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「誠実さ」はきれいごとか? 【『誠実な組織』試し読み】

組織のリーダーやマネジメントに求められる重要な資質として「インテグリティ」が注目されています。
「インテグリティ」とは「誠実さ」とも訳される言葉。
ピーター・ドラッカー氏も、「インテグリティこそが組織のリーダーやマネジメントを担う人材にとって決定的に重要な資質である」と述べています。

しかし昨今、日本企業や組織による不誠実な実態が明るみに出ています。
日本人は勤勉で真面目というイメージもあり、「誠実さ」は「当たり前のこと」として個々人の倫理観や道徳心に任され、現代社会におけるビジネスの仕組みとして機能していないのではないでしょうか。

「誠実さ」がなぜ大切なのか、組織にどのような影響を与えているのか、ビジネスの中で実践していくにはどうしたらよいのか。
抽象的な「誠実さ」という概念を実践的で普遍的なものとして語るのが、10月20日に発売された新刊『誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』です。

このnoteでは本書の「第1章 誠実さはきれいごとか?」を公開します。1万字を超える内容ですが、ぜひ読んでみてください。

誠実さは生まれつきの機能

我々の体には初期設定として誠実さのバロメーターが装備されており、誠実であればあるほど気分がよくなるという。
数多くの医学研究からわかったことは、誠実な人は病気にかかりづらく、不安や鬱になりづらく、より健全で深い人間関係を築けるということだ。
つまり、誠実でいれば心身も健康になるということがはっきりと示されている。

こうした結果を示す一連の研究のなかに、ドイツのユリウス・マクシミリアン大学ヴュルツブルクの研究者が行った、「カップの下のサイコロ」という有名な実験がある。

被験者たちはカップの下でサイコロを転がし、出た目を匿名で報告するのだが、どの目が出たかは本人しか見ることができない。そして、出た目が大きければ大きいほど高額の賞金を得られる。サイコロを転がすチャンスは3回だ。
適切な実験結果を得るために、実験は2つのパターンに分けて行われ、回答にはそれぞれ異なる制限時間を設定した。1つ目の実験ではサイコロの目を確認した直後に報告する、2つ目は少し間をおいて報告する、という形だ。

実験結果は、多くの研究者の長年の推測が正しかったことを明確に示していた。間をおいた場合よりも直後のほうが正直な報告内容が得られる――つまり、誠実さは反射的なものであり、不誠実さはより認知的な働きを伴うものであるということだ。こうした結果は、シェフィールド大学がイギリスを中心に行った、磁気共鳴機能画像法(fMRI)による脳画像診断研究でも立証されている。

もう1つの研究を紹介しよう。 
イスラエルのベン・グリオン大学のハラン氏とアムステルダム大学のシャルヴィ氏が、オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカの被験者を対象に行った実験だ。被験者はアドバイスを受けたあとに決断を下すよう指示される。実験目的は、被験者の決断――アドバイスに従うか従わないか――に影響を及ぼす要因を特定することだ。場面設定は以下の通りである。

被験者は車の購入を検討している客で、2つの車種の燃費について販売員に尋ねている。販売員はより燃費のよい車を勧める。しかし、販売員が当てずっぽうで話していると感じた場合、あるいはインセンティブを得るためなどの目的で偏った情報を提供していると感じた場合には、彼らが販売員のアドバイスに従わない可能性も出てくる。もちろん、販売員が提供する情報がまったくもって正確な可能性もある。こうした場合に、被験者が何をもってして販売員を誠実だと判断するのか、その決定要因を知ろうというわけだ。

ハラン氏とシャルヴィ氏は5回の実験を行った。各実験で、被験者にはまず販売員のアドバイスが偏っていないか疑うべき理由が与えられ、そのあと実際に販売員からアドバイスを受けた。疑うべき理由としては、この販売員にはインセンティブがある、この販売員のアドバイスは、過去にもしばしば間違っていた、といったものがあった。結果は一目瞭然だった。
アドバイスが誤っている、あるいは客を騙すようなものであると疑った被験者は、それが実際には正確な情報であってもアドバイスに従わない傾向にあった。

