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それでも僕は君のこといつだって思い出すだろう!

《地下アイドルの記録⑨-薄暗いステージ裏からもう一度-》

私が数ヶ月後に辞めることが決まり、メンバーの怒りは徹底的なものになった。
毎日のように笑い合ったり、ガストやコンビニに寄ったりして過ごしていたのが夢だったかのように、もう口をきくことも、一緒に移動することもまったくなくなった。
ただ卒業までの間は一緒にライブに出続けるから、どうしてもmcの分担や演る曲は共有されなくちゃいけなかった。私はとても話し合いには加われなかったので、出番寸前に二人で決めた曲順を教えてもらった。最低限の会話だったけれどそんなわずかな間にも彼女たちの口調は荒く、表情は険しかった。

ライブはお金を払って楽しみに来てくれるお客さんがいるから、ステージに上がれば私は笑えたし、歌えた。後ろめたさに潰れそうになりながらも《ライブはライブ》と変わらずやっているつもりだったけれど、グループの空気のこわれた感じはステージ上でも徐々に出始めた。
曲中じゃなく、とくに音が鳴り止んだmcや告知の時。私が与えられた言葉を喋ると微妙な間ができて、その空気を察してお客さんも"え?"と怪訝そうにする。ステージの上で心がつめたくなった。ライブが終わった後楽屋裏で、「辞める人がmcで喋ると変な感じになる」と思いっきり言われたりもした。

_私が百パーセントわるいんだからしょうがない。
そう思っていたから、この日々は途中からそれほどつらくはなかった。夢半ばでメンバーが辞めることになって、しかも理由も具体的にではなくほとんどメンタルから来ている理解しきれないものなら、やりきれないのは残される二人の方に決まっていたから。

もうメンバーとの仲が修復することなんてありえないように思えたこの頃には、ランナやハルカ(登場回)が一緒にいてくれた。よく同じライブに出るようになって仲良くなった、別グループのアイドルだ。二人は事情を知ってか知らずにか、もしかしたらただ私が仲間外れにされていると思ったのか、帰りに「一緒にかえろ!」と誘ってくれたり、ライブが一日に数本あった日の空き時間にグループに混ぜてくれたりと声をかけてくれた。
タイプの違う二人。
ランナはギャルみたいな声色で「アンナァ」と人懐っこく隣へ来てくれ、ハルカは本当に太陽みたいな笑顔で、真っ直ぐ私の目を見て、まるで電車で席をご老人に譲るみたいに、親切に話しかけてくれた。
気遣いとかマナーとか多分そういうのじゃなく、まっすぐに優しかった。慈悲みたいに。
それがどれだけうれしかったか。
あの地下で出会った、忘れられない女の子たちだ。


あの期間はどのくらいだっただろう。
すごい長かったようにも感じるけど、きっと一ヶ月もなくて、人生のごくごく短い一瞬のことだっただろうと思う。

ある、渋谷でライブに出た日だった。
出番直前のステージ裏で、もう慣れたもので、いつも通り二人とは少し離れたところでじっとしていたら、メンバーのミフユが来た。
そしてこっちを見て一言、

「もう、ちゃんと話そう!」

と言った。
綺麗にアイラインが引かれたくっきり二重の強い目元が本当に久しぶりに柔らいで、少し気まずそうな、笑い顔だった。
後ろにマナツもいた。まだ煮え切らない表情で、でもこっちを見て笑ってくれていた。

こんな瞬間、こないと思っていた。
私は驚きにもならないくらいびっくりして、それから少し泣いた。ごめんね、と、ありがとう、を何回も言った。ミフユの口から、友達同士でケンカした後みたいに、喋っていなかった時間分の言葉が不安定に届いた。もう早くこういうの終わりたかったんだよ。とか言っていた気がする。

私は何をどう言い始めたらと言葉を見つける間もなく、前のグループのライブが終わり、ステージに駆け上がった。
視界が潤んでいた。体が軽かった。
整理のつかない、張りつめていたものがほどけたような不思議なせつなさが、シュワシュワと泡になって体の中を流れて、微熱っぽかった。


あの日。ステージ裏の薄暗がりの中で目に映った、もう一度私を見つめて手を差し伸べてくれたメンバーの顔は生涯忘れないと思う。

人って優しい。つよい。

そう素直に思ったのはその時がほとんど初めてだった。
私がそれまで啓発本とか曲の歌詞とかでなんとかはっつけてきた"正しいやり方""正解な人"みたいなマニュアルとはまるで違う、自分を通してつよく生きる二人からつたわった、私を怒ったり、泣きたくなるような眼差しをくれたりする、素朴な素朴な情だった。


卒業まであと約二ヶ月。
私たちはまた、三人になった。

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