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遊びと行動――権力の源泉として

ヒューマニエンス「“遊び” それは人類の可能性の宝庫」@NHKBS

この番組は時々見ている。最新の研究情報を踏まえた良質な科学番組なのだが、コロナ以来、早寝早起きが身についた健康至上主義者のオレには放送時間がやや遅い上、司会を務める織田裕二が相変わらず暑苦しい。いや、視聴者のレベルに即した巧みな道化役を演じていて決して悪くはないのだが、とにかく黒くて暑苦しい。松崎しげるの後継者はきっとこの男だ。

今回の「遊び」というテーマには、かねてより興味がある。昔、論文に書いたぐらいだ。それで眠い目をこすりつつ見た。オンデマンドで見ればいいのだが、そうなると面倒で見ないままになることが多い。やむなく。

さほど目新しい知見があったわけではない。「遊びという主題は泥沼だ。どうとでも論じられる」という出演者の述懐は真実である。とはいえ、専門家による様々な観点からの議論はそれなりに興味深く、とりわけ動物の遊びと人間の遊びにおける類似と違いの指摘には目を惹きつけられた。というか、この点こそもっと深掘りすべきだったと思う。それが出来ないところに、まさに学者の限界がある。

出演者のひとり為末 大(ためすえ・だい)は物事の本質を見抜く眼力のある人で、「遊びは進化論的な背景を持つに違いない」という趣旨の鋭い指摘をしたのに、スタジオの専門家は誰もその発言に応答できなかった。解ってないのだ。一貫して彼は傾聴すべき発言をしていて、眠くてよく覚えていないのが残念だ。あとからオンデマンドで確かめたい。

スタジオの学者たちの立場は、じつは二分されていた。文系の学者は遊びが無目的で、報酬を伴わない点を強調する。一方、理系の脳科学の側は、目的論的な観点から遊びの構造性を指摘する。報酬を伴わないはずがない、と。だが、それが何かは説明できない。

なぜかと言えば、遊びの本質は社会的なもので、とすれば社会とは何かという問いにまず答えねばならない。それは脳科学の立場からは難しい。科学的な証明を許さないからだ。そんな問いには仮説的に――いいかえれば「哲学的」に迫るしかない。

遊びと社会性

私の考えでは、遊びはたんに無目的で無報酬な自由な営みなどではなく、権力への意志と密接に結びついている。

この点について脳科学の側から指摘していた学者がいた。記憶を頼りにまとめると以下のようになる。――遊びには必ずや勝ち/負けがある。現実世界で決定的な勝利を収めるのは不可能に近いが、遊びでは比較的かんたんに勝つことができ、万能感ないし全能感を覚えることができる。

むろんここには権力意志との関わりがある。ゲームに勝利を収め、他者を支配するのは悦びなのだ。まさにこの文脈で、為末大が「進化論的な背景があるのではないか」と問うたのである。まさしくその通りだと思った。遊びにおける万能感&全能感が人間に特異な進化を許したに違いない。

私は週末に時おり競馬を楽しむ者である。競馬は遊びであり、ゲームである。予想どおりに馬が来て、それが万馬券にでもなると、まさに天にも昇る気持ちになる。儲かるか、儲からないかはさして問題ではない。当てる、そして勝つことが楽しみなのだ。そのとき私たち競馬ファンは万能感および全能感を覚える。これは日常生活では決して味わえないものだ。

現実には果たせない自己の卓越を疑似的なかたちで集団のなかで実現する。集団で遊ぶのは人間だけである。動物も遊ぶが、もっぱら個体単位である。イヌやネコはグループを作ってボールを追いかけたりしない。とりわけペットは飼い主との関係に縛られ、横の連携が難しい。動物は孤独だ。

番組で取り上げられていた例を用いると、たとえばサッカーのような集団競技において自分がドリブルするか、誰かにパスするか、瞬時の決断を迫られる。練習を重ね、本番では的確な判断ができるようにする。ボールを持ったとき次の行動のオプションが脳裏に浮かぶが、決断はほぼ瞬間的に為されねばならぬ。

番組でまったく見過ごされていた論点は、オプションの選択において働いているのが想像力だという点である。未来の来たるべきシーンを思い浮かべる。サッカーのみならずスポーツにおけるファンタジスタとは、豊かな創造的想像力を持ち、それを実現する能力を有する選手のことだ。むろんそんな華麗なゴールを支えるのが堅固なチームワークである。

