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なぜ多くの男子学生は、性加害を黙認するのか?男集団では性的不正行為が傍観されやすい理由

『悪事の心理学』から、私たちが「傍観者」になってしまう心理学的要因と、それを乗り越える勇気の持ち方を紹介するnoteの第二回目。
今回は、大学での性的不正行為を取り上げて、人々が声をあげることを妨げる要因は何か、そして、どのような変化やトレーニングが違いをもたらすのかを検討します。

いじめと傍観者

大学で性的不正行為を減らす方法とは?

 1844年にイェール大学で創立されたフラタニティ(学生社交団体)は、米国最古のフラタニティのひとつであり、社会奉仕とリーダーシップの文化を誇りとしていました。
 ところが、このフラタニティの全米各地の支部に所属する多くの会員たちは、新入会員への放尿から女性への暴行(レイプも含まれています)に至るまで、世間を大いに騒がせる悪事を長年にわたって行ってきました。2010年には、この団体の新入会員たちが下品な言葉をイェール大学女性センターの外で唱和するという事件を起こし、事件の後、この団体は大学キャンパスから5年間追放されました。
 こうした話を耳にしたときに驚くのは、男集団の個々のメンバーの多く、もしかするとほとんど全員が支持していないにもかかわらず、このような悪事が続いていることです。研究によれば、実際に性的暴行に加わる男性はごく少数だそうです。問題は、男性の仲間たちがほとんど介入しないという点にあります。いったいなぜ、彼らは仲間が性的不正行為を支持しており、そして仲間がそれに加わっていると誤解してしまうのでしょうか。そして、大学や高校が、学生や生徒の考え方を改めて、彼らが性的不正行為を阻止しようと行動できるようにするためには、いったいどうすればよいのでしょうか。
 男子学生を対象にして、運動部への参加、フラタニティへの加入、性的攻撃との関連性を調べた29の研究に対するメタ分析の結果によれば、男集団への参加は、男らしさの理想像をもつ割合の高さと関連していることがわかりました。男らしさの理想像には、リスクを取ること、ステレオタイプ的な女性的なものを避けること、タフで攻撃的なことなどが含まれます。そのような男集団の中では、直接的にも間接的にも、誇張された男らしさの理想像へのプレッシャーがあるのです。結果として、そこに所属する男性は、女性を性的モノ化することに大きなプレッシャーを感じるため、大量飲酒や複数のパートナーとのセックスなど、危険な行動をとる傾向があります
性的不正行為が特に男集団でよくみられることに間違いはありません。しかし、スキル・トレーニングを提供し、誤解を訂正することで、悪事を減らすこと、悪事を目撃した人が立ち向かえるように手助けすることはできます。

 メアリー・ワシントン大学の研究者は、男性の研究参加者に、女性に対する自分の信念と、性差別的な行動への不快感を評価してもらいました。さらに、研究参加者に、同じ尺度で他の男性の態度(同じ大学の他の男性、またはアンケートに答えた友人の態度)の評価を求めました。その結果、どちらの場合でも、男性は他の男性がもつ性差別的な信念の程度を過大評価しており、性差別的な行動への不快感のレベルを過小評価していることがわかりました。男性は、性差別に対する不快感を評価する尺度の中間の約17・1点(35点が最も不快感が強い)を平均値として見積もっていましたが、実際の平均値は23・5点でした。さらに、男性は、自分の友人が実際よりも性差別にあまり不快を感じていないと評価していました(友人の不快感の予測値は平均21・6点でしたが、友人の不快感の実測値は平均23・6でした)。
 なぜ男性は、親しい友人でも実際以上に女性に性差別的な考え方をもっていると思うのでしょうか?その一因は、嘲笑や批判、仲間外れを恐れて、そのような意見には表立って反論したがらないことにあるのかもしれません。大学キャンパスでのインタビューの結果によれば、男子学生が性暴力の状況に介入しなかった理由は、評価懸念(笑われたり、馬鹿にされることへの恐れ)が最も多く、特に他の男たちに弱いと思われたくないという願望が関係したことが示されています。つまり、性差別的な態度や性的攻撃行動への仲間の不快感を過小評価する男性は、攻撃的な発言や不適切な行動を非難することで生まれる結果を恐れて、沈黙するのかもしれません。そうすると、実際は違うにもかかわらず、そのような考え方が広く共有されているという認知が作り出されます。何も言わないというこの傾向は、仲間外れにされることを恐れるフラタニティや男性ばかりのチームに所属する男性では、特に強く作用する可能性があります。

