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「あれオレ詐欺」に遭った“いい人”が一気に形勢逆転した方法

「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった企業におけるリアル。それを逆手にとって、人や組織を動かせるようになるための「ディープ・スキル」を紹介する書籍『Deep Skill』は、2022年10月末の発売から早くも6刷4万1000部と大好評です。この超実践的なビジネス書『Deep Skill』はどのように生み出され、どのような読者に読まれているのか。新人から経営者までさまざまなニーズや悩みに即したビジネス書作りに定評があり多くのヒット作を生み出してきた担当編集者の田中泰さん(ダイヤモンド社書籍編集局)に聞きました。
(書籍オンライン編集部)

組織にまつわる厄介な問題

―― 書籍『Deep Skill』は、ビジネスをうまくまわすための「したたかさ」を身につける実践的な教科書といえる内容です。この企画はどのように立ち上がったのですか?

 きっかけは、いくつもベストセラーを手掛けられているフリー編集者の鹿野哲平さんから、本書の著者である石川明さんをご紹介いただいたことでした。当初、おふたりは石川さんのご専門である社内起業をテーマにした企画をお考えでした。たしかに石川さんが社内起業の本を書けば、確実に「いい本」になるとは思うのですが、どうしても読者が絞られてしまうのがもったいないと思いました。

 そこで、石川さんにいろいろなお話を伺いながら、広くビジネスパーソンに関心をもってもらえるテーマを設定できないかを3人で探りました。そのなかで特に興味をそそられたのが、社内起業で難しいのは、実は「企画を立案することではなく、社内で承認を得たり、実際に新規事業を進めていくプロセスだ」というお話でした。

 社内で新しいプロジェクトを立ち上げようとしたときに、初めから味方になってくれる人は少ないのが現実。むしろ、反対する人や傍観者のほうが多く、社内に軋轢が生じるものです。それを乗り越えるためには、社内の理解を得て、多くの人に協力してもらえるようにする能力が重要なんですが、ここで失敗するケースが非常に多いとおっしゃるのです。そういう目にあうと、ついつい「上司がダメ」「会社がダメ」とぼやいてしまいますが、それでは状況は何一つ変わらない、と。たしかに、そうだろうなぁ……と思いました。

社内の理解を得られないとき役立つスキル

―― いま「多くの人に協力してもらえる能力」とおっしゃいましたが、それは生まれもったものなのでしょうか? あとから学べるものですか?

 もともと備わっているというより、後からでも身につけられる「スキル」といってもいいかもしれません。社内の理解を得られない、というのは、新規事業を立ち上げるときに先鋭的に現れる問題ではありますが、通常業務においても原理は同じ。組織のなかで仕事を成し遂げるためには、「味方を増やして、組織を動かす」というスキルが不可欠です。だから、これは社内起業の関係者のみならず、すべての組織人にとって重要なテーマじゃないかと考えました。

―― 「“組織”を動かす」というと大それた感じもありますが、対“個人”で考えると、ほとんどすべてのビジネスパーソンに当てはまるテーマですね。どんな部署・役職にいたとしても、相手が上司であっても部下であっても、自分が想定しているように相手に動いてもらいたい、という場面がありますから。
 ところで、この『Deep Skill』というタイトルは初期から固まっていたんですか。

 そうですね。このテーマを一言で伝えられるタイトルを考えていたときに、僕はなぜか「Deep」という単語が好きで、いつか「Deep」という言葉を使ったタイトルの本をつくりたいと思っていたので、「Deep なんとか」にあてはまる言葉を探していたら、「あ、Deep Skillってありかも?」と思いつきました。

 データ分析力、ロジカル・シンキング、プレゼン力といった、いわゆる「ビジネス・スキル」とは違って、人や組織を動かすという一段深いレイヤーの能力を「ディープ・スキル」と名づけて本にしたら、多くの読者に興味をもってもらえるのではないか。僕自身、こういうのがからっきしダメなので、自分の勉強にもなるし、と。それで、企画書をまとめたという感じです。

田中 泰さん (ダイヤモンド社書籍編集局第4編集部)
出版社2社を経て、ダイヤモンド社に中途入社。
主な担当書は『優れたリーダーはみな小心者である。』『社内プレゼンの資料作成術
プレゼン資料のデザイン図鑑』『まいにち小鍋』など。

ディープ・スキルを掘り下げる

―― 「“深い”レイヤーの能力」=「“ディープ”・スキル」って納得です。このコンセプトが決まってから、編集で一番苦労されたり腐心された点はどんなことでしたか?