人間だけが遊びを介して社会的連携の手法を学ぶ。遊びが社会的関係の基礎となる。この意味での遊びは人間においてしか見いだせない。そして、それこそが遊びの本質なのだ。

子供は無邪気に遊ぶのではない。遊ぶことで大人社会への仲間入りの準備をしている。社会には権力の網目が張り巡らされているから、そこで生きるためには高度な訓練を必要とする。それは動物における遊びとは本質的に異なる。その意味で人間における遊びは進化論的な背景を持つ。

遊びと聖なるもの

遊びを論じるとなると、必ずと言っていいほどホイジンガの名著『ホモ・ルーデンス』が持ち出される。が、本書は基本的に歴史学の形態を取っていて、遊びの本質とは何かという問いに十分答えるものではない。

その欠落を補おうとしたのがフランスではロジェ・カイヨワであり、盟友のジョルジュ・バタイユだった。かれらは30年代のフランスで「聖なるものの社会学」を標榜する研究会を立ち上げ、そこでは「遊び」が重要なテーマとされた。

カイヨワには『遊びと人間』という著作がある。かれの著作は一般にそうなのだが、書き方が荒い。重要な論点を提出しているが、必ずしも説得的ではない。名著とは言いがたい。

一方、バタイユにおいて「遊び」はカイヨワよりはるかに身に迫った重大テーマだった。かれの著作の至るところに「遊び」という言葉が頻出する。

バタイユにおいて遊びは存在論的な意味を担う。その関心のありようはオイゲン・フィンク『遊び――世界の象徴として』と共通する。ただし、この件にかんするまとまった著作としては後者のほうがはるかに上だ。このフィンクの名著が読まれなくなっている現状は憂慮されるべきである。

遊びの存在論的意味を論じるというのはニーチェに始まった思潮と言えるが、これはまさに《沼》で、どうとでも言える。端的に不毛だと私は思うようになった。そこらについてはいずれちゃんと論じようと思いつつ、果たせぬままになっている。ここではごく表面的な指摘をしておく。

遊びと至高性

端的に言って、バタイユやカイヨワは、遊びの持つ自由さに幻惑され、それが権力意志と密接に結びついていることに気づかなかった。自由という理念にフランス人は縛られ、身動きが取れなくなっている。

バタイユは遊びと関わるモチーフとして「至高性」について論じる。遊びにおいて至高性の片鱗が開示されると言ってよい。至高性は権力の源泉そのものなのに、彼はそれを現代の権力論として展開するすべを知らなかった。むろん「権威」の概念も蔑ろにしている。一方、かれがヘーゲル哲学を学んだ師であるアレクサンドル・コジェーヴはこの問題に鋭敏で、第二次大戦の戦火のなかで研究書を遺している。

バタイユにおける「至高性」とは、いかに彼が悲憤慷慨しようと失われたものでしかなかった。人類にとっては過去の栄光にすぎず、その絶えざる頽落の歴史こそが近代というものだった。かれによれば、芸術家のみがその凋落に抵抗しつつ、至高性の権威をあらためて確証しようと企ててきた。

バタイユのいう「内的体験」とは至高性の個人化された体験でもある。かれの認識とは異なり、それは必ずしも珍しい経験ではなく、至高性もまた同様である。アステカの供儀のごとき古代人の体験をバタイユは高揚した筆で描写するが、そこにはキリスト教的なバイアスがかかっている。

なるほど古代人は「狂乱」の供儀に身を任せたかも知れないが、それは同時にくり返される儀礼的なものにすぎず、次の日には日常が戻ってくる。それは共同体を再活性化し、その絆を確認し、確保するための社会的儀礼にすぎない。その枠内で自らを律するすべを彼らも弁えていた。

現代社会における至高性

この意味での供儀において開示される至高性は、現代ではスポーツ観戦や巨大音楽イベント等において容易に体験できる。なるほど模擬的な形態であって、そこでは幸いにして人身御供に供される者はいない。むしろ供儀の本質にあくまで生贄を想定しようとするのはキリスト教からのバイアスにすぎないのではないか。ゴルゴダの丘で磔にされた御仁には気の毒だが、ひとの血を流さずに済むなら、それに越したことはない。供儀の本質は殺人にはない。

このように考えるなら、遊びとそれを介した至高性の体験は今なお存続し、地上の権力装置にエネルギーを充填し続けている。解りやすい例はオリンピックである。これはもはやアステカどころではない、人類規模なかんずく世界規模の祭典である。かくして至るところに遊びと至高性は存在し、地上の権力を補填し続けている。

かつてのプレスリーやビートルズのコンサートの熱狂ぶりは、こうした観点からしか理解できない。それは第2次大戦で弱り切っていた欧米中心の文化的かつ政治的システムを再起動させた。若者のリビドーを吸い上げ、燃え上がらせ、戦後の新しい権力の方向へ導いた。政治文化は一新された。