もし皆さんが影響力のある人間になりたいのであれば、この結果から学ぶべきことは明白である――ただ真実を語るだけでは不十分なのだ。
善意に基づいて行動し(公正)、考えているのは自分の損得よりも大事なこと(目的)である、そんな人間に見られなくてはならない。 

これら2つの実験結果から立証されたことは、我々人間は誠実でいることを好み、相手にも誠実さを求めるということだ。

誠実でいれば、体にもよい影響がもたらされる。
ブルームバーグ社の「健康な国」指数と、アメリカやイギリスの大学の研究結果によると、誠実さのランキングで上位にいる国は、健康面においてもランキング上位にいる。 
もっとも健康な国であるイスラエルは、誠実な国ランキングで18位だった。
もっとも誠実な国であるスイスは、健康な国ランキングで6位だった。
ノルウェーは健康においても誠実さにおいてもランキング2位となっている。
反対に、不誠実さと鬱度合いもまた比例しており、中国、インド、ロシアなどがランキング下位に位置した。

これらのことからわかる通り、誠実でいることが健康につながる。残念なことに、我々の脳は電子機器と違って「初期化」の機能がない。では、こうした生来的な誠実さが失われてしまうとどうなるのだろう。生まれつきの誠実な性質が不誠実さに晒された場合、抵抗できるのだろうか、それとも屈してしまうのだろうか?

その結果を知るために、ガレット氏をはじめとする研究者や行動科学者らがある実験を行った。
被験者がペアになり、硬貨の入った瓶を見て、中に入っている硬貨の合計金額を当てるというものだ。片方の被験者はもう片方の被験者に、硬貨が何枚入っていそうかアドバイスをする。そしてアドバイスを受けた側の被験者は推測した合計金額を答える。各被験者は正確な枚数を当てて報酬を山分けするために協力することになっているが、実はアドバイスを受ける側の被験者はおとり役だ。アドバイスをする側の人間は、実験の回によって以下のように異なる報酬体系が設けられていることを認識したうえで、ペアの相手にアドバイスをする。 

実験1では、ペアの相手に損をさせれば自分が得をする
→誤差が大きいとき、相手の報酬は少なくなるが、自分の報酬は多くなる
実験2では、自分が損すれば相手が得をする
→誤差が大きいとき、自分の報酬は少なるなるが、相手の報酬は多くなる
実験3では、相手には影響を及ぼさず、自分だけが得をする
→誤差が大きいとき、相手の報酬は変わらないが、自分の報酬は多くなる
実験4では、自分には影響を及ぼさず、相手だけが得をする
→誤差が大きいとき、自分の報酬は変わらないが、相手の報酬は多くなる 

アドバイスする側の被験者は、ペアの相手(おとり役)はこの報酬体系を知らないと考えている。また、すべての実験が終わるまでは、被験者は実際の金額を知らされない。
実験回数を重ねていくうち、アドバイスをする側の被験者は、自身が得をする場合には、ペアの相手に損をさせてでも利己的で不誠実な行動を取る傾向が高まった。

実験中の脳の動きを調べるため、被験者の脳のfMRI撮影を行ったところ、扁桃体――過去の経験に対する感情的反応をコントロールする脳の一部――に一定の神経メカニズムが見られた。利己心に基づく不誠実な行動を取ると、そのたびに被験者の扁桃体で検知されるシグナルが減少することがわかったのだ。

ここから示唆されるのは、不誠実な言動に対する脳の感度が鈍くなっているということである。さらに、シグナル検知数の減少量に応じて、利己心に基づく不誠実さがどの程度加速するかも導き出された。被験者の脳の感度が鈍くなるほど、その次の実験回で利己的な行動を取る確率が高くなったのだ。 

