。ごく稀に、委員会などで一緒になる事はあるが、本当に稀である。そういう時、僕が他の友達と仲良く話していると、B君が苦々しい顔でこんなことを言ってくる。
「あんな面白くない奴とつるんでんの?アイツはイケてない。うっとおしくね?」
僕は驚く。どうしてそんな事を言うんだ。人にそんなことを言うものじゃない。でも、B君が言うのだから…。葛藤が生まれつつある。僕が普段関わっている友達は、B君にとってイケてないらしい。B君とも他の友達とも仲良くしていたかったけど、うまくいかないようだ。どうして、そんなに人を選ぶんだろう?みんなが、みんなに平等にすればいいのに。

妹と遊ぶ
 3歳の妹と遊ぶのが楽しすぎる。妹を毛布にくるめて激しいゆりかごのように振ると妹は大笑いした。笑っている妹を見ていると、こっちもつられて楽しい気持ちになる。
 調子に乗って大きく振り過ぎた時、妹が空中に投げ出された。妹は落ちて床にぶつかった。妹は一転して大泣きした。こんなとき、妹へのダメージがわからない。母になんとかあやしてもらおうとした。大泣きしている妹を自分にはどうすることもできなかった。

流行りに乗るとは?
 テレビによると、女子高生の間でルーズソックスが異常に流行っているらしい。流行りってなんだろう。本人が本当に好きでやっているのなら全然いいと思うけど、もしも「周囲に合わせておけばイケてるんだ」という思考になっているのだとしたら、それはどうなんだろうと感じる。なにかいけ好かないものを感じる。僕のセンサーがそう反応している。薄っぺらいような、うまく言えないものが。やがて妹がテレビのガングロギャルみたいになってしまったら嫌だなと思った。「流行りに流されるな」と、まだ幼い妹に教えてやりたい気持ちすらある。

友達グループ
 去年仲の良かった友達と久々に廊下で会った。彼は別の友達と3人で歩いていた。早速まとわりついて笑わせてやろうとしたら、彼は目を伏せて暗いトーンで言う。
「わりい。オレいまは別の友達といるから離れててくれ。」
意外な一言に、興が削がれたような気分になった。僕は言われた通りに離れた。それにしても何故そんなことを言うのだ。どうしてそうやって友達のグループを別々に作ろうとするのだ。全員一緒に仲良くすればいいだろう。それじゃ駄目なのだろうか。

みんなの日記
 学級通信として先生の作ったプリントが配布された。いつものように。毎日プリント類を配られるけど、実はマトモに読むことはほとんど無い。僕は文章を読むのが苦手なのだ。他のみんなは読んでるのだろうか?プリントの30%くらいを占める欄として、みんなの日記が紹介されている。毎日、クラスのみんなは宿題として日記を書いている。先生はその中から興味深い生徒の日記を抜粋して、学級通信に掲載するのである。僕の日記も掲載される日がくるだろうか?いや、あまり期待できないだろう。なんせ僕の日記は自由に書きすぎている。よい子の文章ではない。ドゴーンとかズバーンとかそんなノリで書いているからだ。

読書感想文が苦手だった
 読書感想文と聞くだけでなにか嫌な気持ちになる。夏休みの宿題において最も嫌な壁だった。その理由もうまく説明できなかった。残念ながら自分には言語能力が足りていなかった。本当に感じた事や思考した事を的確に書く事はできなかった。
「この本を読んで、うまくいえない事を思いました。説明はできません。」
こんな内容では通らないのだ。先生は首を縦に振らないだろう。むしろそう思った父さんと母さんが首を縦に振らなかったのかも。とにかく大人達から「そんな文章じゃ駄目じゃない?」という雰囲気の事を言われて、結果的に戦略として、良い子の文章を書くことにしたのだった。パッケージ化された借り物の文章を書けば、簡単に提出物としての品質が確保される。そういう現実的な事情がある。
「うれしかったです。たのしかったです。すごいとおもいました。はげまされました。ぼくにはとてもできない。」
そういった類の定型文に溢れた原稿だ。もちろんそれは、本当の自分の感情や思考とはしばしばズレている。本来の自分をないがしろにして嘘つきの文章を書くことになる。一文字ずつ原稿用紙に向かって鉛筆を走らせ、噛みしめるように嘘をつく。心の中でなにかが失われるような感覚に陥るのも無理はない。これを読んだ大人達は、自分の事を誤解するのではないか…取り繕っているのだという事を汲んでくれればよいのだが、そのまま受け止めてしまうかもしれない。親や先生が自分の内面を誤解し取り違える展開に暗い将来を感じざるを得ない。なにか嫌な予感がまとわりつくようだった。こんなことを続けていると多分、良くない事になるような…。そう予感すると当然ながら、読書感想文なんてやる気にならない。本を読む気もなくなる。
 読書感想文なんて書きたくない。
 