あるいは日本におけるジャニーズの芸能が果たしてきた役割を考えればよい。かれらが年末に東京ドームで行なうコンサートはファンにとってはまさに熱狂と狂乱の渦と化した。アステカの供儀どころではない。そこでは途方もないカネとヒトが動く。タレントたちはバラエティのみならず、報道番組の司会にまで進出し、現代日本文化の司祭と化した。それを陰で支えていたのが性獣ジャニー喜多川である。

バタイユ&カイヨワの世代的限界

バタイユは戦後フランスの悲惨な文化状況を生きた。至高性とその権力システムが至るところに張り巡らされている現実に気づかなかった。カイヨワは社会学者として、より現代の大衆文化状況に通じていたが、バタイユのような徹底した至高性への理解は持ち得なかった。

かれらが戦後の豊かなアメリカ社会で生活する機会を得られていたら、その学説は根底から揺るがされただろう。あいにくバタイユには、せいぜい乱交パーティを主催するぐらいしか能がなかった。

どんな思想家にとっても自らの《世代》を超えることは難しい。プラトンが有利だったのは、自分が人類史における《最初》の世代だったからだ。西洋的思考のプラットフォームを築いた。だから、その限界についてあれこれ言われずに済む。限界があるのは当たり前だからだ。後世の人間の場合そうは行かない。

遊び――権力の雛形として

人間の生活の至るところに遊びは見出せる。それは遊びが権力の雛形だからで、私たちは権力の網目の中で生きている。その中でしか生きられないとも言える。だからこそ私たちは遊びを必要とする。権力的な人間ほど遊びを必要とするのである。よって私は遊びが嫌いだ。

遊びの本質に自由な創造性を認めるのは楽観的にすぎる。そんなの当たり前だ。権力の本質にも明らかに自由があり、創造性がある。独善的な権力者ないし組織は「自由」に行動し、時にお抱えの芸術家や科学者に自由な「創造」を許す。

たとえば戦時中のアメリカは科学者オッペンハイマーに原子爆弾を発明&製造させた。たとえ悪魔の発明であったとしても、そこに人間の創造性の発露を見ないで済ますことはできない。科学に善悪はない。それを判断できるのは人間だけだ。

社会学と行為論

書いているうちに昔のことを色々と思い出してきた。自分がたどった理路のごときものが見えてきた。好い機会なので、少し回想してみようと思う。

学生時代、自分は社会学を勉強していた。当時の日本社会学は東大がマックス・ウェーバーの学説を金科玉条とし、その文献研究ばかりやっていた。その抑圧的な「コミュニティ」に飽き足らず、いわば鬼っ子として宮台真司や上野千鶴子が狂い咲きのように出て来る。

一方、早稲田の社会学はタルコット・パーソンズの理論研究を専らとし、誰も彼もがパーソンズ!その反対勢力として若手がアルフレート・シュッツの現象学的社会学をやっていた。どちらにおいても行為論が主題とされていた。「行動」とはなにか。ひたすらパーソンズやシュッツの理論を祖述する。

京大はどうだったんだろ?作田啓一あたりは優れた仕事を遺したが、それ以外にあまり思い当たらない。

どこか社会学の大学院に入ろうかとも一時考えたが、このジャンルは現地調査の必要があって面倒だ。断念して、仏文でフランスの社会学系のことをやろうと思いついた。上記のごとくバタイユやカイヨワが特異な社会学研究をやっていて、そっちのほうが遥かに魅力があった。とはいえフランス語は苦手で、ほとんど勉強してこなかったので、たいへん苦労した。

フランスの哲学や現象学の著作を読むにつれ、いろいろ解ってきた。シュッツの現象学的社会学はもっぱらフッサールの影響下にあるとされていたが、実際にはベルクソンの影響が決定的だ。かれの多元的実在論という構想は明らかにベルクソンから来ていて、行為という概念もそれなしには考えられない。なのにベルクソンの影響はすっかり看過されている。「ベルクソンとシュッツ」という論文を書いて、自分の著作に収めたが、社会学者にはこれまたあっさり黙殺された。日本の社会学者はフランス語もドイツ語も出来ないから仕方ない。

存在論的行為論の陥穽

ふりかえれば19世紀末から20世紀初頭にかけてフランスでは行為論が大流行りだった。ベルクソンはそうした19世紀末フランスの知的コミュニティに属していた。かれの哲学の最重要キーワードの1つが action である。ベルクソニスムとは行動の哲学だ。

