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名前をつけてやる

《地下アイドルの記録②-グループ結成、芸名をつける-》

正式に事務所に所属することが決まると、そこからすぐにデビューに向けての準備が始まった。

まずは、新しいグループで顔合わせ。
ということでメンバーと初めて会ったのは、渋谷桜丘の線路沿いの地下にひっそりとあった、事務所のスタジオだった。写真撮影会やレッスンで使われていた場所。
今はもう再開発でいっせいに建物が立退になってすっかり姿が変わってしまったけれど、あの辺りはそのスタジオやよく出してもらえたライブハウスが多くて、とっても思い出深い。


スタジオに集まったメンバーは私を入れて五人だった。
すでにほかの事務所でアイドルの経験があった、最年長のセクシーなお姉さま。
目が大きくて気の強そうな年下の子。
それに口数の少ないミステリアスな子と、すでにうちの事務所で練習生グループに入っていた活発そうな同い年の子、私。
じつは、はじめてメンバーと顔合わせをしたときの印象をほとんど覚えていない。何を喋ったかとかも。
ただ一つだけ、なぜか覚えている瞬間がある。
かんたんな打ち合わせと写真撮影(はじめての顔合わせの記念に)を終えて、階段をあがったら、もう外は真っ暗だった。線路の手前に長くはられた錆びた金網の向こうに山手線のホームがぼんやり浮かび、上には夜空が広がっていた。
ふとその時、たまたま隣にいたミステリアスな彼女と目が合って、”これからよろしくね”と言い合った。暗闇の中だったけれど、なんだか月みたいに白かった、彼女のはっきりした綺麗な顔立ちを覚えている。

些細なことなのに印象的深かったんだろうな。それにしても、覚えてることとちっとも覚えてないことのラインが不思議だねぇ。
ちなみに彼女は、ミステリアスな雰囲気はあるもののとーーっても性格がはっきりしていて面白く、のちにこの地下アイドル時代のかけがえない相棒になるのだが、それはまだ少し先の話だ。


一ヶ月後にデビューを控え、レッスンは、その地下のスタジオで行われた。
もらったオリジナル曲は三曲。CDプレーヤーからカラオケ音源を流しながら、鏡の前に並び、立ち位置やふりを覚えていく。
おもにアイドル経験があるお姉さまと同い年の子が慣れていて、リーダーシップをもってあれこれひっぱっていってくれた。時々セクシーなお姉さまが、アイドルっぽく見えるかわいい振りのコツを教えてくれた。それは本当にちょっとのアイキョウと工夫なのだけど、彼女は、そういう指の動きや首の傾けが上手かった。鏡を見ながらマイクをもつ格好で体を動かしていると、わぁ、本当に始まるんだなぁ…!という感じがした。


衣装は、いきなりオリジナルがもらえるわけじゃないので、自分たちで秋葉原のドンキホーテに買いに行った。
メイド服やナース服、セクシー系などコスプレに近い衣装がずらっと並ぶ中を何度も行ったり来たりしながら、いいと思ったものを撮影して、社長にラインで送ったりした。

今書きながら思い出したのだけれど、私の入った新グループのコンセプトは、実は二〇二〇年の東京オリンピックに向けたものだった。数年後、オリンピックが来る頃には日本の代表的なアイドルグループになれているように!と。
あの頃はふうんと聞いていた、社長が言う未来のオリンピックの話と、今目の前ですぎてゆくオリンピックが同じものだなんて変な感じだ。勿論このグループはとうになくなっているし、私は社長もあのメンバー達もいない世界線で、そのオリンピックを見届けたのだから。


少し話はそれたけれど、そういうわけで"日本をおしだす和テイストがいい"ということになった。
そうして決まったのが、うすい生地がてらてらと光った、丈の短い着物。(私はアイドルと言えばAKBみたいなフリフリを想像していたので、初めはちょっとザンネンだった)
色は黒・赤・ピンク・緑・青。
それがほとんどそのまま自分の推しカラーみたいになる。みんなそれぞれ”この色がいい”というのが明確にあったから、私はあまった緑か青かまよって青になった。
自分に青というイメージはあまりなかったけれど、合わせてみると、意外な感じがしてけっこうよかった。ほぉー、なんか私の知らない私が出来上がってゆくな、と。


自分の色を手に入れたら、最後は芸名だ。
これは全然決まらず、ほんとーーに悩んだ。だって、その名前を背負っていくって考えたらちょっと覚悟が必要だもんね。私は今でも、noteのアカウント名とかをつけるのさえ苦手だ。
とにかく自分で考えたちょっと凝りすぎたものや、ふつうすぎるものを保留し、しびれを切らした社長が
「今どきは奇抜な名前だよ。苗字、”あいうえお”なんてどう?」
とニヤリと笑うのを保留し、メンバーの中で一番最後に、決まった。

"あんな"というのが下の名前だ。
画数とか憧れの芸能人みたいにとか色々考えたのをいったん忘れたとたん、"私、あんなっぽいかも"と、突然、すとんと決まった。決まる時ははやい。
こうして私はあたらしい場所で、あたらしい名前を、手に入れたのだった。

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