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三日月がゆらりついてくるよ

《地下アイドルの記録⑦-ランナとハルカ、私のよわさ-》

とにかくいつも三人だった私たちだけど、あるグループとよくセットでライブを組んでもらうようになった。
私たちと同じ三人組で、思いきり足を開いたりするフリもあるような楽しい曲が多い原宿系のグループだ。
メンバーは、声が可愛いらしいけれどしっかりしたリーダーと、名前をあてるなら、美人でさばさばした"ランナ"、とにかく頑張り屋で太陽みたいに元気な"ハルカ"がいた。

マナツは元から事務所に研究生として所属していたこともあり他のグループの子ともよく喋っていたけれど、ミフユもマイペース、もしかすると私もマイペース。当時私18才、ミフユ21才。周りと比べると案外年齢が低い方じゃなかったことや性格も相まって、きゃいきゃいというより「w」って感じのシュールなノリで楽しんでいて、思えば私たちはあまり周りとの絡みがないまま活動していた。
だから、このグループとセットになってライブを回るようになったのは新鮮で、第二シーズンという感じだった。賑やかでとっても楽しかった!


主にわいわいするようになったのは楽屋の時間だ。
とくにランナとハルカは私たちよりキャリアは上だけれど年齢は下で、元気いっぱい。
写真撮ろー!とか、アンナー!とよく喋りかけてくれた。あっという間に写真フォルダはランナ達との写真でいっぱいになったし、うちのグループだけでは絶対にそんなことにならないであろう、「ポッキーゲーム」もした。
一本のポッキーの端と端をお互い咥えあってギリギリまで齧っていくやつだ。発端は確かランナで、色んなペアで「ひゃー!」とか言いながらポッキーを齧りあって、私はミフユとやった。
ミフユはなんだかんだそういう時年上で、あまりそんなノリはしないから「気まずw」と言っていたが、ムービーを撮って、Twitterでアップしたりもした。

ランナは、最初気の強い美人さんかと思っていたらものすごく人懐っこく、純粋な子だった。まだ傷みのない柔らかな髪をグルグル巻いたり、喋り方がギャルっぽかったりとおマセさんな雰囲気もあるのに、頬から口元にかけてぷくっとしているのがあどけなくて、よく泣き、とても細い体で、真っ赤になるまで歌って踊る。
ハルカはもう、唯一無二の凄い子だった。
とにかく何があってもみんなを照らすパフォーマンスをすることに一生懸命だった。大きな声で歌い、mcでも体全体で自己紹介する元気いっぱいのキャラクターだけど、周りへの接し方がとても丁寧で、時々大人びた顔をする女の子だった。
そんな二人を、お姉さんなリーダーがまとめている、私の大好きなグループだった。


一緒に色んなライブを回った。
吉田豪さんが来たライブもあったし、みんなで思い思いにかわいく仮装するハロウィンライブもあった。
ハロウィンライブの時は、私が持ってきた赤いチークだったかに暗い色のアイシャドウを混ぜて、頬や目元にべったり塗って、うちのグループの三人とも顔が血まみれになった。体まるごとカボチャになれる衣装もドンキで買ってきて、三人お揃いで着た。みんな、頭には緑の"へた"をつけた。
コスプレができる日はみんなすごく準備をはりきって、チェキも盛れるし、楽しかったな。楽屋で写真も沢山撮った。その頃流行っていた「B612」という加工アプリで撮った、淡い色のフィルターがかかった写真が一日で数十枚増えた。

ランナが体調が悪そうだった時期があった。
楽屋ではテーブルに伏していて、あまりつらそうなので「無理しない方がいいよ」と思わず声をかけるんだけど、彼女はライブに出る。思いっきり歌って踊る。そのステージを楽屋のモニターで見ながら、倒れないかとても心配だったのを覚えている。
彼女はアイドルをしていない時間はバイトを沢山入れていたから、その頃は過労だったのかもしれない。"働いて、家を支えたい"と言っていた。しっかりした子なんだなぁとハッとした記憶がある。
そう、一緒にすごす人数が増えるほど、そばに居て、楽しい中にもハッとすることって増えていった。ちょっとした寂しさとか、ズレとか、この先どうしようとか、汗がはねるステージの裏には女の子の色んな表情があった。


楽しかった。
こう書き出してみると、本当に楽しかったのに。
私の中にもまた、ステージで一生懸命になれる自分とは違う自分がいて、考え事をしていた。

こんなにも楽しくて頑張りたい一方で、
いつからだっただろう、"辞め〈なきゃ〉"と思うようになっていた。

このままでいいのかな、
という感じだった。
"明るくいなさい"とそれが口癖だった母が、私が地下に居続けることをあまり良いことと思っていなかった。もちろん親としての心配もあったのだと思うし、それが全てではない。けれど私は自信がなくて、いけないことをしている気になってきていた。そして、歌手になりたい(しかもそれは売れててプロの歌手じゃなきゃ〈ダメ〉なのだ)という自分の大きすぎる夢が叶うのをどうしても信じられなかった。
このままどうにかなる自分が想像できなくて、だったらどうしたらいいんだろう?あと一年ほどで二十歳、もう大人なんだ、始めるには遅すぎたのかもしれない、しっかりしなきゃと色んなことが不安になって、その気持ちはひとりでに加速していった。もう自分ではどうしようもないくらい、気持ちが激流みたいになって止まらなくなっていた。

説明のつかない衝動だった。

私は、社長に"辞めたい"とLINEしていた。
マナツとミフユ、大好きなメンバーの誰にも言えないままで。

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