たとえばモーリス・ブロンデルに文字どおり『l'action』(1893年)という名著がある。「行動とは存在を展開し、それを構築することだ」と定義し、そこにモラルの根拠を求めようとする。生とは決して無意味ではなく、行為により意味づけられるのだ、と。いわば存在論的行為論である。ところが、この著作には1か所も引用がない。それどころか他の著作家の人名すら1か所も引かれていない!ひたすら自説を500頁に亘って展開する!まさに断崖絶壁である。敬して遠ざける他なかった。

こうした存在論的行為論からベルクソンの発想も来ているし、それは右翼組織アクション・フランセーズの理論的支柱にもなっている。自著ではこの概念について多々論じて、自分の中でいちおう終わったことにした。が、行為論がいまだ色々と問題含みであることは言を俟たない。その思想史的連関にはかねがね興味を持ち続けているが、今度はホワイトヘッドの沼に嵌り込み、そっちは手つかずになっている。まこと汗顔の至りである。

そうなったのにも理由が無いわけではなく、こうした前世紀の存在論的行為論といったものは、いっこうに「行動的」ではない。そこには社会への関心がなく、政治学も法学も経済学もない。そこらの反省から現代ドイツにおけるニクラス・ルーマンのように、あらゆる学問領域を結びつける法社会学の企てが出てきた。驚くべき力業だが、哲学的に見るとさほど深遠というわけでもない。

このように「行動」という一語を見ただけで、私の眼前にはあたかもヒマラヤ山系のような高峰が聳え立ち、1日がかりはおろか、10年がかりでも、いや一生かけても踏破できそうにない(実際に出来ていない)。行為論とは数学の領域で言えば「解析幾何学」のようなものである。その元祖と目されるデカルトやライプニッツは同時に哲学的行為論の先駆けでもあった。これは些かも偶然ではない。

近代に入って、ヨーロッパでは人間の本質をその行為から捉えようとする哲学的な視点が生まれた。この同じ視線が動体を記号的に分析せんとする解析幾何学を生んだのである。

行動と遊びのはざまで

ところで行動は疲れる。目的意識が必要だし、社会的な関係性にも気を配らねばならない。バタイユやカイヨワのような新しい世代にとって、ベルクソンに代表される前世代の哲学はひどく鬱陶しいものに思えた。第一次大戦後の狂乱の30年代に青春を送った若者にとって切実なのは行動ではなく、遊びだった。とりわけバタイユのような不良青年は、ありとあらゆる遊びに手を出した。行動ではなく、むしろ遊びにこそ人間の本質があり、そこで聖性が開示されると信じた。

私もまた行動なるものには大いに不信を抱いていた。そもそも人間に目的などあるのか?むしろ遊びにこそ自由があり、解放がある。バタイユの議論が新鮮に思えたのはそのためだ。

ところが先述したように遊びは沼だった。人喰い沼だったと言ってよい。どうにも抜け出せぬまま10年近く経ち、あらためてベルクソンを読んで、狂乱の30年世代の限界を思い知った。ベルクソニスムは沼から脱出するための手づるとなった。

文化において進歩などはない。人間は進化しない。新しい世代が新しい時代を拓くなどウソの皮である。むしろ人間は退化し、劣化する。古い世代のほうがむしろ真理に迫っていた、などということは当たり前のようにある。ホワイトヘッドは「西洋哲学とはプラトンの脚注にすぎなかった」と要約してみせたが、まこと至言と言えよう。

新しい行動が可能とすれば、それは古いものを十分に理解し摂取した上でのことである。遊びは行動をモデルとして、そこから分岐されるものである。いわば行動の裏面であり、行動を裏から支え、補完するものだ。行動が遊びのごとく見なされることはあるが、その逆はない。というのも行動には目的が必要だが、遊びにはそれがむしろ邪魔になるからだ。そして目的ある遊びがあるとしたら、それは社会的行動と見なされねばならない。

【付記】トウジンデンセツについて

ちなみに私が長年使ってきたハンドルネーム「蕩尽伝説」は、競走馬トウジンデンセツから来ている。「蕩尽」はバタイユ哲学のキーワードでもあり、目を引いたのだ。思えば20年以上も前のことである。

トウジンデンセツは力があるのに、なかなかそれを発揮できず、時に思いがけず激走して数回ほど万馬券を出し、私の馬券に貢献してくれた。中央では出番がなくなり、2000年に登録を抹消。地方に移籍したものの、調教中に故障を発生して予後不良と聞く。いま見てみたら、デットーリに乗ってもらったこともあるようだ。素質を見込まれていたのだ。

トウジンの馬主の藤立 啓一氏は大阪で病院経営に成功した医師だったが、あたかもトウジンデンセツのあとを追うように(?)2002年に亡くなられている。私の名付け親のようなものだ。合掌。



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