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『エクソシスト』イタリアにおける悪魔祓いと精神科医療の実態

12月1日より全国で劇場公開されている『エクソシスト 信じる者』についての記事を、毎日新聞社さんが運営する映画サイト「ひとシネマ」に寄稿した。




この映画に対するSNSでの反応を見ていると「怖くなかった」「面白くなかった」という感想が割と多いようだ。もちろん映画の感想は人それぞれで良いのだが、「かなり面白かった」私個人としては少し悲しいのである。

『エクソシスト 信じる者』の名誉を挽回したいというと大げさだが、興味深いと思う見方を1つ提供させてもらいたい。それは、「エクソシスム=悪魔祓い」は宗教的な治療であるという観点だ。

※映画の中で「宗教的治療」がどう扱われているかは、先述の記事に詳しく書いたのでもし良ければご一読いただきたい。

デミアン・カラス神父
『エクソシスト』(1973年)より

第1作『エクソシスト』のカラス神父は、神父でありながら精神科医でもあるという、宗教にも医療にも精通した人間だった。この作品の舞台はアメリカだが、カトリックの総本山ヴァチカンのあるイタリアでは、どのような悪魔祓いが行われているのだろうか?

それがよく分かるのが、2017年のドキュメンタリー『悪魔祓い、聖なる儀式』。シチリア島の有名なエクソシスト、カタルド神父が実際に行う儀式の場にカメラが潜入し、人々のために日々祈りを捧げる様子に密着している。

『悪魔祓い、聖なる儀式』
(C)MIR Cinematografica – Opera Films 2016

映画『エクソシスト』とは全く違う印象で、現代においても「悪魔祓い」という儀式が、地域社会に根差しているのがよく分かる。街の人はホトホト困り果てて最後に協会にすがるのではなく、何か困ったことがあったら立ち寄って相談するという、非常にライトな感じである。なんなら、我先にと人が殺到している状態だ。

その相談の内容も興味深い。自分を抑えられないとか、性欲を我慢できないとか、そんなんだ。そんなお悩みのために、映画のように神父さんが亡くなってしまっては正直たまったものではない。エクソシストというより、カウンセラーや精神科医などに頼るべき内容である。

しかし『悪魔祓い、聖なる儀式』に出てくるエクソシストはそんなお悩みを優しく聞き入れて、「自分が抑えられないのであればこの悪魔が…」「性欲が凄いのであればこの性の悪魔が…」と、まるで医者がそれぞれの症状に「病名」をつけるように、どの悪魔が憑いているかを診断していく。

この映画における協会は、病院とお悩み相談所を兼ねているような印象だ。

一見、強面なお兄さんも熱心に教会へ足を運ぶ

そんな日本との文化の差を感じるイタリアの悪魔祓いの現状について、それでも納得してしまうような事実を、この映画の鑑賞後に調べて知った。なんと、そもそもイタリアには精神科病院がないのだという。

1978年にバザーリア法と呼ばれる法律が制定されてから徐々に閉鎖されていき、実際にイタリア全土で精神病院の閉鎖が完了したのは20年後の1999年。(単科の精神科病院はないが、総合病院などに精神病床は残っている。)

興味深いのは、同年にバチカン法王庁による「悪魔祓い」の規定についても大きな転換があったということだ。「ローマ典礼儀礼書」における、エクソシズムの儀式を行うに当たっての21か条が作成された1614年以来、初めての改訂となった。

現代でエクソシストになるためには教皇庁立大学で専門の知識を身に付ける必要があるが、そこでは宗教的な座学に加えて「心理学・医学・薬学的解釈」なども身につけることができる。カラス神父同様、悪魔祓い師は精神医学にも通じているのだ。『悪魔祓い、聖なる儀式』の中でエクソシストがカウンセリングを行っているが、これはこれで近代医療に基づくものなのかもしれない。

1999年のイタリア。精神病院がなくなった年に、悪魔祓いが刷新されたというのは面白い。

念のために言っておくと、年代こそ一致しているが、イタリア国内のエクソシストが精神科医の代わりを担っているわけでも、協会と精神科医療が同じシステムの中で統制されているわけでもない。ただ、日本よりずっとその2つの距離は近そうだ。

もしイタリアの精神科医療に詳しい方がいたら、ぜひコメントなどでご教示いただきたい。

『ヴァチカンのエクソシスト』(2023年)
Photo by Jonathan Hession/Jonathan Hession - © 2023 CTMG, Inc. All Rights Reserved.

イタリアに実在していたエクソシストを描いた映画がある。ローマ教皇に仕えたガブリエーレ・アモルト神父の回顧録「エクソシストは語る」を原作とした『ヴァチカンのエクソシスト』だ。

ラッセル・クロウが演じた主人公、アモルト神父の印象的なセリフをご紹介したい。

ほとんどの案件は祓魔を必要としない
少しの会話と、少しの理解
場合によっては少しの”芝居”で済む話です

『ヴァチカンのエクソシスト』より

ローマ教皇直属のエクソシストが(映画の中でだが)こう言っている。本当に「悪魔祓い」が必要となるケースも中にはあるが、ほとんどは「儀式を行うこと」によって、安心してもらうことが重要なようだ。

エクソシストが心理学や医学の知識も身につける必要があるのは、こういった背景も関係しているのではないだろうか。




という訳で、映画の舞台からは遠く離れたイタリアの実情をメインに紹介してしまったが、言いたいのは、新作『エクソシスト 信じる者』を含んだ「エクソシスト」シリーズは、ホラー映画という一つの側面だけで観るよりも、主題である「悪魔祓い」は宗教的治療であり、宗教と医療の両方の面を持っていると認識して鑑賞するのが良いということだ。また違った印象で、楽しめるのではないかと思う。

ぜひこれを機会に過去作を復習したり、新作を観に劇場へも足を運んだりしていただきたい。


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