 編集上で一番苦労したのは、まさにこの「ディープ・スキル」という言葉の中身を具体的に作り出すことです。「ディープ・スキル」という言葉は思いついたものの、当初はモヤッとしたイメージでしかなく、関係者もそれぞれ異なるものを思い描いていました。

 だから、実際に執筆に入っていただくまでに何度も何度も、石川さんと鹿野さんと僕の3人でZOOMミーティングをやって、石川さんが経験されたさまざまなエピソードを伺いながら、Deep Skillとは何なのか議論していきました。さらには原稿を磨き上げる段階でも、書き文字として「こうじゃないか?」「いや、そうではなく、こうだ」などと、延々とコミュニケーションを積み重ねたことで、口頭でミーティングしていたとき以上にどんどん「ディープ・スキル」という言葉に具体性と深みが備わったように思います。

 最終的には、「組織を動かすためには、人間心理や組織力学を深く洞察する必要がある。その深い洞察に基づいたヒューマン・スキルのことを“ディープ・スキル”と名づけた」と本書「はじめに」で記してあるように、定義のようなものも定まっていきました。

年次を問わず役に立つ

―― 読者層や読者の方の反応は予想どおりでしたか? Amazonのレビューでも「まさにこの点です、と叫びたくなるほど本質をついている」「年次を問わず役に立つ本」など共感や絶賛の声が多く上がっています。

 そうですね。組織力学の渦中で今まさにもがいている中間管理職層をメイン読者に想定してご執筆いただきましたが、実際に30代、40代、50代の方がほぼ均等に読んでくださっています。

 面白いのは、30代くらいの方は「なぜ、自分の主張が組織で通じないのか、そのメカニズムがわかった」といった感想を寄せてくださる一方で、50代以降の場合は、ご自身が経験されてきたことや、経験則として身につけてこられたご自身の「ディープ・スキル」について語る方が多いことです。

 人や組織を動かす「ディープ・スキル」って、多分、目の前の「壁」をクリアするために、試行錯誤するなかで自然と身につけるものだし、あまりそれをあからさまに語る機会も少ないですよね。だから本書をきっかけに、経験豊富なベテランの方々がそれぞれの「ディープ・スキル」を言語化して次世代に伝えていただくっていうのは、意味があるんじゃないかな、という気がしています。

―― 意外と女性読者の方も多いとか。

 そうなんです。こういう“ガチのビジネス書”は男性読者がメインだと思っていましたが、思った以上に女性読者にも読んでいただけています。入社2~3年目と思われる若い女性から、「上司が何を考えているか、組織がどうやって動いているか、勉強になった。モノの見方が変わった」という感想を寄せていただいたのが、とても嬉しかったですね。

―― それは嬉しい感想ですね! 読者の方にとっても、若いうちから上司の考え方の裏側がわかるというメリットはすごく大きいと思います。

正論というものの厄介さ

―― 本書では、「優柔不断な上司に『決断』を迫る」「弱者でも『抜擢』される戦略思考」「他者の『脳』を借りて考える」など超実践的な21ものディープ・スキルが提示されていますが、特に反響の大きい項目はどれですか?

 僕の印象では、人によって共感する項目はかなりバラつきがあるように思います。でも、あえて言うと、本書では、「正論」というものの厄介さに随所で触れていますが、そこに共感される方が多いようです。

 たとえば、項目3の「上司とは“はしご”を外す存在である」では、社長の指示ではじまった新規事業の担当課長が、その事業の担当役員に“はしご”を外されて、四面楚歌の状態に陥るエピソードが紹介されます。課長の視点で見ればまったくヒドい話で、その課長が「上司たるもの、部下のはしごを外すべきではない」という正論を吐きたくなる気持ちはよくわかります。

 だけど、石川さんは、そういう「正論」は無力だと言います。それよりも、「上司が保身をはかるのは当然」「ときに上司ははしごを外す存在だ」という“身も蓋もない現実”“美しくない現実”を直視すべきなのだ、と。

―― 「正論は無力だ」……たしかに厳しいけど現実ですね。ドラマのセリフみたいです……。

不条理だけど、人間としてやむを得ない側面

 見方を変えて、担当役員の視点で経緯を辿ると、「社長の性分」「役員間の出世競争」「業績悪化の責任の押し付け合い」などの人間心理や組織力学が見えてきます。担当役員がはしごを外す、というのは褒められたことではないけれど、人間としてやむを得ない側面もあることがわかります。

