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『ザ・ホエール』話されない言葉を演じる。

『ザ・ホエール』どうしても見たくなって夜中に新宿まで行っちゃいました。
も~ため息しかない。芝居、そして人物描写に心を打たれすぎて。

あの余命わずかな体重272キロの男を「彼は自分だ」と多くの観客が思って観たのではないでしょうか。もしくはあのアジア人の看護師を、行き場のない怒りに突き動かされ続ける娘を・・・彼女は私だと。
現代をそういう形で切り取るのが映画の使命だと思うし、具体的には現代に生きる我々が日々なにに苦しみ、なにに喜びを感じているのかを、俳優たちがあまりに的確に演じているので、もうドキドキしっぱなしでした。

この体重272キロのチャーリーを演じたブレンダン・フレイザーは先日、第52回アカデミー主演男優賞を受賞しました。その主演男優賞の演技は・・・

俳優の演技プランが見えないんですよ。

演技プランが見えないので俳優の影が見えなくて、スクリーンにはただ役の人物たちが映っている状態。そしてただ出来事が起きてゆく。

いや厳密に言うと演技プランはあるのだけれど、その「プラン」をはるかに圧倒する量の「反応」に溢れているので、プランはもう単なるガイドに過ぎず、観客はその溢れ出す圧倒的な量の感覚と向き合うことになるのです。

いや~この演技は大きなスクリーンで見ないと。
疲れた身体に鞭打って映画館に観に行って本当に良かった。至福の2時間でしたよ。

「演技」ではなく「反応」で芝居が進行してゆく、とは。

『ザ・ホエール』の主役、体重272キロのチャーリーは多くの時間、大きな目を見開いて相手のことを見ています。そこには特に「演技」らしい演技が存在しません。
ただそのチャーリーが見ているものに対する「反応」によって、目の表情や、顔や首や肩の筋肉が細かく緊張したり弛緩したり、それら微細な変化の数々がスクリーンに映っています。(撮影も素晴らしかった!)それらの「反応」を見て我々観客はチャーリーがいまなにを感じているのかをありありと察することができるのです。

つまりチャーリー役のブレンダン・フレイザーは積極的に説明的に感情を演じて見せることせずに、勝手に出てしまう「反応」を観客に見せることのみで、観客にチャーリーの心情を伝える、という芝居を成立させているのです。

よく「役を演じる」のではなく「役を生きる」のだ!とか言ったりしますが、それの極致みたいなことですね。

「役を演じる」とは積極的に演じて見せてゆくことで、「役を生きる」とは受動的に環境に反応してゆくことです。
その「反応」が「衝動」を生み、「衝動」が「行動」を生みます。現実世界で我々が行動したり喋ったりするのは、その衝動が起こるからで、その衝動は反応から生まれます。きわめて現実の人間の仕組みに近い仕組みで演じられているのです、「反応」の芝居は。

特にチャーリーの場合、体重が272キロもあるので、歩いたり動いたりすることも大変なので、この映画の2時間のあいだ彼は椅子に座ってじっとしていますし、彼は多弁な人物でもありません。 なので彼が椅子に座ってじっと相手の話を聞いている姿や出来事に「反応」している姿こそが、この映画のハイライトになってくるのです。

いや~見事でした。その反応の素晴らしい情報量、そしてエモーション。
これが2023年のアカデミー主演男優賞の芝居、納得です。

話されていないセリフがある。

この芝居が主役のチャーリーだけでなく、チャーリーの娘エリー役のセイディー・シンク(『ストレンジャー・シングス』)、そして看護師役のホン・チャウなど多くの俳優によって演じられているので、会話のシーンのディテールがハンパないんですよね。
セリフももちろん素晴らしいのですがそれ以上に会話の途中、セリフの無い一瞬に俳優たちが見せる微細な「反応」が、われわれ観客に超濃厚なエモーションを伝えてくるんです。

われわれ人間ってじつは言葉を本心通りになかなか話さないじゃないですか。
喋る相手が誰かによって、そしてその相手がどういう状態かによって、喋る内容や言葉のチョイスを変えて喋ってますよね。
もしくは言わずに済ますこともありますし、時には思ってることと逆の言葉を話したりすることもあります。
飲みに行こうよとか言われて、絶対行きたくないのに「行きましょう」と答えたり、美味しくないのに「美味しい」とか言ったりしますよねー。

現代的な脚本の構造もそうなっているので、人物たちの話すセリフは必ずしも本心ではなく、もっと複雑なことがコミュケーションの中で起きています。人物たちによって「話されていない言葉」の数々があるんです。
これら「話されていない言葉」が『ザ・ホエール』においては人物の目などに現れる「反応」によって雄弁に語られているんです。


なので人物が喋るセリフだけでなく、なぜその言葉を喋っているのかまでまるっと観客に伝わって・・・あーわかる。そういう時ってあるよね、と人物たちに感情移入することができるのです。

揺さぶられます。

第95回アカデミー主演男優賞!

今回は主に第95回アカデミー主演男優賞受賞のブレンダン・フレイザーの芝居の凄さについて書きましたが、この映画『ザ・ホエール』の芝居についてはまだまだまだまだ語りたいことがあります。
娘エリー役のセイディー・シンクの芝居について、そしてこの映画の中で素晴らしく実現している差別意識の介在しない役作りについて、などなど。

一回ではとても書ききれないので、何回かに分けて書こうと思ってます。いや~こんなに何回かに渡って語りつくしたいと思うような映画はホントひさしぶりなので嬉しい。

しかし考えてみると、今年2023年の米国アカデミー賞は豊作だったんですねー。だってこの『ザ・ホエール』があって『イニシェリン島の精霊』もあって、さらに『トップガン・マーヴェリック』『アバター2』があって『フェイブルマンズ』があって、『ター』があって『生きるLIVING』があって、で結果『エブエブ』だったわけでしょ。
まあ作品の好き嫌いはあるにせよ、傑作ぞろいですよ。残念なのは日本ではその多くがリアルタイムで公開されなかったこと。これ全部去年リアルタイムで観れてたらアカデミー賞メッチャ盛り上がれただろうなーと思って。くやしいw!

それにしても演技的に充実した映画が去年今年はたくさん公開されていて、いや~大興奮です。それでは次回の「でびノート☆彡」でまたお会いしましょう☆彡

小林でび <でびノート☆彡>


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