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【ドラッカーが教える】50歳までに「どう答えるか」で人生が決まる、究極の問い

ドラッカー『プロフェッショナルの条件』を読む

情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第4回は2000年に刊行、20年以上にわたって読まれ続けているベストセラー、P.F.ドラッカー著/上田惇生編訳『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

「どうすれば一流の仕事ができるのか?」

 ビジネス界にもっとも影響力のある思想家の一人として知られ、2005年に亡くなったP.F.ドラッカー。数多くの著書を残しているが、67刷45万部超のベストセラーになったのが、「はじめて読むドラッカー」シリーズ【自己実現編】の『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』だ。

P.F.ドラッカー(Peter F. Drucker、1909-2005)
20世紀から21世紀にかけて経済界にもっとも影響力のあった経営思想家。東西冷戦の終結や知識社会の到来をいち早く知らせるとともに、「分権化」「目標管理」「民営化」「ベンチマーキング」「コア・コンピタンス」など、マネジメントの主な概念と手法を生み、発展させたマネジメントの父。著書に、『「経済人」の終わり』『企業とは何か』『現代の経営』『経営者の条件』『断絶の時代』『マネジメント』『非営利組織の経営』『ポスト資本主義社会』『明日を支配するもの』『ネクスト・ソサエティ』ほか多数。<ドラッカー日本公式サイト>https://drucker.diamond.co.jp/index.html

 ドラッカーの本というと、経営者が読むような重厚で骨太な書籍のイメージを持っている人も多いかもしれない。

 しかし、本書は趣が大きく異なる。シリーズ・タイトルには「はじめて読むドラッカー」という言葉がついており、本の帯には「どうすれば一流の仕事ができるのか?」とある。

 経営というより、仕事の原理原則ややり方、強みの活かし方、時間の管理の仕方からセルフマネジメントに至るまで、個人の自己実現にフォーカスした内容になっているのである。

 実は、それには理由がある。この本は、「はじめて読む」という、それまでになかったコンセプトに基づいて、ドラッカーの文献を集めてきて編集された1冊だからだ。しかも、日本発の取り組みだった。

 担当編集で、1993年からダイヤモンド社でドラッカーの書籍を担当してきた中嶋秀喜氏は語る。

「ドラッカーの本が日本で初めて翻訳されたのは、1956年です。以来、だいたい1年か2年に1冊のペースで新しい本が出て、次々にベストセラーになったのですが、読者はそれに伴ってどんどん偉くなっていったんですね。経営者になったり、経営幹部になったり」

 別の言い方をすれば、どんどん高齢化していったのである。ドラッカーから“日本の分身”と評された訳者の上田惇生氏と中嶋氏は、そこに危機感を持っていた。

「読者層をグッと若返らせる必要があるんじゃないか、と。そこで、ドラッカーさんのアンソロジーを作るのが、もっとも心に響くのではないか、という話になったんです」

 ドラッカーに打診をしたところ、「それは面白いから、ぜひやろう」ということになった。こうして「はじめて読むドラッカー」シリーズが生まれることになった。

ドラッカーも、若い頃には苦しみ、悩んでいた

 シリーズ最初の3冊【自己実現編】【マネジメント編】【社会編】のうち、初めに出たのが、【自己実現編】の『プロフェッショナルの条件』だった。

 先にも触れたように、経営というより、仕事の原理原則ややり方、強みの活かし方、時間の管理の仕方からセルフマネジメントに至るまで、仕事で成果を出すにはどうすればいいか、人生で成功するにはどうすればいいか、個人の自己実現にフォーカスした内容になっている。

 編集は、過去の本の原文から、このテーマに合う文献を探し出すところからスタートしたという。

「最も大変だったのは、どの原稿を使うのかを固めるまででしたね。どれを使うべきか、どれを省くべきか、ドラッカーさんのOKをすべて取るまでに、3冊で2年ほどかかった記憶があります」

