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【脳波解説3】はじめて脳波を測ったときのこと

第一回と第二回では、脳波とはそもそもどんなものなのか、その導入的な話をしてきた。
今回は少し毛色を変えて、私がどのような経緯で脳波研究の世界に入り、研究を進めてきたのかについて話したい。


記憶が正しければ、私が初めて脳波を計測したのは大学2年生の3月ごろだ。
慶應義塾大学環境情報学部の牛山潤一研究室に所属してから約半年が経ち、そろそろ自分で実験をしてみたいというときだった。

先生にメールで「脳波の取り方を教えてください」と頼み込んだのを覚えている。
先生はガタイが良くて声も大きく、圧があったから少し勇気がいったが、二つ返事で快諾してくれた。学生のやる気にはとことん応えてくれるのが先生だった。

日程を調整し、研究室で先生とマンツーマンで脳波の取り方を教えてもらった。
このときの記憶はおぼろげだが、先生の頭を直々にお借りして脳波を測らせてくれた。
先生は「目を開けた状態」と「目を閉じた状態」で脳波を比べてみようと言ってくれた気がする。それに加えて、僕は集中力などに興味があったから、集中状態のひとつとして暗算をしているときの脳波も測らせてもらった。

電極をひとつだけ、先生の頭のてっぺんにおいて計測した。

振り返れば、これらは先生のありがたい計らいだったのだと思う。脳波は、目を開けているときと閉じているときで明らかに異なる挙動を示すから、その比較は最初の練習にピッタリだ。それに、初めから大量の電極で計測してしまうと解析が大変すぎて投げ出してしまうかもしれない。僕が脳波にのめり込んだのは、先生に誘導されていたのかもしれないなと、書きながら思った。

脳波を測るのは、実はそれほど難しくない。頭皮に電極を設置し、ペーストで密着させる。それに加えて、耳たぶにアース電極や参照電極を配置する。雑にいうと、耳たぶにも電極を配置するのは脳波が無い安定した場所に電位の基準を設けるためだ。詳しいことはいずれ書ければと思う。

脳から得られる信号は、頭蓋骨などによる減衰を受けるからとても微弱だ。だから、これを増幅するためのアンプという専用の機材にケーブルを繋ぐ。これを適切にセッティングして、PCに接続する。それで、PCのプログラムを始動すれば、計測ができる。

PCの画面に先生の脳波が表示された。初めての脳波だ。
感動的な瞬間だが、当時は右も左も分からなかったから、特に感情が湧き起こるようなことはなかったというのが正直なところだった。

ひとしきり脳波を計測すると、先生は計測したデータと、参考用の解析コードをくれた。解析コードには、脳波データを解析する簡単なプログラムが書かれていた。

よく覚えていないが、その場で先生に聞きながらプログラムを回したような気がする。

プログラムにはもっとも基本的な脳波解析のひとつであるフーリエ変換が組み込まれていた。プログラムは決して得意ではなかったから苦労したはずだが、何とか自分で取ったデータを解析することができた。

結果は、目を閉じているときにはっきりとしたアルファ波の存在を示していて、目を開いているときにはそれが無くなる様子を示していた。
目を開けているか閉じているかというだけの違いで、脳波は大きく変化するのだった。

ただ、実を言うとそれ以上のことは何ひとつ分からなかった。

目を閉じているとアルファ波が出るという「常識」を再現できたからといって、そこからどうやって新しい発見をするのだろう?
そもそも新しい発見とは何なのだろうか?

もっと分からなかったのは、ただ目を開けているときも、暗算に集中しているときも、フーリエ変換の結果はほとんど全く変わらなかったことだ。

頭の中でしていることはまるで違うのに、脳波解析で得られた結果はまったくと言っていいほど同じ。

脳波ってなんなんだ?

脳波で何が分かるのか?

アルファ波が出るか出ないか以外は大した違いがわからなかった。

普通ならここで、脳波って面白く無いな、と思うのかもしれない。
でも、なぜか僕はそこから脳波に引き込まれたのだった。

これが、脳波研究への入り口だった。

今思えば不思議なことだ。
何も分からないのに興味を惹かれたのだから。

でも、それが科学というものなのかもしれない。
分かってしまったら面白くないのだ。

分からないと何とかしてみたくなるのが、僕の性格らしい。

なにも分からない脳波を、何とか分かろうとして来たのが僕の研究の原動力だった。

もうひとつ脳波に惹かれた理由があった。

脳波の波形をスクロールして眺めている時間に没頭していたのだ。
別に眺めていて何が分かるわけでも無い。
ただ、時折綺麗な波形が現れて、波の数を数えてみると1秒間に10回だと分かる。アルファ波だ。稀に、もっとゆっくりでぎこちない波形、1秒間に6回程度の波が現れる。シータ波だ。シータ波はアルファ波よりも出現頻度が低くて、レアだった。アルファ波は、近所の森でコクワガタを見つけるようなものだったが、シータ波を見つけたときはもっと珍しいノコギリクワガタを見つけたときのような興奮があった。

解析前の生波形を見ているのは、フーリエ変換の結果を眺めているより何倍も楽しかった。

まるで昆虫採集をしているような、星空を眺めて星座を探しているような、そんな感覚に近い。ときどきレアな波形が現れると、その脳活動が何を引き起こしているのだろうと、想像が掻き立てられる。

これは幸せな時間だった。

このときから、私の脳波を巡る長旅はスタートした。
なんとかして脳波がわかりたくて、本や論文を読み漁っては、そこで得た知識を自分のデータと見比べた。

研究を進めれば進めるほど、脳波は謎を深めた。
それでも時折、脳波について少しだけ理解したと思える瞬間がある。

この連載では、何も分からない脳波の少しだけ分かった部分を共有していければと思う。


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