 他の男性は性的攻撃行動を受け入れていると信じている場合は、性的攻撃行動を止めようとして介入する意欲が抑制されるという知見も報告されています。2003年に、ウェスタン・ワシントン大学の研究者は、大学生の男女の同意の重要性に関する信念と、性的暴行を防ぐために介入する意欲を調べました。この研究では、研究参加者に、両指標に関する仲間たちの回答の予測を求めました。その結果、男女ともに、性交渉に同意を得ること、同志を尊重することを優先していることがわかりました。しかし、男子学生では、同世代の男性が同意を重視していることを一貫して過小評価する傾向が示されました
 残念ながら、このような誤解は、男性が自分から性的攻撃行動を止めようとして介入する意欲を低下させます。仲間の態度に対する男性の認知は、自分の態度よりも介入する意欲の低下に強く関係する因子なのです。そのため、男性は、女性に攻撃的な行動をとる他の男性がいたときに、沈黙しようとする傾向が特に強くなります
 男性が、他の人は自分よりも性差別的な態度や攻撃的な行動を快く思っていると信じていることを示す一貫した証拠が存在することを考慮すると、この信念が、男性が非難の声をあげることを妨げています。そのため、性暴力を減らしたいのであれば、この誤解を訂正する方法からスタートするのが当然だろうと思います。

 近年では、ごく一部の仲間の極端な態度や行動が規範ではないことを、男性たちに理解してもらう方法に重点を置いたプログラムがいくつか提案されています。規範の誤解を訂正する方法は、自分自身に関する信念を変えるよりも、正確な情報を提供して他の人の信念関する認知を変えることのほうが容易であり、特に有効です。心強いことに、こうしたプログラムは、性差別的な態度や信念を減らすのにとても効果があることが判明しています。
 メアリー・ワシントン大学の研究グループは、米国南東部の大学の心理学入門の授業で、男子学生を対象に、20分間のプレゼンテーションを実施しました。研究者は、社会的規範に関する一般的な情報と人々が社会的規範を誤解する要因について、例えば、ジョークで笑う人のことを社交辞令的に笑っているのではなく、本当に面白いと思って笑っているとみなす傾向があることを説明しました。そして、このような誤解が悪事に立ち向かう妨げになることを説明し、問題のある状況に介入するために人々が取り得る具体的な手順を示しました。
 この短時間のプログラムは、すぐにポジティブな変化をもたらしました。プレゼンテーションに参加した3週間後、研究参加者の男子学生は「女性はちょっとしたことで気を悪くする」「ほとんどの女性は無邪気な発言を性差別的だと解釈する」という女性に対するネガティブな信念を、他の男性はほとんどもっていないと回答しました。また、自分が以前思っていたよりも、他の男性は性差別的な発言を快く思っていない、と考えるようになりました
 社会的規範に関する誤解の訂正は、態度に影響を与えるだけでなく、実際に性的暴行の発生を減らす効果もあります。オハイオ大学の研究グループは、米国中西部にある大学の1年生男性の半数を無作為に割り振って、90分間の性的暴行防止プログラムに参加してもらいました。他の男性は、単にアンケートに回答しただけでした。
 4ヶ月後に収集されたデータから、この比較的短時間の介入を行った場合でも、長期的な変化が生じたことが明らかになりました。プログラムに参加した男性は、性的暴行につながりそうな状況に仲間が介入する傾向が高いと考えただけでなく、自分自身の性的攻撃性が低下したことを報告しました。プログラムに不参加の男性の約6・7%が性的攻撃行動をとったと回答しましたが、その割合はプログラムに参加した男性ではわずか1・5%でした。
 このようなプログラムには2つの効果があります。第1に、他の人が実際に考えていることについての正確な情報を与えると、男性は、非難の声をあげる、あるいは介入することを、あまりためらわなくなります。第2に、性的に攻撃的になるリスクが高い男性でも、仲間たちが実際にはそのような行動を支持していないことを学ぶことによって、態度を改めて、女性を支配しようとする気持ちを抑えられるようになるかもしれません

 性的暴行を減らすこのアプローチは、規範を変えることで効果を発揮するのではありません。この方法は、実際の規範の内容を人々にシンプルに伝え、規範の誤解が、なぜ、どのように生じるのかを洞察してもらうことで効果を発揮するのです。

トレーニング・プログラムが機能するという結果は、悪事の目撃者の多くが、本当は介入したいけれども介入の仕方がわからない、ということを示していますが、学習したシナリオと似た状況に直面したときに、自信と責任感を持って行動することができるようになるのです。

書籍情報


なぜ誰もすぐに行動を起こさなかったのか?
あなたなら行動を起こせたのか?
企業や個人の不正、ハラスメント、いじめ、性加害の問題に関するニュースが後を絶たない現代社会にこそ、広く読まれるべき1冊。


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