見出し画像

『フォールアウト』の「今、ここ」の演技。(後編)

さて(後編)では『ミッション:インポッシブル』シリーズにおけるトムの演技法の変遷を辿ってみましょう。

そもそもこの『ミッション:インポッシブル』というシリーズ自体が、トムの「エンターテイメント映画において演技とはどうあるべきなのか?」という試行錯誤の歴史になっています。

1996年の『1』に於いては、トムが『トップガン』以降追求してきた「ヒーローとはかくあるべき」というスーパーヒーロー演技を追求。心情表現においても『トップガン』同様カメラを強烈に意識しながら歌舞く80~90年代風キャラクター演技が炸裂しています。

そのキャラクター演技をさらにスタイリッシュにナルシスティックに発展させたのが2000年の『2』。ただただ崖をロッククライミングする俺イケてるでしょ?という本編とは何も関係ないシーンから始まる映画(笑)・・・ようするにスーパーヒーローのカッコいいところを徹底的に描写する!という映画でした。アクションも荒唐無稽な楽しさ満載で、トムの演技はピンチな時にニヤリと笑ったり、スタイリッシュにキャラの魅力を説明しまくる90年代風演技でした。

そして2006年の『3』。世間的にもスタイリッシュなキャラクター演技の時代は終わり、この映画でトムはもっとリアルな表現を追求し始めます。アクションも『2』に比べてリアル志向になり、トムの演技も『トップガン』的にカメラに向かって歌舞くイケメン演技を控えて、リアルで深刻な心情表現をはじめます。

そして2010年の『4:ゴースト・プロトコル』で演技のリアル志向はさらに進行して、彼のトレードマークであったひとり芝居的な「カメラを意識して歌舞く」演技をほぼ封印。相手役としっかりコミュニケーションを取り始めます。攻撃的だったトムの演技は受動的になり、リアクションを見せる演技に。ラストの表情が溢れるシーンは泣けました。

そして2015年の『5:ローグ・ネイション』でトムが演じるのはもう「ヒーローとはかくあるべき!」ではなく「リーダーとはかくあるべき!」に。その結果、演技のメインは周囲の人間とのコミュニケーションの描写中心になり、アクションシーンも「生身の人間のトムがこんなアクションをやりこなした!」という生身の人間であることを強調することで逆に「不屈の人物像」を表現して大ヒット。これボクが思うにトム(イーサン・ハント)の「人間宣言」なんですよw。

そして2018年『6:フォールアウト』。トムはとにかく途方に暮れるし、とにかく想定外の出来事にノープランで飛び込んでゆくしかない状況に追い込まれます(笑)。
その時も途方に暮れてる俺を演じて見せているわけではなく、もっと無防備に途方に暮れてますw。

ただただ「今、ここ」という素朴な状態です。・・・現場でケガをしたテイクを予告編にそのまま使っちゃうっていうのもある意味「人間宣言」ですよね。そんな生身な完全無欠でないトムが次々と無茶なアクションに挑戦する~!というとんでもないエンターテイメント映画として、シリーズ最高のヒットを飛ばすわけですw。

『1』『2』では華麗なキャラクターを演じていたトムは、『3』でリアル志向にめざめ、『4』『5』で人間同士の複雑なコミュニケーションを演じ、『6』でついに刻一刻と変化する状況とのコミュニケーションの中で揺れ動く普遍的かつ複雑な人物像を演じるに至る。・・・これってボクが研究している「演技法の歴史」そのままの流れを数年遅れで実現し続けてる感じなんですけど、その全作品が全世界で超大ヒット!だっていうのがすごいですよね。まさに時代のニーズを先取りする男。

さらに今回の『フォールアウト』でのトムの大きな変化は、自分がカメラにどんな表情で映っているか、コントロールしていないように見えることです。

キャラを説明したり、感情を説明したり、ストーリーや状況を説明したりするのを放棄して、「今、ここ」の自分をさらけ出している。そうすれば当然、年寄りに見える瞬間もあるし、太って見える瞬間も不細工に見える瞬間もあります。トム・クルーズが生身の56歳の人間であるということを正直に演じているんです。

『フォールアウト』でトムの演技が素晴しかったのは、ラストあたりの病院でのベッドでのジュリアとの会話シーン。

寝ててしかもドアップなので首を動かす芝居ができない中で、相手を細やかにケアしたり、自分自身の語りにくい心情などに入り込んだり、コミュニケーションと内面の演技を行ったり来たりするすごく難易度の高い演技なんだけど、それを目線正面が内面、目線左がジュリアという風に立て分けて演じてましたね。

このシーン、トムには珍しいくらい計算外の表情が見れるんですよ。ジュリアとの呼吸の中で生まれた繊細な感情の揺れが涙を誘います。これもコントロールしていない演技ですね。「今、ここ」で生まれた表情をさらけ出している。

人間宣言だなあ。

スーパーヒーローだと思われていたトム・クルーズが生身の56歳の人間であるということを正直に演じています。その演技の柔らかさ、コミュニケーションのディテールの深さは『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』『バリー・シール/アメリカをはめた男』と進化を続けて、今回『フォールアウト』で完成したと言ってもよいのでないかと思います。・・・でもきっと次回作ではまたさらに進化したトム・クルーズを見せてくれるんでしょうけどw。

今回は『ミッション:インポッシブル』シリーズに於けるトムの演技の変遷について書きましたが、これにその他の出演作での演技法の変化を加えると、本当にトムが映画業界の最前線でスターで居続けるために自分自身を更新し続けていることがハッキリと解って超面白いのですが、それはまた別の機会にお話ししましょう。 トム、最高!

小林でび

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?