ハギワラ君
 友達のハギワラ君が僕の家に来て、ゲームで遊んだ。ひとしきり遊んで、帰っていった。母がハギワラ君に否定的な事を言った。母が言うには、
「あの子から、何度も叩かれてたでしょ。どうせゲームが目的で、交流が目的じゃないように見える」
という。確かに僕に対してよく「デュクシ!」と小突いてくるがハギワラ君の事は嫌いじゃない。母の判断で僕の交友関係をコントロールされる方が遥かに不愉快だと思う。
 翌日の学校で、「お母さんがハギワラ君の事を嫌ってるみたいだよ」とハギワラ君に伝えたら、彼は事情を受け止めたらしい。
 ハギワラ君は、お菓子を持って僕の家に遊びに来た。ひとしきり遊んだ後、ハギワラ君が去った後に母が、なんと、こう言った。
「お菓子なんかでご機嫌を取ろうとしても無駄だから。」
あんなに優しかった母が僕の友達の思いやりの行動を完全に否定した事に、なにかがおかしいと感じた。ハギワラ君との関わりに残酷な神のように介入してくる母は、もともと全ての人間の中で最も信頼できる人物だったはず。

不謹慎ネタ
 ニュースで、中学生が殺人を犯した事が話題になっていた。アナウンサーやコメンテーターが眉をひそめ、凄惨な事件だと言った。大人達も明らかに言葉に詰まっていた。うかつな事が言えない雰囲気があった。
 ある日、兄が殺人犯のセリフを正確に暗記し、ギャグみたいに言った。兄のやり方は危険な魅力があった。言ってはいけない事を絶妙のタイミングで言うと、何故か笑いに変わってしまうのだ。母は当然やめなさいと言ったが、僕は人々が忌避するタブーを破る事に内心で痛快さを覚えた。
 その翌日、先生に胸ぐらをつかまれた。
「お前は、なんでそんな事をしたんだ!」
何故怒られているのかというと、プリントに殺人事件のセリフの落書きをしたからだ。
「なんとなく。」
「なんとなくだ!?いつもお前はそれだな。なんとなくで行動してんのか?考えてから行動しろ。いつも言ってるだろう。」
理由がうまく言葉にならない。黙ってることしかできない。
「遺族の方たちの気持ちをもっと考えろ。」
悪い事だとは認識している。しかし、申し訳なさそうなフリをすれば死んだ人が生き返るわけではないだろう。やはり、何かが変だと思えて仕方がない。自分の考えていることがうまく説明できない。なにかとんでもないすれ違いが起きているような。

動物実験
 課外授業の一環で、ビデオ映像をみんなで見る事になった。タバコの有害性を啓発するために動物にタバコの煙を吸わせたらどうなるかという実験で、拘束されたウサギが煙を吸わされて鼻をピクピクさせている様子が映されている。これを観てクラスメイトの皆が口々に言う。
「可哀想~!」「ね~!」
いまいち、そういう感覚に同調できなかった。ビジュアルはいかにも可哀想っぽく見える。しかしちょっと考えると、ただウサギに煙を吸わせているだけだ。それはそんなに眉をひそめるような事だろうか。もしこれが暴力の瞬間なのだとすれば僕だって可哀想だと思う。でも、煙を吸わせているだけならそれほど可哀想だとは思わない。本当に可哀想だと思った時にだけ、可哀想だと言いたい。こういうのは科学の発展のための実験でもある訳だし、むやみやたらと感情的になるのはどうかと思う。でも、こういう事を言うと反感を買うのだろうか?人の心が無い奴みたいに思われるのだろうか?僕も、「可哀想だと思います!」と皆に合わせなきゃいけないのか?

シャーペンの芯
 変な奴であるという事が自分のアイデンティティみたいな所があった。時には奇抜な事をわざとしようと思った。
「なんか変な事やって見せてよ!」
「いいよ。」
僕はシャーペンの芯をボリボリ食べるという芸を披露した。
「おいおいおい!なんだコイツ!」
少しくらいなら平気だろう。体には多少悪いかもしれないが。
「やべえ…!」
「コイツ、シャー芯食うぞ」
ボリボリボリ…

ゲームの貸し借り
 学校では友達同士でゲームを貸したまま返ってこなかったり、又貸しをしていたり、データが消されていたり、そんな事件が日常茶飯事だった。友達Yにマリオカートを貸したら、2年間戻ってこなかったし、友達Kにゲームボーイを貸したら、そのまま引っ越してしまい、返ってこなかった。後になって、「アイツに貸すと返ってこない」と他の友達から言われていた。

夏祭りとゲームボーイブロス
 田舎のビンゴゲーム大会で、一等賞をゲットした。「ゲームボーイブロス・グリーン」だ。物凄く嬉しくて、わくわくが止まらない気持ちになった。丁度、古いゲームボーイが無くなっていた。ゲームボーイ用ソフトをプレイするには、B君にハードを借りなきゃいけないのに、自分のゲームボーイが無いのだ。そんな時に、自分だけのゲームボーイブロス・グリーンが突然ビンゴゲームで思いもよらないプレゼントとして突然やってきた。僕は飛び跳ねるほど嬉しかった。
 幼稚園児の頃に病院でずっと触っていた思い出のゲームボーイは、クラスの友達に貸してみたら、そのまま引っ越しして無くなってしまった。そんなタイミングで、新しく緑色の自分のゲームボーイが、遂に、自分の手に!
 母は「あの時の喜び方は忘れられない」と、その時の僕の様子を度々語った。

