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短編『窓際の姫君』

とある大学の、とある部室。

「……なるほど。この“おさげの子”には、実在するモデルがいるの?」

思わず『“姫君”です』と言い返しそうになったが、ぐっとこらえる。

「そうです。ただ、実際には話したこともないので、モデルと言っていいのか……」

「ふんふん。じゃあ、これは一種の私小説なんだな」

「そう……ですね。いや、やりとりは全部脚色っていうか、創作なんですけど……」

「面白い」
「……え?」
「いや、面白いと思うよ、これ」

唐突に褒められたので、一瞬脳が追いつかない。

(サークルの新人囲いなんだから、優しくて当然だろう)

なんて、頭での冷静な批評に意味はなく、どうしたって心が躍ってしまう。

「本当ですか?」
「お世辞じゃないよ。なんというか、情熱を感じる。恋心らしささえある」
「そうなんです。ずっと目に焼きついてて」

「あ、この『窓際で本を読みふける彼女の横顔』ってあたりか」
「はい!その、文芸をやってみたいなと思ったきっかけも、少しでも彼女の気持ちを理解したいな、と思ったからで……」
「うんうん……じゃあこれは、言うなれば恋ぶm」

『はいそこまで!』

奥の扉の向こうから、よく通る声が飛んできた。
この先輩以外にも人がいたのか、そりゃ部室だしなぁ。
思わず赤面する。

『司(つかさ)、喋りすぎ。口じゃなくて筆で語ってもらえよ』
『あと調子に乗せすぎ。これから仲間になる人なんだから、もうちょっと先輩らしいアドバイスをさぁ……』

「悠(ゆう)さん、せめてこっち来て喋ってください。書斎占領してないで」

軽快なやり取りは、人間関係の良好さを端的に示している。

サークルの雰囲気はいい。
しかし、自分一人が置いていかれる感じは、かなり心細い。

「あの……」
「あ、ごめんごめん。あっちの部屋にいるのは悠さん、三年生。ちょ〜っと偏屈な人なんだけど……会ってく?」
『あんまり失礼なこと言うなよ、変なイメージつくだろ』
「安心してください、もうついてます」

司さんは、奥の部屋からは聞き取れない程度の小声になった。

「悠さん厳しいから、個人的にはまだ相手させたくないんだよな〜。明日なら人もいっぱい来るし、改めて続き話せると思うけど……どうする?」

確かに、自分の作品が批評されるのは怖い。
今まで、人に見せてきたことなんてなかったから。

「……いや、お会いしてみたいです」

でも、ここで引いてしまったら。
『窓際の姫君』に見てもらえるような物語は、きっと一生作れない。

「……!」

机の上にあった原稿を掴み取る。端も揃えずに持ち去る。
奥の扉まで駆け足で進み、
大きく一歩、踏み込んだ。

「何でも言ってください!全部直します!!」

「ほう……」

この大学の文芸サークルは部室が広く、書斎があるという噂は本当だった。
そこに座って執筆することは、エース級の部員の特権らしいと聞いている。
柔らかそうな椅子にどっしりと腰を据え、私を迎え入れたのは––––––。

「なかなか、いい度胸だ」

真っ直ぐな黒髪を肩口で切り揃え、真っ直ぐな双眸でこちらを見据える。
眼鏡をかけていない、制服ではない、三つ編みでもないし、横顔でもない。

でも、一瞬で分かった。
彼女だ。

『窓際の姫君』は、ここにいた。



「おーい。どうした?突然固まっちゃったな……なあ、司」
『何です?』
「ウチ、恋愛禁止だからな?」
『今更なんですか、知ってますよ』
「いや、彼女……藍(あい)ちゃん、ね。可愛いから、ちょっと心配でさ」
『あ〜……』

文芸サークルの女王が、新入生の持ち込み原稿を手に取る。
立ち尽くす作者を無視して、熱いラブレターにじっと目を落とす。

自分のこととは露知らず。

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作者コメント:
お題『女子大生の百合』です。
お題箱に送ってくださった方、誠にありがとうございました。

ここから後編も書けそうだな〜と思ったのですが、
今回はボロが出過ぎないうちに、サクッと切り上げさせていただきます。

読んでくださった方にも大感謝です。
今後とも、よろしくお願いします。

2020/6/6 あくび侍

常に前よりダサい語りを心がけます。