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小説『漆黒の時刻表』

浅間横田駅 上り時刻表

13:26 特急 仙木原

13:28 急行 北森 

13:32 普通 西四条 

13:37 特急 仙木原

13:39 急行 新開地  

隣駅 浅間横田駅の時刻表を、ボーッと眺めている。僕をあの世まで送ってくれる電車たちだ… 

この駅は北横田といって、浅間横田駅のひとつ隣にある。普通しか停まらず、あとの種別は全部通過する。だいたい浅間横田を発車後、2分後には通過する計算だ。

だから、自殺するにはもってこいの駅なのだ。え? 自殺…だって?

そう。 今日、僕はここで飛び込み自殺をする・・・

どうして、こんな事に至ったのか。あれは、、、

*   *   *   *   *

一昨日のことだった

夕暮れ時に、その静寂を破るかの如く電話のベルが鳴り響いた。

電話口の声は父親のものだった。
「おいっ! 話があるから、近いうちに家に来い!!」「明後日は空いてるよな? 父さん家で待ってるからな?!」

その声に、胸が締め付けられ心臓の鼓動が激しくなったのが、自分でも分かった。

何故呼ばれたのかは、薄々気づいていた。大学の成績のことだ… 

僕は市内のそこそこの大学に通う大学生なのだが、単位を落としてばかりで留年ギリギリだった。

ウチの父親は厳格な性格で、幼いときから勉強勉強と言われて育ってきた。逆に、それ以外のこと(遊びや恋愛)をやっていると「怠け者の役立たずがっ!」と怒鳴り散らして殴ってきた。

父親自身、不器用な性格で学生時代は勉強しかやってこなかった人間だ。周りの人間と上手く関係を気づけなかったのであろう… 

そんな家庭環境の中で育ってきたので、実家に対して良いイメージがなく、近寄ること自体避けてきた。

しかし、呼び出されたのでは行かない訳にもいくまい… 以前、父親からは「今度、成績良くなかったら退学だ!!」と脅しを掛けられていた。ヤバい… 大学を辞めさせられるかも…

嫌な冷や汗と共に悪寒がした。
今の自分の状況は、極めて最悪だ。なんせ、つい最近付き合っていた彼女と破局して独り身になってしまったからだ… 失恋したショックは想像以上に大きいもので、このぽっかりと空いた心の虚無感を埋め合わせるものは何も無かった… 

そこにきて、これである。 無意識に”自殺”という2文字が脳裏に浮かんだ。

もう終わりにしよう・・・ 

そう思ったとき、不覚にも涙が自然とこぼれてきて止まらなかった。

*   *   *   *   *

明くる日になった

この日のことは、あまり記憶にない。
何をするにも死人のように無気力で、ただただ時間だけが過ぎていった。

《迫り来るタイムリミット》

それに怯えながら、残された時間をどう過ごそうか考えていたのかもしれない…

*   *   *   *   *

そして今日

父親に呼び出されて、実家に帰らなければいけない日だ。

僕はある決断をした。それは、、、

“飛び込み自殺”

実家に帰るまでの間のどこかで、線路に飛び降りようと… 
この路線はスピードが速く、飛び込んだら確実に助からないのは周知の事実だった。場所は、通過列車の速度が一番速い浅間横田駅にしようか…

最期の身支度を済ませて、家を出る。

さようなら・・・永遠に  

慣れ親しんだ部屋に別れを告げて、最寄り駅に向けて歩き出した。

目的の駅までの道中、これまでの思い出が走馬灯のように頭を駆け巡った… 良い記憶も悪い記憶も。電車内では泣かないようにはしていたが、堰を切るように涙が溢れて止まらなかった。ひと駅、またひと駅と進むにつれて、残された時間も短くなっていく… 

誰しも人生はいつか終わりが来る。しかし、その終わりのタイミングが分かることほど残酷なことはない。

30分ほど乗っていると、目的の北横田駅に着いた

反対の上りホームに行って、時刻表を確認する。

時刻表に並んだ時刻は、僕をあの世まで送ってくれる電車たちだ… 

つまりは、僕の人生が終わりを告げる時間。

もう全てを終わらせて、楽になろう・・・ 最期に飛び込む勇気を振り絞って・・・

追い詰められた者たちの境地は、誰にも分からないだろう。誰に理解されるでもない、孤独を…

*   *   *   *   *

最期の1分

「まもなく、2番線を通過電車が通過します。危ないですから黄色い線の内側までお下がり下さい。まもなく、電車が通過します。」

電車の通過を知らせる放送が、ホームに鳴った。もうこれで最期…

僕はうつむきながら、ホームの端に立った…

全てを無にして、足を一歩踏み出す。
弱虫で意気地無しの自分が、勇気を出したのが死ぬ間際とは、とんだ皮肉だ。でも、もうそんな事もどうでもいい。

視界の端にかすかに見える電車のシルエット…

けたたましく鳴り響く警笛… 僕はそのまま身を捧げた… 

さようなら・・・永遠に

― 完 ー

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