 であれば、そうした現実を洞察したうえで、担当役員がはしごを外しにくい状況を作り出すように仕組んでおくべきだったという話になります。具体的な“打ち手”は本書で確認していただきたいのですが、全然だいそれたことではないんです。一見、その担当役員に花を持たせるようなことで、彼が逃げを打つのが難しくなるような手を打っておく。このように、人間心理や組織力学の「現実」を深く洞察することができれば、ちょっとしたさりげない工夫をするだけで「難」を避けることができるというわけです。

 こんな感じで、本書では、「正論」にこだわるのではなく、“身も蓋もない現実”を深く洞察したうえで、適切な「打ち手」を講じることこそが、ディープ・スキルを磨く第一歩だと強調しているんですが、それに賛同・共感してくださる読者が多いですね。

“いい人”であることこそが「最強の戦略」

―― では、本書をはじめて読む方に特におススメの項目は?

 項目1の「“ずるさ”ではなく、“したたかさ”を磨け」という項目です。

 これも、ディープ・スキルを磨くうえで、すごく大切なことだと思います。ディープ・スキルと聞くと、なんとなく「組織の中でずる賢く立ち回る」ようなイメージを持たれますが、それは逆効果。

―― 「“ダーク”・スキル」じゃダメなんですね(笑)。

 そうです。だって「信用できない人」や「いやな人」とは誰も仕事したくないので、それではディープ・スキルを発揮できなくなってしまう。だから、“いい人”であることこそが「最強の戦略」だと、石川さんは強調されています。

 ただし、単なる“いい人”というだけでは、相手や組織に都合よく使われるだけで、こちらが主体となって人や組織を動かすことなんてできません。だから、「いい人+したたか」であることが大事だというわけです。

―― でも、「したたか」って行動に移すにはなかなか難しいです。

「あれオレ詐欺」への逆襲

 「したたかさ」とはどういうことか。これは、本書を通じて追求したテーマですが、この項目では、ある会社の役員さんの実話が紹介されます。その方はとても穏やかで威圧感ゼロの人物ですが、若いころから新規事業をいくつも成功させてくるなど、すごくアグレッシブな仕事をされてきました。

 その方が若い頃、あるプロジェクトを成功させたときに、いわゆる「あれオレ詐欺」にあったそうです。否定的だった人が「いいアイデアだと思っていた」と言い始めたり、ちょっと手伝ってくれた人が「あのプロジェクトの成功要因は……」と当事者のごとく語ったり。そのプロジェクトのために大汗をかいてきた本人からすれば、正直、腹の立つ局面です。しかし、その方はそういう感情は一切表に出さず、「『ありがとうございます』と言って、にっこり笑って済ませた」というのです。その結果、「あれオレ詐欺」をやった人たちは、その後、こぞってその方をサポートするようになり、だからこそ、その方は次々と新規事業を成功に導くことができたのだといいます。

―― なぜ、「あれオレ」と言っていた人たちがサポートしてくれるようになったのでしょうか。

 きっと「あれオレ詐欺」をやった人たちは心の中では後ろめたさを感じていたから、真のプロジェクトを担った本人からお礼を言われると弱かったはず、ほかにもチャレンジしたいプロジェクトもあったし、余計なことを言って気を悪くされるより味方につけた、とご本人はおっしゃっていました。腹立たしい感情を横に置いて、相手の「勝ち馬に乗りたい」「後ろめたい」という心理を逆手にとったのです。まさに「ディープ・スキル」。なるほど、これが「したたか」ということかと、僕自身たいへん勉強になりました。

 本書では、こういう感じで、いろいろなシチュエーション、いろいろなテーマごとに、「ディープ・スキル」を紹介しています。通常の「ビジネス・スキル」だけではなく、「ディープ・スキル」というものの存在と重要性を意識するだけでも、仕事をするときの「モノの見方」が変わってくると思います。ご一読いただければ、きっと効果を実感していただけると思います。