こうした研究結果が示す内容は、リーダーや組織にとって注目に値する。
普段は誠実で、相手に対しても誠実さを求める人々であっても、不誠実な行動がそそのかされる状況に置かれれば、徐々に不誠実さに屈してしまうということだ――本人にそのつもりがない場合でも。 

本書がこれから明らかにするのは、皆さんもそのような状況をつくり出しているかもしれない、ということだ。その結果起こりうる大惨事について見ていこう。

不誠実さによる実害

2018年、世界的なコンサルティング企業であるアクセンチュアが、企業の信頼が収益に及ぼす影響について調査を行った。7000社以上を調査対象とした同社の「コンペティティブ・アジリティ・インデックス(Competitive Agility Index)」からわかったことは、直近2年間で54%の企業が深刻な信頼低下を経験したということだ。アクセンチュアの推定では、こうした企業の信頼低下は――控えめに見積もっても――トータル1800億米ドル(約18兆円)の損失に相当する。信頼低下の原因には、製品の欠陥、財政的スキャンダル、環境への無配慮、サイバーセキュリティ侵害といった問題が挙げられた。
なお、アクセンチュアにおける信頼の定義は「コンピテンス、誠実さ、正直さ、透明性、コミットメント、目的、親しみやすさの一貫した体験」である。

調査対象企業のうち2社で起きた、ハッとするような事例を紹介しよう。
1つ目の企業は、持続可能性へのコミットメントを促進するキャンペーンを行った。しかし、環境問題や社会的責任に関する適切な専門家の知見を取り入れていなかったために、ただのPR活動のようになってしまい、結果的に4億米ドル(約400億円)の売上減少となった。
2つ目の企業は、マネーロンダリングの疑惑があると名指しされ、翌年の売上が34%、つまり10億米ドル(約1000億円)低下した。また、収益性の指標であるEBITDAは61%、つまり7億米ドル(約700億円)も急落した。

世界最大手の広報・PR企業であるエデルマンは、毎年「エデルマン・トラストバロメーター」という調査を行っている。同社は過去20年にわたり、世界中の200万人以上を対象に、2300万件もの信頼度測定を行ってきた。 
会社員や一般市民3万4000人以上を対象に行われた2020年の調査では、世界中に蔓延する不平等について、深刻な不満が募っていることが明らかとなった。資本主義の弊害は利点を上回っていると答えた回答者は56%、世界中で不正行為が増えていると感じている回答者は74 %であった。また、メディアの情報を信用していないと答えた回答者は56%であった。

本調査において、エデルマンは「信頼」の定義を、能力と倫理観のコンビネーションであるとしている。
2020年の調査では、この2つを兼ね備えているとみなされた組織は1つもなか
った。能力があるのは企業、倫理観があるのはNGOとされた。社会に必要な変革をもたらす最後の砦は企業である、とされていた2019年の調査結果とはきわめて対照的である。昨今の世界では、企業の能力に対する信頼が失われており、かつて彼らに期待していたポジティブな影響はもはや望めないと多くの人が感じているようだ。2020年の調査で、企業はすべての人々のために平等かつ公平に尽くしていると思う、と答えた回答者はわずか29%だった。

とはいえ、完全に信頼が失われてしまったわけではない。収益の追求とコミュニティへの貢献は同時に達成できると考える回答者も73%いた。また、企業の長期的な成功には、株主だけでなくすべてのステークホルダーが重要だと考える回答者は83%だった。何より重要なのは、73%の従業員が、社会の将来性を形成するための機会を与えてほしいと雇用者に望んでいることである。

これらのことから得られる結論は? 
人々は自分の仕事を通じて影響を与えたいと強く望んでおり、実際にそうできると信じているということだ。誠実な企業は、真実、公正、目的に基づく行動を通じてそうした機会を生み出しており、誠実でない企業よりも圧倒的に優れた業績を残している。では、人々が持つ可能性や野心と、彼らが経験する厳しい現実の橋渡しをするものは何だろうか。
希望である。

