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【LDL】2024年冬バディ対談〜沖縄伝統芸能をサスティナブルに!半場さんの取組〜

LDL(Locally Driven Labs)とは、継続的なオンラインコミュニティを作り、アウトプットまで持っていくことを目的にしたラボです。

今回のバディ対談は沖縄県の宮古島にて不動産鑑定士をされていらっしゃる半場さんでした。実は私も20代後半に資格取得を目指して勉強をしましたが挫折した経験があります。とても難易度が高い国家資格です。


長野県木曽から沖縄県宮古島へ

半場さんは元々、生まれは長野県木曽のご出身。学生のときに沖縄芸能を学ばれていらっしゃったそうです。伊良部大橋がかかり、宮古島から様々な島に移動できるようになったこともあり、移住されたそうです。

30代から不動産業界に身を置いていましたが、40代前に不動産鑑定士として宮古島にて開業しました。宮古島では唯一の鑑定士になります。現在宮古島では外資のホテルがどんどん参入しています。2026年春開業のヒルトンホテルのキャノピー、2024年にはローズウッドが参入と、世界、国内の企業が投資を行っています。そのため半場さんのもとには、さまざまな企業から不動産鑑定の依頼が来ているそうです。

また、公共用地の鑑定評価額の依頼もあるそうです。公共となると税金で取得した不動産や、取得するものもあるそうです。地方における半場さんのような不動産鑑定士という職業の必要性を改めて感じました。

ちなみに不動産鑑定士の業務は、下記の通りです。

土地や建物などの不動産の経済価値について、地理的状況や法規制、市場経済などさまざまな要因をふまえて鑑定評価を行い、鑑定評価額を決定するのが不動産鑑定士の業務です。中でも、法律に基づく「不動産鑑定評価書」の作成は不動産鑑定士だけに認められています。

参考:不動産鑑定士パンフレット「私たち不動産鑑定士です」(国交省)


不動産鑑定士、さらにゲストハウス経営からこどもたちの居場所へ

半場さんは移住されてから、空き家を2つ取得し、ひとつは住宅として、またもうひとつはゲストハウスとしてセルフDIYを行いました。ドミトリータイプで10名宿泊できるまでにするとは凄いと思いました。booking.comでは評価点が9.4と高かったそうで、上手く経営されていらっしゃったのだと思いました。しかし、2020年のコロナ禍になり、宮古島の島という特性上、島で感染者を出してしまうと大変な騒ぎになってしまうということもあり、結果的にゲストハウスは閉めてしまうことに…。

ゲストハウスを閉めた後は、不動産鑑定士の業務をしながら、地域活動も手伝うようになったそうです。手伝い始めてから、近隣の空き家のお話をいただき、取得することになり、今年からカフェ兼こどもの居場所として、一般社団法人を立ち上げました。

半場さんの活動場所は、佐良浜地区で漁業の盛んな地区で、特にカツオ漁が盛んです。かつては、父と息子が南方に行けば1年で御殿が建つといわれたような佐良浜地区の繁栄を象徴したような歌『南洋小唄』が残っています。しかし、高齢化によって、現役漁師の平均年齢は65歳と後継者の育成が急がれています。

こどもたちが育ち、残らなくては街も伝統芸能も残らない

宮古島は人口5万5千人。空路を使って、観光客が110万人以上来てくれる仕組みが出来ています。しかし、沖縄県は3人に一人が貧困と言われています。平均年収も全国最下位、出生率は全国トップではありますが、離婚率も高く、結果的にこどもにしわ寄せが行っているような状況です。

貧困の中、外資や国内からの資本が入ってきて、島民の経済活性に繋がるかと思いきや、元々、宮古島には大学や専門学校がなく、高校を卒業すると、多くの若者が島を離れてしまう、慢性的な人不足でもあるのです。周辺のホテルに対抗するため、コンビニの時給は東京23区を超えて、年3回のボーナスまでつけないと集まる状況にないのです。2022年の宮古島の有効求人倍率は1.94倍、一時は2.59倍と本当に人手不足な状況にあるのです…。

さらに深刻な状況なのが、住むことの問題です。賃料がどんどん高くなってしまい、ワンルームで7万と東京並の賃料になってしまい、元々住んでいた人たちが困っている状況も重なっています。賃貸物件が過度に不足していることも原因の一つです。
それでも賃貸稼働率は宮古島市で99%というのですから驚きです。建売でも鉄筋コンクリート造で4,300万前後、木造でも3,300万前後と平均年収230万で取得するのはとてもむずかしいのではないかと思います。

下記沖縄タイムの記事は半場さんもコメントされていらっしゃいます。上中下とぜひお読みいただきたいです!!

そんな流れをどうにか食い止められないかと半場さんは活動されています。
取組の一つとして、貧困家庭を支えるために子ども食堂を営んでいます。食事は無料で提供されるために、半場さんの持ち出しと地域の人たちの支えによって成り立っています。リゾートホテルが乱立する中、半場さんはその企業からの援助を呼びかけています。

一人で楽団を立ち上げ!高単価のツアー造成も!全ては地域のために

さらには民謡を今後も残すために、一人で楽団を立ち上げました。年々活動している中で地元の人が一人、また一人と加入していき、現在は10名でうち9名は宮古島の若者なんだそうです。素晴らしいですね。島の歌を後世に繋げたい。しかし、島の重鎮たちの威厳は強く、若者のやりたいことを実現するために、半場さんは間に立って、調整する地域のハブとして活動しています。

また、リゾートホテルのお客様に高単価のツアーを販売することも考えています。木造線を作り、キレイな海を遊覧できるようなものを考えているそうです。その際に、民謡の三味線を使った歌も披露することで、単価を上げる役割を果たすことができれば、サスティナブルに経済が循環し、貧困から脱却出来るものになりうると考えています。

まとめ

私自身がリゾート地と同等か分かりませんが、観光地の温泉街出身として、また太々神楽の担い手として、半場さんと共感する部分がただありました。何よりも異日常を感じる場所というのは、自然やその地の芸能が根付いている。誇りになっている。バリ島のような元々あった民族芸能をお金に変えるということは、正しいと思えるのです。そのお金は地域をサスティナブルにするために循環し、伝統芸能と共に後世に残すことが出来る。残すということは眼の前の幼き子たちがその地に残る、戻るという環境を作らなくてはいけないのだと考えるきっかけになりました。半場さんの取組は自分事としても考えていきたいと思います。ありがとうございました!


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