書道とたまごっち
 書道の表彰式が格式のありそうな大きなお寺で行われた。決められた時間になれば、書道で表彰される子供達とその親が静かに整列し、所狭しと並び、式が繰り広げられる。周囲のそこかしこからたまごっちのアラームが聞こえてくる。世間ではたまごっちが異常なくらいに流行っている事が証明されているように。母も「てんしっち」のお世話を頻繁にしている。ごはんを与えて満腹にし、遊びをしてご機嫌を取り、常にフルパラメーターを維持するために、注意を払っている。
 そんな中、書道で優れた成績を残した兄と僕は、賞状を受け取るだけの嬉しいような退屈なような時間を待っていた。

ボゴロスコ君
 3年生の時からの友達が家に来て、一緒にニンテンドウ64で遊んだ。「ドリルでGO」というミニゲームで一緒に対戦した。ルールは簡単、コントローラーのスティックを速く回転させれば地下を掘る事ができ、一番早く地下水脈までドリルが届いたら勝ち、というゲームだ。僕は圧倒的な早さでスティックを回転させ、一番になった。
「早え!エス君、ボゴロスコ早えやん!」
「…ボゴロスコ!?」
友達が聞いた事も無い謎の修飾語を言ったのがめちゃくちゃ面白かった。

マリオカート
 一人でマリオカートをやっていた。最高難易度のグランプリモードに挑戦するも、かなり苦戦していた。せっかくうまくいっていたのに、いいところで甲羅が飛んできてクラッシュし、3位に転落した。そこに都合よく後から走ってきたクッパに跳ね飛ばされて池に落下した。7位になってしまった。まだなんとかなると思っていたら今度はドンキーに跳ね飛ばされて再び池に落下。もうだめだ。僕はゲームの理不尽さに対してイライラし、「ああ!!」と叫んでコントローラーを投げた。

ゲームは楽しむための物
 しばらくして落ち着いたら、(一人でゲームに怒るなんて自分は馬鹿か?)と思った。こんなことで心を乱されても何の意味もない。ゲームの目的は本来楽しむためだったはずだ。楽しむのが目的のゲームをやっているのに、楽しめなくなったら本末転倒でしかない。

借りっぱなし
 僕がコウノ君から貸してもらったボンバーマンを1年間借りっぱなしにしていると、まるでずっと返さなくてもいいような気持ちになって、自分が元々持っていたゲームのように感じていたのである。直接そのゲームの話題になった時、「そろそろボンバーマン返して」と言われ、僕は言った。「え?ボンバーマン壊してって?」コウノ君は黙って険しい顔をした。「あ…今度返す。」僕は自分が悪いとやっと気づいた。

バレンタインイベント
 女が男にチョコをプレゼントする風習があるので、母からと、Aちゃんからと、スイミングと、子供会から貰ったチョコがある。人から物を貰う事は案外多い。そういえば、僕はあまり誰かに物をプレゼントする事が無い。だからホワイトデーは気まずい思いをする。もし僕が誰かにプレゼントすると「エス君がそんなことをするなんて珍しい!」なんて言われる。それが嫌だ。しかしながら、貰ってばかりでちょっと良心が痛む。
 今年は同じクラスの女子からもチョコを貰った。それは、家の玄関の前に置かれていた。まあそういう事もあるか。「あれ?」と思った。そこまで親密でもなかったはずの女子が、僕の家に来て直接手作りのチョコを置いた。珍しい事だ。翌日、学校の階段を上がった所で、その女子が待っているかのように立っていた。しばらくの沈黙のあと、彼女は
「わからないの?」
と言った。僕は
「なにが…?」
と言った。彼女は去っていった。
(???)

拍手
 体育館で様々なイベントが行われ、みんなで拍手をすることが数多くあるが、一体あの拍手は誰が最初に叩き始め、誰が最後に叩き終わるのだろうか。誰かが指示している訳でも無く。みんなが雰囲気を察して拍手しているような気がする。あえて、一番に叩き始めたり、最後に一発叩いたりしてみたらどうなるだろうか試してみると、それに釣られて数名が拍手のペースを乱され、全体の空気が歪んでしまうのが分かった。

通知表
 5年生ももう終わり。通知表は各項目へのABC評価で、Bが多く、Aがその次に多く、Cが時々あった。例年通り、図工の項目は全部Aだった。反対に苦手なのは家庭科だった。備考欄にはこう記述されていた。
・ユニークな発想で皆を驚かせる。
・個人行動が多く、協調性に欠けているところがある。

小6年 https://note.com/denkaisitwo/n/nc6a3781eb4c5

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