希望が誠実さの着火剤になる

2015年12月、当時9歳だったソフィーは、両親と共にスウェーデンに降り立った。彼らは旧ソビエト連邦から亡命してきた難民だった。
3カ月前、ソフィーは警官の制服を着た男たちに父親が攫われるという恐ろしい光景を目にしていた。男たちは一家を車から引きずり出し、両親にひどい暴力をふるったあと、ソフィーと母親を逃がした。最終的に父親は家へ帰され、一家はスウェーデンへ亡命した。
スウェーデンに到着してから数日後、両親はソフィーが遊ばなくなっていることに気づいた。それからまもなくのこと、スウェーデン移民庁から一家の国内滞在を認められない旨が告げられた。一連の会話をソフィーは耳にしていた。
それ以来、ソフィーは食事も会話もしなくなり、20カ月間の昏睡状態に陥った。チューブを通して食事が与えられ、おむつをはかされた。バイタルサインや反射活動はいたって正常だったが、生きているようには見えなかった。

1990年代の終わり頃から、このような奇妙な事例についてスウェーデンの医師から多数の報告があった。
この現象は「あきらめ症候群」と呼ばれた。2003年から2005年のあいだに約400件の症例が報告され、近年においてもまだ数百件の報告が上がっている。この症候群は主にトラウマを抱えた子どもや若者に発症する。彼らは祖国で恐ろしい体験をしたうえに、移民として自分の状況や身の安全がどうなるかわからない恐怖を味わっている。2019年、『眠りに生きる子供たち』と題されたドキュメンタリー映画がネットフリックスで配信された。あきらめ症候群を患ったスウェーデンの子どもたちの苦難に満ちた人生を記録したものだ。

どの子どもも、祖国で想像もつかないほどの恐ろしい光景を目にし、スウェーデンでは先の見えない不安に直面した。せっかく逃げてきたのに、またあのような残忍な日々に戻らなくてはならないのではと怯えきっていた。

7歳の女の子、ダーシャもその1人だ。ダーシャは母親が強姦されるのを目の当たりにした。父親が現地の役人にとって脅威となるインターネットビジネスを運営していたため、脅しをかけられたのだ。
12歳の男の子カレンは、家族ぐるみの友人が殺される場面を目にし、自分の命を守って必死で逃げた。

ガス欠になった車のように、あるいはコンピュータが壊れたときのように、子どもたちは耐えがたい先の不安に対処する方法として、ただ心と体をシャットダウンしたのだ。そしてそのまま数カ月間、さらには数年間、目を覚まさなかった。

あきらめ症候群に治療法はあるのだろうか? 
専門家によると、希望を取り戻すことが大事なのだそうだ。避難先が見つかり、一家の安全が確保されると、子どもたちは徐々に昏睡状態から目を覚まし、身体機能を回復していくのだという。

我々の脳は希望を強く求めている。希望が奪われれば、幼い体は極度のストレスに耐えきれず機能を停止してしまうほどだ。希望は人間の精神にとって不可欠な栄養素なのである。 
このことからわかるのは何だろう? 答えはあなたの想像を上回るかもしれない。

職場における希望

「職場における不満」と「心に傷を負った子どもの苦悩」は、到底比べ物にならないが、希望が失われているという点では共通しており、そこから学べることは多いはずだ。

多くの場面で引用されているギャラップ社の従業員エンゲージメント統計結果がある。これは、労働人口の約70%が仕事にエンゲージしていない(やる気がない)、またはエンゲージする気がない(会社の成功を妨害しようとしている)、という内容だ。この数値は調査が始まって以来ほとんど改善されておらず、2019年には65%まで下がったが、それでも喜ばしい結果には程遠い。つまるところ、約1億5700万人いるアメリカの労働人口のうち、およそ1億200万人が、パーパスやコミットメントをほとんど意識しないまま働いているのだ。

