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自分のことが好きですか

こう聞かれて、素直に心に浮かんだ回答はなんだろうか。別に誰かに答えなるわけでもなく、自分にだけ回答するとしたら、皆さんはどう回答するだろうか。この回答には、その人の考え方とか、生き方がギュっと凝縮されたものができあがると思う。

少なくとも自分は、「大好きです!」と満面の笑みで答えることはできない。かといって、自己嫌悪で死にそうで、大嫌いかというとそうでもない。ではどう答えるのだろうか。

なんだがすごく宗教の勧誘みたいな書き出しになったが、ただあるマンガの話をしたいだけ。『靴の向くまま』という作品だ。先日発売した3巻に掲載された中で、この質問がテーマになった話があった。


自分のことが好きじゃない

このマンガの主人公は、靴屋を経営している。その主人公のもとに、ある女性が訪ねてくる。彼女は合わない靴を履いていて、足を怪我していた。かなりサイズが異なっており、別の靴を買ったほうが良いと主人公は勧める。その答えを聞き、少し残念そうな表情をする。

どういう靴なのか聞くと、こう答える。
「違う自分になりたくて買った靴だったんです」と。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No37


彼女は得意なこともなければ、苦手なこともない、そんな自分のことを、「面白みのない人間」と評価している。ある程度、なんでもそつなくはこなせるけども、突出した情熱は持てない。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No40 

そんな彼女の趣味は、”誰か”を応援すること。「なんにもなれない自分」だからこそ、「なにかに成ろうとしている誰か」に憧れ、応援をする。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No41

めちゃくちゃ共感してしまった。この少女ほど、自分のことを平均とは思っていない(むしろ苦手がないのはスゴいと思う)が、この「憧れ」はすごくわかる。

なにかに熱中し、その熱量で他者を惹きつける。そんな存在に凡人として強く憧れるのは、自分も同じだ。


そして、そんな彼女の「推し」が履いていたのと同じものが、冒頭に記載した「違う自分になろうとして買った靴」だったのだ。憧れの存在と、せめて靴くらいは同じものを履き、少しでも近づきたかった。自分を”応援”してあげるようになりたかった。

でも、結果として、彼女はその靴に拒絶をされた。客観的に見れば、ただサイズを合わない靴を買ってしまっただけ。だが、それが自分を好きになるためのきっかけとして買った靴だった。その靴から、お前には相応しくないと言われてしまった。

自分なんか、憧れの存在に近づくことすら不可能だと、そんな解釈をしてしまっても不思議ではない。だから、彼女は自分のことが好きじゃないとはっきりと口にする。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No44


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この後、紆余曲折あり、このお客さんに主人公は少しカスタマイズした靴を貸す。「靴が嫌いになった」という彼女に対して、少しでも靴のすばらしさを知ってもらうために。

一旦はその場を収めることができたけども、彼女の悩みに明確な解決を与えてあげることはできなかった主人公。いろいろと考え込む。主人公は靴を愛している。だけども、「自分のこと」はどうかというと、それはよく分からない。


主人公は、まず幼馴染に「自分のことは好きか」と聞いてみる。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No79

このセリフもすごくいい。
そうか、そういう回答もあったか、と目からウロコだった。

人間は一人で生きていない。周りの人に支えられて生きていく。自分ひとりで厳しいとき、周りにいい人がいて、その人たちに支えられて生きていくということは、すごく幸せなことだ。そして、そんな環境を作ることができた自分を肯定する。

自分の周りにいる他者にまず目を向ける、すごく大人で優しい考え方だなと思う。自己中心的な自分にはできないなと思った。

そう、自分ひとりで生きていくのは確かに難しい。人、作品、環境、いろんなものに支えられて、人間は生きていく。幼馴染の回答を受けて、お客さんが自分を支える「好き」なもののなかに、靴がいつか入るように頑張ろうと主人公は決意する。


好きになれるように

長々と書いているが、じゃあ私の回答はなんなのか。今の現状はともかく、「こう答えられるような人生を歩みたいな」と思うような素敵な回答でこの話は幕を閉じる。

実は主人公は、高校生の女の子に靴作りを教えている。私の理想の回答は、その弟子、「ほたるちゃん」の回答だ。その子も色々と問題を抱えており、塞ぎ込んでいた時があった。そんなときに、主人公に、主人公の作る靴に救われて、靴を好きになった子だ。

その子が、こんな回答をしている。
「今は 好きになれるかもしれないって 思っています」

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No92

すごくグッと来た答えだった。そう、冒頭に書いた通り、私も今の自分を大好きにはなれない。嫌だなと自己嫌悪してしまう部分も多々ある。そこは同じだ。でも、彼女はそんな自己の嫌いなところも受け入れる、あるいは良い方向に変えていこうとしている。

嫌なことや苦しみから目を背けず、自分を肯定できるようになるように生きていく。結論、人生ってずっとこれなのだろう。苦しみや嫌なことがない人生なんて、きっと実現しないし、実現しても、そんな人生はきっとつまらないだろう。


これを受けて、自分を好きになれなかったあのお客さんも、心が動く。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No94

この「好きって返ってくるだけだったら」というセリフもすごく好きだ。根っから悩みがなく、幸せだと思っている人にはやはり共感が難しい。苦しいながらも、前向きに生きようとがんばっている人に、心動かされる。

彼女も前向きに歩き始めようと、靴を作ることを主人公に依頼する。憧れて”応援”していたあの人と同じ靴を。


もしも自分が嫌いなら

すごく素敵な話だった。主要なコマのみ切り貼りをしてしまったのだが、どのページも素敵な行間で作成されており、捨てどころはなかった。ぜひとも、マンガで読んでみてほしい。

この記事にこの作品全体の魅力を紹介している。去年はこれに影響されていい靴を買うくらい、影響を受けたマンガ。


最後に、構成上貼る箇所がなかったが、すごく素敵だなと思ったページを紹介して終わりたい。

もしも、今日のタイトルにもなった問いに対して、はっきりと「嫌い」と回答した人。自分を好きになれない、辛い状況にいる人。そんな人に送りたいことばだ。

『靴の向くまま(3)』 Kindle位置No68

このセリフは靴を嫌いといったお客さんに向けた言葉だ。でも、これは「自分が好きどうか」に対しても当てはまると思う。

自分の嫌いところをはっきりと認識している自分も励まされた、すてきなことばだ。嫌いなところを「好きになれるように」頑張って生きていこうと思う。


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