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中年の危機、定年後をどう生きるか? ドラッカーが教える「人生の後半」の過ごし方

ドラッカー『プロフェッショナルの条件』を読む

情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第4回は2000年に刊行、20年以上にわたって読まれ続けているベストセラー、P.F.ドラッカー著/上田惇生編訳『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

中年の危機、定年後問題、セカンドキャリア……
「人生の後半」をどう生きるか?

 ドラッカーの本の大きな特徴の一つといえば、本質を捉え、未来を驚くほど的確に予測していることだ。『プロフェッショナルの条件』でも、これは同様である。20年前の本とはとても思えないと連載の第1回で触れているが、まさに今、起きていることが本書には書かれているのだ。

 例えば、資本主義に限界が訪れ、ポスト資本主義への転換が求められること。知識労働者は自らのアイデンティティを雇用主たる組織に求めなくなり、専門領域のある職業への帰属意識を強めていくこと。生産性の向上というキーワード。再現できるイノベーションの重要性。さらにはパラレルキャリアやセカンドキャリア、ライフシフトといった、まさに近年のトレンドにまで触れている。

「自己実現への挑戦」というPartの第1章「人生をマネジメントする」の冒頭を抜粋してみよう。

 歴史上初めて、人の寿命のほうが組織の寿命よりも長くなった。そのため、まったく新しい問題が生まれた。第二の人生をどうするかである。
 もはや、30歳で就職した組織が、60歳になっても存続しているとは言い切れない。そのうえ、ほとんどの者にとって、同じ種類の仕事を4、50年も続けるのは長すぎる。飽きる。惰性になる。耐えられなくなる。まわりの者も迷惑する。

 ミッドライフ・クライシス(中年の危機)について、ドラッカーは本書ですでに警鐘を鳴らしていたのだ。定年後問題にも触れている。そして、第二の人生を設計する方法を提案しているのだが、それはリスキリング、パラレルキャリアといった今、語られているキーワードそのものなのである。

 実際、第2章には「“教育ある人間”が社会をつくる」と続いていく。しっかりと読んでいけば、これからどんな未来が待っているのか、そのヒントも間違いなくつかめるはずだ。

ドラッカーはなぜ本質を見抜けたのか?
「歴史は繰り返す。ただし、形は変えて」

 なぜ、これほどまでにドラッカーは本質的なことが見抜けるのか。本書の担当編集だった中嶋秀喜氏は、この質問をドラッカーの評伝的な本を書いた女性、エリザベス・ハース・イーダスハイム氏が来日したとき、ぶつけたことがあったという。

「彼女はこう言っていたんです。ドラッカーさん自身は人類の歴史、特に技術の歴史や美術、文学、社会学、心理学、政治学、経済学、いろんな分野にものすごく精通しているんですが、中でも彼自身の信念を感じたことがある、と。それが『歴史は繰り返す』だったんです。ただし、形は変えて、です」

P.F.ドラッカー(Peter F. Drucker、1909-2005)
20世紀から21世紀にかけて経済界にもっとも影響力のあった経営思想家。東西冷戦の終結や知識社会の到来をいち早く知らせるとともに、「分権化」「目標管理」「民営化」「ベンチマーキング」「コア・コンピタンス」など、マネジメントの主な概念と手法を生み、発展させたマネジメントの父。著書に、『「経済人」の終わり』『企業とは何か』『現代の経営』『経営者の条件』『断絶の時代』『マネジメント』『非営利組織の経営』『ポスト資本主義社会』『明日を支配するもの』『ネクスト・ソサエティ』ほか多数。<ドラッカー日本公式サイト>https://drucker.diamond.co.jp/index.html

 何かの事象が起きたとき、ドラッカーは彼自身の膨大なデータベースに照らし合わせて、過去の歴史と結びつけるのだ。そこから、誰もがハッとする本質が紡ぎ出されていく。原典は歴史にあったのである。

「でも、歴史だけではないところが、ドラッカーさんのすごいところなんです。彼は大学でもずっと教えていたんですが、自分の教え子たちに定期的に連絡を取っていたんですね。電話をかけたりして」

 なぜか。ドラッカーは、フィードバックを重要視していたからだ。自分の教えたことは、役に立っているか。また今、さまざまな業界や仕事でどんなことが問題になっているか。知識労働者たちは何に興味を持っているのか……。

「そういうことをしょっちゅう聞いていたんです。だから、最前線のこともよくわかっていた」

 ドラッカーは企業のコンサルタントでもあった。大企業の持つ問題点は身近に聞いていたはずだ。しかし、それだけではなかった。自分の関係する人たちから、さまざまな形で情報を吸い集め、消化し、そこから何か普遍的な共通する本質を導いていたのだ。

「端的に言えば、洞察力に優れている、ということですが、背景には膨大な知識のデータベースと幅広いフィールドワークがあった。記者だったこともあって、裏付けを取りながら、新しい事象について調べ、自分でも納得したら、世の中に公表する。そんなやり方を、ずっと繰り返していたと思うんです」

みんながファンになってしまう理由

 中嶋氏は複数回、ドラッカーに会っている。最後は95歳で亡くなる1ヵ月前、アメリカの自宅で会ったという。ドラッカーは、どんな人だったのか。

「それが、いいおじいちゃんなんですよ(笑)。元ジャーナリストでもあるので、文章は鋭いんですが。だから、みんなファンになってしまうんです。日本の財界人の方でも、ファンの方は大勢いらっしゃいますね。家族ぐるみのお付き合いをしていた人もいる。みんなが惹きつけられるのは、あのお人柄だと思います」

 そして亡くなってなお、ドラッカーが多くの人に支持されているのは、理由があるのではないか、と語る。

「ドラッカーさんが言っていることは、人が中心にあるんです」

 彼はロンドンにいたとき、高名な経済学者のケインズの講義に出席していたことがあるという。そして、そのことについてこんなふうに書き記しているのだそうだ。

“ケインズは人間を統計的な数字として扱うが、私はその数字として扱われる生身の人間に興味がある。ケインズとは合わなかった”

 中嶋氏はここに、ドラッカーがとりわけ日本で支持される理由があるのでは、という。

「彼は一人ひとりの人間がどうしたら幸福になれるか、ということをずっと考えてきた稀有な人なんです。温かさがあるんです」

 そしてドラッカーもまた、日本に強い関心を持っていた。
(次回に続く)

(本記事は、『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『子どもが面白がる学校を創る』(日経BP)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。