従業員がエンゲージしていないということは、希望が失われているということだ。それも、1億人以上が同じ気持ちを抱えている。仕事に対する気力も愛着も感じられないまま、ただ茫然と職場を歩き回っている。ある意味、彼らの心と体もシャットダウンしているのだ。なかには自分の置かれた状況に憤慨するあまり、自ら会社を弱体化させてやろうと企む従業員もいる。

自分が言う通りの姿でありたいと願う組織やリーダーにとって、希望は鍵となる要素だ。「うちの組織で希望を生み出したいんだが手伝ってくれないか?」などと電話をかけてきた経営者はこれまでいなかったが、そうした連絡をしてくるべきだった人も多くいた。組織に存在する希望を数値で測ることは難しくとも、希望が失われた組織を目にすれば、どれほど空気が淀んでいるかは一目瞭然だ。
希望は以下の3つの要素が交わることで生まれる。

(1)情熱――より優れたものを求める気持ち
(2)忍耐力――大きな困難に打ち勝とうとする力
(3)信念――そうした困難の先により優れたものが必ずあると信じる心
 

リーダーであれ組織であれ国家であれ、暗黒の日々を切り抜けさせてくれるのは希望なのだ。 
組織の改変期に必要なのは、約束を破られても希望をくじかれはしないと、従業員が自信を持つことである。

怒りに満ちたクレームに対処するにあたり、人的資源もエンパワーメントも不足していると感じている顧客窓口担当の従業員は、カスタマーサービスにおけるコミットメントが一新されれば、自分が望んだ形で仕事ができると希望を持てるようになる。商品開発部門や研究開発部門の従業員は、イノベーションが新たな競争手段となると宣言されれば、自分たちの科学知識や技術力を使って誇りに思えるものを生み出そうという希望に満ちあふれる。彼らの願いを叶えるチャンスがあるとしたら、こうした希望は必要不可欠な要素だ。

「希望など寓話だ、“あやふや”だ」と思われるかもしれないが、決してそんなことはない。 
組織において希望が果たす役割を調査した2人の研究者、スザンヌ・ピーターソン氏とクリステン・バイロン氏によると、より大きな希望を持っている人はそうでない人と比べて、ゴール志向が強く、目標達成のためのモチベーションが高いという。
営業職であれ住宅ローン仲介業者であれ経営層であれ、希望に満ちているほど仕事のパフォーマンスが全体的に高いことがわかったのだ。大幅なコスト削減のプレッシャーや業務上の障害、困難な顧客対応に直面したとき、希望を持っているリーダーはそうでないリーダーに比べてよりよい解決策を出す傾向にある。このことから示唆されるのは、仕事で困難に直面したとき、希望を持つことが従業員の助けになりうるということだ。

これに関連して、フロリダ大学の研究者であるアンブローズ氏、シュミンケ氏、シーブライト氏が行った、組織における公正さに関する研究からは、希望の喪失が破滅的な結果につながること、従業員の怒りと企業妨害行為のあいだには強い相関性があることがわかった。従業員が自分は不当に扱われていると感じた場合――例えば約束がいつも破られるなど――彼らは組織に対し、過剰な要求をすることで「仕返しする」傾向が格段に高くなるという。希望に対する裏切りほど、復讐心を煽るものはないのだ。

皆組織の偽善にうんざりし、希望を捨てたくなっている。我々が見てきた企業にも、重要な変化に踏み出そうとして、ずっと先延ばしにされていたマネジメント研修を経験の乏しいリーダーに提供したり、社内文化が変わることを示す新たな価値観を宣言したり、時代遅れのツールを最新のテクノロジーに入れ替えることを約束したりした企業があった。

しかし、こうした取り組みは実施される前に立ち消えてしまった。となれば、組織が言葉と行動に一貫性を持たせると宣言しても、従業員が自分たちの理想通りに物事が進むわけはないと感じるのも無理はない。このような、約束だけが先行する事態が過去にあった場合には特にそうだ。