 このとき、中嶋氏が強く意識したのが誰に読んでもらいたいか、だった。

「私がイメージしたのは、会社で働き始めて5年ほど経って、いろんな経験を積んで、それなりに自信がついてきた人、でした。一方で、ちょっと何かうまくいかないことがあって悩んだりもする。そういうときに読んでもらえる本を考えたんです」

 これは、この記事を書いている筆者も意外だったのだが、本書にはドラッカー自身の過去の経歴が「人生を変えた7つの経験」という章の中で詳しく出てきたりするのだ。あのドラッカーも、若い頃には苦しみ、悩んでいたのである。中嶋氏は続ける。

「彼はもともとオーストリア・ハンガリー帝国末期の名家の出なんです。お父さんは貿易省の事務次官、おじいちゃんはバンカーでお金持ちだった。医者や弁護士など知的な職業に携わっている人が多い家系なんですね。ところが、彼自身は大学に行くよりも、社会に早く出たいと、高校を出たあと、貿易会社に就職するんです」

 ところが、馴染めずに数年で辞めてしまう。その後、大学にようやく入学する。さらにドイツに移り、日中は新聞記者をしながら夜は大学院に通った。専攻は政治学。博士号まで取った。しかし、その後も真っ直ぐに人生を歩めたわけではない。

「証券アナリストをやったり、投資銀行に勤めて失敗したり。こういう話は、ぜひ本で紹介したかった。日本ではドラッカーというと“偉い人”だと受け止められるんです。でも、もっと等身大のビジネスパーソンとして読者に感じ取ってもらいたいという気持ちが強かったです」

 ドラッカーも、自らのさまざまな経験から、多くを学んでいったのである。

ドラッカーの人生を変えた「究極の問い」

「自らをマネジメントする」というパートの第1章「私の人生を変えた7つの経験」は、まさにドラッカーが若い頃に見つけた7つの教訓が語られている。中嶋氏は、その中の一つ、「フェイディアスの教訓」にとても感動したという。抜粋してみよう。

 ちょうどそのころ、まさにその完全とは何かを教えてくれる一つの物語を読んだ。ギリシャの彫刻家フェイディアスの話だった。紀元前440年ころ、彼はアテネのパンテオンの屋根に建つ彫刻群を完成させた。それらは今日でも西洋最高の彫刻とされている。だが彫像の完成後、フェイディアスの請求書に対し、アテネの会計官は支払いを拒んだ。「彫像の背中は見えない。誰にも見えない部分まで彫って、請求してくるとは何ごとか」と言った。それに対して、フェイディアスは次のように答えた。「そんなことはない。神々が見ている」

 ドラッカーの仕事ぶりを間近で見ていたのが、中嶋氏だった。亡くなる直前まで、まさに「誰にも見えない部分まで」こだわった仕事が実践されていたと感じたという。

 経営者や起業家、スポーツ選手や俳優など著名人を数多く取材してきた筆者が反応したのは、最終章の章タイトルにもなっている、この言葉だ。「何によって憶えられたいか」

 私が13歳のとき、宗教の素晴らしい先生がいた。教室の中を歩きながら、「何によって憶えられたいかね」と聞いた。誰も答えられなかった。先生は笑いながらこういった。「今答えられるとは思わない。でも、50歳になっても答えられなければ、人生を無駄にしたことになるよ」

 成功者の多くが持っていた“志”とは、まさにこのことだと感じた。まさに、こうした人生や仕事の成功に関わる、本質的な問いかけが繰り返し行われているのだ。

 訳者・上田惇生氏は編訳者あとがきで、本書は「ドラッカーはどの本から読むべきか」という数多くの問い合わせに応えるために生まれたものだと記している。本書はドラッカーの著作10点および論文1点からの抜粋である。ドラッカーのエッセンスがまさに詰まった1冊。そして、最初に読むべきにふさわしい1冊となっているのだ。
(次回に続く)

(本記事は、『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『子どもが面白がる学校を創る』(日経BP)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。