【『Deep Skill』著者からのメッセージ】


石川 明(いしかわ・あきら)
株式会社インキュベータ代表取締役 1988年上智大学文学部社会学科卒業後、リクルートに入社。リクルートの企業風土の象徴である、新規事業提案制度「New RING」の事務局長を務め、新規事業を生み続けられる組織・制度づくりと1000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年にリクルートの社員として、総合情報サイト「オールアバウト」社の創業に携わり、事業部長、編集長等を務める。2010年、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。大手企業を中心に、新規事業の創出、新規事業を生み出す社内の仕組みづくりに携わる。これまで、100社、2000案件、4000人以上の企業人による新規事業を支援。自身のビジネス経験、そしてコンサルタントとして数多くのビジネスパーソンの仕事ぶりを観察することで、新規事業を成功させるためには、人や組織を巧みに動かす「ディープ・スキル」の必要性を痛感。そうした要素も含めた「創造型人材の育成」にも力を入れている。早稲田大学ビジネススクール修了。
大学院大学至善館特任教授、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科客員教授(2023年4月就任予定)。経済産業省 起業家育成プログラム「始動」講師などを歴任。
著書に『はじめての社内起業』(ユーキャン学び出版)、
『新規事業ワークブック』(総合法令出版)、『ディープ・スキル』(ダイヤモンド社)がある。


 はじめまして、石川明です。

 私は、リクルートで1000件以上の新規事業の起案に携わったほか、同社が出資した総合情報サイト「オールアバウト」の創業に参画。仲間と力を合わせて上場に導いたのち、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。これまで、100社、2000案件、4000人以上の現場リーダーのサポートをしてきました。

 その中で痛感させられてきたことがあります。
 それは、企業のなかで何らかの「仕事」を成し遂げようとするときには、「人間心理」と「組織力学」に対する深い洞察が欠かせないということです。

 私は、仕事とは「誰かの“不”を解消し、喜んでもらって、その対価をいただくこと」だと考えています。「不」とは不安、不満、不快などの「不」。この「不」を解消して、人々に喜んでもらうことこそが仕事の本質なのです。
 そして、会社員の強みは、会社が有するリソース(ヒト・モノ・カネ)を活用して、世の中の「不」を解消できるということ。会社のリソースを使えるからこそ、ひとりではとてもできない「大きな仕事」ができるのです。

 ただし、そのためには条件があります。
 社内の人々を味方につけ、組織を動かすことができなければならないのです。世の中の「不」を解消する素晴らしい事業企画があったとしても、それを組織の中で認めてもらえなければ仕事は始まりません。
 あるいは、事業企画が承認されたとしても、社内の人々や関係部署、経営陣の感情的な共感が得られていない場合、その後サポートを得られないばかりか、さまざまな抵抗に見舞われるなどして、その事業は頓挫してしまうでしょう。
 仕事を「実行」し、「結果」を出すためには、人と組織を動かすことから絶対に逃げることはできないのです。

 しかし、これが難しい。
 人や組織は、理屈だけでは割り切れない複雑な存在です。
 人はいつも合理的に判断や行動をするわけではありませんし、さまざまな要因で気持ちは揺れ動きます。経営陣、上司、部下など社内の人々を味方につけるためには、そうした「人間心理」への鋭い感性が求められます。

 そして、そんな「人」が集まってできている組織は、さらに複雑な力学のもとに動いています。同じ会社内であっても部署ごとに利害は異なり、ときには対立関係に陥ることもあります。あるいは、「社内政治」と呼ばれるような力関係の中で翻弄されることもあるでしょう。「組織力学」に対する深い洞察がなければ、組織を動かすどころか、組織に押し潰されてしまうのです。

 だから、私は次のように考えています。

「人間心理」と「組織力学」に対する深い洞察力と、それに基づいた的確な言動を行う能力を磨かなければならない、と。
 これはビジネススクールで学べるような「理論」を超えた、「ヒューマン・スキル」とでも言うべきもの。「深い洞察」に基づいた「ヒューマン・スキル」であることから、私はこれを「Deep Skill(ディープ・スキル)」と名づけました。そして、その「ディープ・スキル」を、私なりに言語化しようと試みたのが本書です。ぜひ、皆様の日頃の仕事に活かしていただきたいと願っています。

『ディープ・スキル』石川明・著
定価:1760円



いま話題になっている書籍を企画した担当編集者に、企画化の背景や本づくりで苦心した点、
その本について届くお客様の声や反響などについて聞いていくインタビュー連載。
著者さんや評論家の方たちとはまた違った視点で、その本の魅力をお届けします。
連載の詳細・記事一覧はこちら

【今回の話題書】
  Deep Skill ディープ・スキル
  石川 明 著

<内容紹介>

ビジネススキルを磨くだけでは仕事はできない。仕事を完遂する上で最重要なのは、組織を巧みに動かす技術。人間心理と組織力学を洞察し、それらを味方につける深くてさりげない「Deep Skill」だ。100社で4000人のビジネスマンを観察してきたコンサルタントがリアルな「Deep Skill」を解説する。


※この記事は、ダイヤモンド書籍オンライン(2023年2月14日)にて公開された記事の転載です。