希望を保つには、それを支える明確な根拠が存在しない場合でも、自信を持って前に進み続けることが求められる。しかし、物事が行き詰まり始め、せっかく掲げた希望がくじかれてしまったときには、才能ある従業員は仕事をやめて会社を去ってしまう――そして平凡な従業員は、仕事をしないまま会社に留まるのだ。
組織やチームの誠実さを鍛え上げるには希望が必要となる。もしあなたが途中で諦めれば、なんてことはない、部下から仕返しを受けるだけだ。しかし、もしあなたが努力し続ければ、部下からは立派なお返しがもらえるだろう。

希望が困難を打破するとき

その好例となるのがメロニー氏の体験談だ。
メロニー氏は大手メーカーの物流部門で倉庫管理を務めるシニア・スペシャリストである。彼女に出会ったのは、同社における新たな組織設計の一環として、「チームの立ち上げ」に関するセッションの司会進行を務めさせてもらったときだった。

昨今の製造業では、製品を市場へ運搬する方法について、自動化やテクノロジーによって混乱が生じている。かつては安定していた多くの職が危機にさらされているのだ。そこでメロニー氏は、最先端の物流テクノロジーに関する資格を取って、機械に仕事が奪われるなかでも自分が貴重な人材でいられるようにした。

同社はアメリカ国内で製造・組み立てされた製品を、外国産の競合製品よりも低価格かつ高品質で配送することに誇りを持っている。実際、その誇りはほとんど常に保たれてきた。しかし、継続的なコストの高騰や激化する貿易摩擦の影響で、効率性を高める方法を常に考えなければならなかった。

数年前、こうしたテクノロジーの波を受けて、メロニー氏はある大きなプロジェクトの指揮を任された。内容は、同社の配送センター2つにテクノロジープラットフォームを導入し、製造ライン、包装と箱詰め、発送待ち商品用のパレットまで自動で商品が運ばれるようにして、監督者が1人で済むようにしようというものだ。このような転換を行えば、低価格で高品質な製品提供という約束を守り続けられることはわかっていた。

しかしメロニー氏は、共に働く仲間たちが職を失ってしまうのではないかと恐れてもいた。プロジェクトは順調に進行していったが、同時に不安も強まっていった。配送センターの効率が高まるほど、従業員は自分たちの仕事が時代遅れになることを恐れ、士気が低下していった。そうして悪循環が生まれ、従業員の仕事に対する姿勢が悪化すればするほど、経営陣からはプロジェクトを早く進めるようにと圧力がかかった。そうすれば「不満ばかり口にする余剰人員」を削減して「損切り」ができるから、と。

メロニー氏はチームの仲間に対し、自分たちのポジションが失われないよう技術研修を改善すべきだと訴え、自ら指導を行いさえした。しかし上層部は、見込みのない従業員に救済措置を施しても意味がない、と関心を示さなかった。メロニー氏は何度か訴え、上司にこのようなメールを送ったりもした。

「顧客への約束を守ろうとしているのは素晴らしいことです。
でも、従業員への約束は守らないのですか?
従業員に対しては責任を持たなくてよいのでしょうか?
少しの努力で守られる雇用があるはずです。そのためなら私も喜んで助けになります」

しかし、追加のリソースを求める彼女の要求は聞き入れてもらえなかった。初めて私と話したとき、メロニー氏は以下のように語った。

希望を持ち続けることがどんどん難しくなっています。
テクノロジーが導入されて、配送センターは確かに素晴らしい進歩を見せました。しかし同時に、何年も共に働いてきた仲間の表情がどんどん暗くなり、不安に満ちていっています。1つの約束を守ることが、別の約束を破っていい理由にはなりません。「何を犠牲にするかは難しい問題だよ」などという上司の言葉にはうんざりしています。何も犠牲にする必要がない場合なんかは特に。

メロニー氏は、自分が信じるような、誠実な会社の姿を切に望んでいた。顧客と従業員、双方に対して誠実な会社の姿を。それを実現する道も見えていた。彼女にとってみれば、二者択一の会社の姿勢は偽善であった。上層部は判断を誤っている、目先のことしか考えていない、そう感じられた。

部外者である私は、こうした状況ではほとんど何もできないことが多い。私の顧客はメロニー氏の上司よりも階層が3つも上だったため、メロニー氏と直接話をするよう促すのは適切とは思えなかった。ただ、彼に、技術の導入が進むにつれて従業員の士気が下がっているかもしれないから、「念のため」配送センターの見学をして進捗を確認するのはどうか、というようなことは言った(ような気もする)。

そして実際、彼はその通りに行動したのだった。偶然にも、見学のガイド役を務めたのはメロニー氏だった。もしかしたら誰かにアドバイスされて、チームメイトの職を維持したいという希望を直接彼に伝えたのかもしれない。そして、非常に高潔な人間である彼がその後取った行動も驚きではなかった。できる限り多くの職を確保するために必要なリソースをメロニー氏に与えるよう、配送センター長に強く「勧めた」そうなのだ。また、1つ目の配送センターでの取り組みが終わったら、2つ目の配送センターでも同様の取り組みをメロニー氏に主導してほしい、とも。

メロニー氏は希望を捨てなかった。かつて会社が宣言した自社のあるべき姿は実現可能だと。そのための明確なビジョンも持っていた。彼女は真実を語り、正しい行動にコミットし、より高次なパーパスのために尽力した。そして、そのような活動を目にした多くの同僚もまた、彼女と同じ姿勢や行動を取ることができたのである。メロニー氏は、自分自身に与えたセカンドチャンスを仲間にも与えたかったのだ。彼女の励ましと適切な研修によって、全員が全員ではないが、多くの従業員が変わることができた。

困難な状況にも屈さず、自分が先頭に立って道を切り開く、そのような彼女のコミットメントに火をつけたのは希望だった。そして、キャリアの危機にあった同僚に対しては、彼女自身が希望であり続けたのだ。

あなたならどうする?
もしあなたがメロニー氏の立場だったら、どのような行動を取っただろう。
希望を保ち続けることはできただろうか?
ほかによい方法はあっただろうか?

「優れたこと」に向かうために

メロニー氏の経験からもわかるように、我々には、組織の誠実な在り方を手助けする力がある。誠実な組織、誠実な人間でいようとしたときほど、希望の存在が重要になるのだ。自身のアイデンティティについて、あるべき姿を公に約束すれば、組織でも個人でも希望を生み出すことができる。より大きなパーパスに火をつけることができる。しかし、本来の自分とは違う姿を約束してはならない。また、全員が等しく自分の能力を発揮できるよう、フラットな環境を整える必要がある。誠実でいれば、パーパスも増幅される。皆自分が重要な存在だと感じたいのだ――自分の貢献は大きな影響を与えている、自分は自分が理想とする姿に忠実に生きていると感じたいのだ。

もし言葉と行動が合致していないのであれば、必要なのは、その溝は埋められるという希望を持つことだ。これは、よりインクルーシブになり、より社会的責任を持ち、より費用対効果を高めると約束している組織についても言える。また、よりよいリーダーになりたい、熟達した著者になりたい、起業家として成功したいと口にしている個人についても言える。

誠実な人間であろうとしたとき、「正しいこと」と「間違ったこと」のあいだの溝を埋めるのはそれほど難しくないだろう。そのために必要なのは、確固たる道徳的指針と大きな決意だ。しかし、「正しいこと」と「優れたこと」のあいだの溝を埋めるのはそう簡単ではない。確固たる希望と、組織としてやり抜く力が求められる。

本書を読み終わる頃には、後者の道のりを歩むことになぜ大きな価値があるのか、皆さんにも理解していただけるだろう。


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